第20話 20、マリアの関所破り 

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 マリア達が関所に着くと門には衛兵が二人、門前には旅人が二人待っていた。

関の向こう側にも旅人が一人、門の外で待っていた。

詮議は厳しいらしい。

詮議は終わったらしく、広げた荷物をそそくさと纏めマリア達の方に出て来た。

 「次っ。」

衛兵がそう言って前の二人連れを関所に入れた。

その二人は関所が慣れていた様子で、面番所の前に畏(かしこ)まると懐から小さな包みを出し両手で差し出した。

兵士がそれを役人に渡し、役人は数言(すうこと)発した後に「行って良い。」と言った。

 次は関所の向こう側にいた旅人だった。

何層にも重ねた葛籠(つずら)を背負い、「薬」と書かれた幟(のぼり)を持っていた。

面番所の前の地面に正座したその旅人は荷物を解いて地面に葛籠を並べて困惑した表情をしていた。

難癖を付けられているらしい。

「いいから、その薬を全部飲んでみろといっているんだ。」と役人の怒鳴り声が聞こえた。

薬売りは観念して胴巻を外し、懐紙に金を包んで両手で差し出した。

役人は懐紙を懐に入れ、「もういい、いね。」と言った。

薬売りは大急ぎで葛籠を纏(まと)め、背負子(しょいこ)に載せ、マリア達の前を通って去って行った。

この関所は通行税徴収所らしい。

 「次っ。」と兵士に言われるとマリア達は関所内に入った。

マリア達は面番所の前で三度笠を取り、道中合羽を脱いで三度笠に置き、片膝を立てて腰を下ろした。

「姓名と目的と行き先を言え。」

「名はマリア。一行の代表です。目的は漫遊。行き先は特に定めておりやせん。」

マリアが答えた。

「お前達は博徒か。」

「そのつもりでおりやす。」

「全員が若い娘か。」

「左様にございます。」

 「娘である証拠を見せよ。」

「娘である証拠・・・ですか。・・・分かりやした。その前に貴方様がお役人である証拠を見せていただけませんか。」

「何だと。ここは薩埵国の関所だ。そこにいる我らが役人であるのは当たり前だ。」

「よう分かりやした。要するに外様(そとざま)が証拠となるわけでございますね。我らの外様は娘でございます。証拠は既にお見せしていると思われます。」

「何を屁理屈を捏(こ)ねている。裸になって見せろと言っているのだ。」

「そのお言葉を待っておりました。この関所は無くした方が世間のために宜しい様ですね。全員殺せ。」

 マリアがそう言うと娘達は立ち上がり、懐に忍ばせていた小石を面番所の役人に向かって投げ、面番所に向かって跳躍した。

8人の役人の顔面が割れると娘達はその者の顔に鉄板を貼った下駄で蹴りを加え、倒れた役人が差していた小刀を抜いた。

面番所には9人の役人が居た。

残りの一人の役人は驚いた顔をしたまま娘が投げた小刀を胸に受けて倒れた。

 マリア達の素早い動きで面番所にいた4人の兵士は呆気(あっけ)に取られて見ているだけだった。

面番所の役人が全員倒れると、ようやく事態が飲み込め、慌(あわ)てて小槍を構え、呼子(よびこ)を吹いた。

面番所の向かいにある番屋から20名ほどの兵士が短槍を持って飛び出して来た。

幸い、弓を持って来た者は居なかった。

 娘達は面番所の役人と門衛を無視して飛び出して来た兵士達に向かった。

手に持った小刀を至近距離から投げ、倒れる兵士に駆け寄り、小槍を奪って残りの兵士に投げていった。

出て来た兵士が全員倒れると、娘達は奪った小槍を持って面番所と門衛の兵士に向かった。

面番所の兵士4人と門衛4人は娘達を囲むことはせず、一つに集まって恐怖の表情をして槍を構えた。

8人対8人だった。

そして8人は槍を受けて死んだ。

 「関所は灰にしてしまえ。」

マリアは娘達に命じた。

娘達は死体を面番所に集め、関所の門を蹴倒して柱を面番所に投げ込み、竹矢来を十数本抜いて薪(たきぎ)とし、兵士達がいた番屋の調理場にあった油を撒いて火を付けた。

面番所と兵番屋が火に包まれるとマリア達は無言で関所を後にした。

便所と馬屋は残した。

 薩埵国の城下町は白雲より小さかった。

町はそれなりに賑(にぎ)わっていた。

湖を廻(めぐ)る街道が通っているのだ。

旅人は町が良かろうと悪かろうと泊まらなければならない場合がある。

 マリア達は町で博徒の親分の家を聞いた。

一家の名前は「小仏(こぼとけ)一家」と言い、街道から引っ込んだ位置にある大きな寺の前に建っていた。

街道の向かいには宿屋があった。

その横には仏具と花と小物を売っている雑貨店らしき店があった。

その横には酒が出る一膳飯屋が建っていた。

