第21話 21、賭場での騒動
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その夕、小仏の親分は帰って来なかったので賭場は開かれず、マリア達は座頭市を伴って城下町の反対側の賭場に行った。
その賭場は大谷一家が仕切っており、小さな宿屋の一室で開かれていた。
サーヤとサオリは鉄火場で座頭市の両隣に座り、最初のうちは市の賭ける通りにコマを張った。
鉄火場は混んでいたのでマリアと他の娘6人は3人の後ろに座って見ていた。
座頭の市は大勝ちもせず負けもしなかった。
「サーヤ、どう、目が判るようになった。」
サオリが市の背中越しにサーヤに言った。
「何となくね。サオリはどう。」
「1と6は分かったわ。2と5も何とか分かる。でも3と4が少し難しいの。」
「私もそうよ。・・・判らないのは1枚にして判ったのは2枚賭けようか。」
「了解。」
座頭の市はそんな会話を聞いて「くっくっくっ。」と笑っていた。
サーヤとサオリはそれ以後、独自判断で賭けを続けた。
1枚を賭けた時は負ける場合もあったが2枚を賭けた時は必ず勝った。
娘達の前にはコマが貯まってきた。
流れが変わったのは別の壺振りに変わってからだった。
娘達が2枚のコマを賭けた時にも負ける場合が出るようになった。
「サーヤとサオリ。交代しなさい。・・・市さんも休憩したらどうですか。」
マリアが言った。
市は「へいへい。」と言って席を立ち、3人は他の娘達と交代した。
サーヤは出されたお寿司を食べながら市に言った。
「市さん、最後はピンゾロだと思ったんだけど、どうして4-1(しっぴん)になったのですか。」
「へいへい。サーヤさんはいい耳ですね。・・・あれが壺振りの腕ですわ。ツボの中の最初は確かに1-1のピンゾロでしたがね、ツボを開ける時に端を引っ掛けたんでさ。だから丁半は分からなくなりやす。」
市は手酌(てじゃく)で酒を飲みながら言った。
「なるほど。確かに腕であってイカサマではないわね。」
「へいへい。イカサマになる場合がございますよ。腕が悪い壺振りはツボに髪の毛を張って置くんでさ。髪の毛でサイを動かすことができます。もちろん動かさないこともできます。」
「でも、ツボの中のサイの目は分からないんでしょ。動かしても無駄じゃあないの。」
「いえいえ。サーヤさんが判るのですから壺振りは分かっておりますよ。・・・サーヤさん、腕のいい壺振りは思う目を自在に出すことができるんですよ。」
「ほんとー、驚いた。」
「それが手練(しゅれん)と耳練(じれん)と言うものです。」
「自分ができないからって他の人もできないって思ったらだめなのね。」
「そうだと思います。例えばあのツボを擦って中のサイを動かすのがありますでしょ。あれは目を確定するためです。サーヤさんならその目の音が聞こえるでしょ。しかもツボはサイの近くにありますから引っ掛けるのは容易です。」
「ふーん。サイの位置とツボの位置を憶えておく必要があるわね。・・・壺振りとの一騎打ちね。」
「腕の立つ壺振りだったらこちらに勝ち目はないですね。相手はサイを動かすことができやすから。」
他の娘達もそれなりに勝った。
娘達はサイコロの転がりが止まる時の音でサイコロの目を当てる訓練を積んできたからだった。
6人の娘達が一通り博打に興じ、再び座頭市とサーヤとサオリの番になった時、階下から大声が聞こえてきた。
「賭場改(とばあらため)だ。神妙にしろ。」
階下では争いが起こっているようだったが直ぐに静かになった。
大谷一家の子分達は制圧されたようだ。
2階の子分達は階段を守り、通り側の障子を開けた。
通りには「御用」と描かれた提灯と6尺棒を持った捕手小役人がひしめいていた。
「くそっ、囲まれてやがる。」子分の一人が言った。
サーヤとサオリは市を立たせ、娘達の所に導いた。
「賭場改ですって。これからどうなると予想できる、市さん。」
マリアが市に聞いた。
「まあ、罰金を取られて釈放ってことですかね。罰金を払えなければ牢屋に入れられる。」
「こんな事なら換金しておいた方が良かったわね。」
「マリアさんは役人が恐ろしくないんですか。」
「恐ろしくはないけど、どうするかで迷っているの。小仏一家が賭場を開かなかった夜に大捕物でしょ。それが気になるの。」
「小仏親分の陰謀ですかね。」
「そうかもしれない。・・・ねえ、市さん。牢屋破りと賭場改破りとどちらが華々しいと思う。」
「とんでもねえお考えをお持ちのようですね。牢屋破りは罪になりやすが、賭場改破りは他のお客さんから感謝されるでしょうね。」
「弱気を助ける任侠道ね。」
「少し違うような気がしますけど。」
「ふふっ、そうね。・・・市さんはここに居て。下の役人が居なくなったら小仏一家に一人で戻って。一緒に帰ったら市さんに迷惑がかかるから。」
「どうするんで。」
「皆殺しにするわ。帰りは死体に躓(つまず)かないようにね。」
マリア達は階段の上で賭場を守っていた大谷一家の子分どもを押しのけて階下に降りて行った。
「まて、そこの娘達。どこに行くつもりだ。」
「家に帰るんでさ。この賭場での博打はもうできそうもありやせんので。」
「何を寝ぼけたことを言っておるか。賭博の客か。おとなしく縛(ばく)につけ。」
「いやで御座いやす。」
「なんだとーっ。・・・此奴(こやつ)らを捕らえよ。」
「やれ、殺していい。」
マリアが命じた。
「はい、姉さん。」と言って8人の娘達は捕り手の方に4方に跳んだ。
相手の6尺棒を掴み、喉元に蹴りを見舞った。
捕り手は後ろにすっ飛び、娘達はその後を追って他の捕り手を通り過ぎた。
後は乱戦だった。
娘達は捕り手の6尺棒を素早く掴み、回し蹴りを後頭部に見舞った。
娘達の1撃で捕り手は即死し、十数秒で階下の役人と捕り手25人は死んだ。
宿屋の入り口は開かれていたので、その様子は外の捕り手に見られていた。
娘達は6尺棒を2本持ち、暗い表に出た。
御用提灯が娘達を囲んだ。
娘達は捕り手に突進し、6尺棒を投げると同時に跳躍した。
捕り手達の後ろに捻(ひね)りをかけて着地し、相手の背後に近づき、首に手刀を見舞っていった。
娘達の1撃で相手の首は奇妙に垂れ下がり、突っ伏すように崩れ落ちていった
屋外は娘達にとって闘い易(やす)かった。
跳躍できたからだ。
程(ほど)なくして通りで動く敵はいなくなった。
死人の数は分からなかった。
マリアは娘達を連れて宿屋の2階に行った。
階段を守っていた大谷一家の子分どもはマリア達が階段を上がってくると身を引いて後ろに後ずさった。
マリアが言った。
「下の役人は全て死にやした。お客さん達は今なら帰ることができると思います。・・・もう賭場は閉めた方がいいと思いやす。大谷一家の兄さん方はコマを金に換えてくれませんかね。・・・直ぐにだ。やれ。」
大谷一家の子分達は、客のコマを大急ぎで換金し、換金した客達は大急ぎで賭場を去って行った。
市も換金し、マリアには声をかけずに宿を出た。
マリア達も最後に換金した。
換金の帳場の長火鉢の向こうに居た男がマリアの前に正座して言った。
「手前は大谷一家の大谷進次郎と申しやす。この度は手前どもの不手際により、あんさん達にえらいご迷惑をかけてしまいやした。申し訳ありませんでした。おかげさまでお客さん達に無事に帰っていただくことができました。ありごとうございます。あんさん達もこの場を離れた方が宜しいかと思われます。」
「ご配慮、ありがとうございます。手前はマリシナのマリアと申します。下の死体はマリシナの娘達を襲った暴漢どもの成れの果てでございます。大谷一家とは全く関わりございません。早急にお役人様を呼んで死体の処理をお願いしたらよかろうと思います。役人の姿をした偽役人が数人のマリシナの娘を襲い反撃されました。異議があるならマリシナ国に言えと伝えてください。マリシナ国はいつでも薩埵国と決着を付ける用意があるともお伝えください。」
「マリシナ国とは何でございやしょう。」
「鍋田を滅ぼした傭兵の国で、鍋田の湖畔側にあります。薩埵国程度なら3日で滅ぼすことができる国でございます。・・・心根(こころね)が腐った役人でも国の存亡が関わるようになれば、下の死体は娘を襲った暴漢の死体だとみなすことにするかもしれません。」
「いやはや、驚きやした。国を後ろ盾に持つ博徒さんですか。そんな渡世人もいるのですね。」
マリア達は大谷進次郎親分に一礼して宿を出た。
座頭市は小仏一家への道の途中の暗闇で待っていた。
「その足音はマリアさん達でございやすか。」
マリア達は歩みを止め、辺りを見回した。
市が暗闇から出てきた。
「市さん、待っていてくれたの。一緒に帰ろうか。」
「へいへい。ありがとうございます。皆さんは何人殺したのでございやすか。」
市は娘達に仕込杖を引かれながら言った。
「分からないわ。宿屋では25人だったけど、外の通りでは50人くらいだったかしら。暗かったから分からなかった。」
「マリアさん達はえらくお強いんですね。」
「博打はまだまだだけど、殺しには自信があるの。」
「小仏に着いたら直ぐに夜立ちされたらいいと思いやす。」
「心配してくれてありがとう、市さん。でももう少し滞在するわ。小仏の親分さんにもお会いしてないから。」
「さよですか。」
「役人は私たちを捕らえようとはしないわ。そんなことをすれば自分たちが路頭に迷うことになるから。」
「マリアさんの言ってることが理解できやせん。」
「私たちを襲ったら薩埵国は私たちに滅ぼされるってことよ。」
「マリアさん達は薩埵国を滅ぼすことができるのですか。」
「できるわ。まだ情報は多くないけど3日もあれば城を落とすことができると思う。」
「たった9人でですか。」
「まさかあ。9人ではできないわ。できるかもしれないけど3日では城は落とせない。私たちには2600人の助人(すけっと)軍隊がいるの。一人一人が強い兵士よ。」
「9人で75人の捕り手を殺せる兵士さん達ですね。」
「そうなの。」
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