博打の客や寺の客は宿屋に泊まり、墓参りに必要な小物は雑貨屋で買い、食事をしたい時は飯屋で食べるのだろう。

 マリア達は「小仏」と描かれた提灯の下に三度笠と道中合羽を置いて暖簾をくぐった。

子分らしい二人の男が縁に腰掛けて握り飯を食べていた。

「ごめんなんしょ。」

男達は握り飯を皿に戻し手に付いた米粒を唇で食べて立ち上がった。

「いらっしゃい。何でしょうか。」

マリアは腰を屈め右手を出して言った。

 「仁義を切らしていただきやす。おひけえなすって。」

「・・・おひけえなすって。」

一人がそれに応えた。

「早速、お控えくだすって有難う御座います。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、渡世の道に入って間もねえ新参者。前後間違いましたる節はご容赦願います。手前、生国生湯の水も分からねえ捨子。石倉の隣、隠れ村で育ちやした。姓は無く名はマリア。稼業、用心棒。紛(まご)うことなき昨今の駆出し者で御座います。大石の狛犬大五郎親分と縁を持ち、白雲の白鷺一羽親分の暖かい慈(いつく)しみを受け、この地に着きました。以後、万事万端、一宿一飯、我ら9名。ざっくばらんにお頼申します。」

 「ご丁寧なるお言葉有難う御座います。手前、当小仏一家小仏正太郎に従います若い者。姓は三途(さんず)、名は三太郎。人呼んで三三のカブと発します。稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、宜しくお願い申します。」

「しがねえ渡世人の仁義、暖かくお受けいただきありがとうございました。」

「親分は今は留守だ。戻ったらもう一回仁義を切ってくれませんか。狛犬と白鷺って言葉があったんで。」

「宜しゅうございます。」

 「9人の娘さんですか。溜(た)まりの部屋には入りきれないし、別の溜まり部屋にした方がいいかな。相部屋でもいいですか。」

「楽しみです。」

「座頭さんが居るんでその方に移ってもらいます。目が見えないから丁度いいでしょう。」

「メクラの渡世人ですか。大変ですね。」

「この世界では有名な渡世人ですよ。博打がおっそろしく強いんでさ。ありゃあ耳と感がいいんだと思います。」

 マリア達が部屋に入って休んでいると一人の座頭が子分に案内されて入って来た。

「ごめんなんしょ。おじゃまします。・・・娘さんの渡世人だそうですね。目が見えねえんでご安心ください。だれかあっしの場所を教えてくれやせんか。」

「私が案内するわ。・・・座頭さん、入り口近くがいい。それとも壁の近くがいい。」

娘のサーヤが立って言った。

「壁近くの入り口近くにお願いします。」

「了解。」

 そう言ってサーヤは座頭を入り口に近い壁に座頭を導いて言った。

「座頭さんの場所はここよ。後ろは板壁で右側が障子よ。隙間風は入って来ないと思うけど寒ければ言ってね。」

「ありがとうございやす。あっしは座頭の市と申しやす。博打が好きで渡世人となっておりますが按摩(あんま)もいたしやす。その節はお申し出ください。」

 マリアが言った。

「この部屋には9人の娘がいるわ。私はマリア。貴方を案内したのはサーヤよ。市さんは博打世界では有名なそうね。・・・市さんの杖は仕込み杖なの。」

「はい、渡世人が生き残るための杖でございやす。」

「右腕が太いわね。居合いね。」

「我流でございます。お聞きしても宜しゅうございやすか。」

 「私は色々質問したわ。市さんが質問するのは当然の権利よ。」

「権利ですか。久々の言葉です。この部屋には娘の匂いがしやせん。あんさんらは本当に娘さん達で。」

「匂いか。気が付かなかったわ。今度は白粉(おしろい)くらい使わなければだめね。・・・私たちは娘よ。匂いはないの。汗もかかないの。」

「左様ですか。板間も軋(きし)むようですね。」

「少し重いわね。」

 娘のサーヤが言った。

「市さんは博打が恐ろしく強いそうね。私たちは恐ろしく弱いの。まだ勝った試(ため)しがないわ。どうやったら強くなれるの。」

「弱りましたね。・・・メクラなんでおそらく耳がいいんでさ。」

「ふーん。音で分かるのか。・・・そうか、音か。市さん、試していい。」

「何でございやすか。」

 「わたし、今サイコロを持ってるの。今から1個を転がすわね。聞いてて。・・・今の音は2が出たわ。次ね。・・・今のは6が出た音。・・・これが4の音。・・・これが1の音。・・・これが3の音よ。・・・これが5の音。・・・市さん、次を転がすわね。・・・これは何の目。」

「急なお話なんでよく分かりませんが、6の目でございやすか。」

「大当たりー。それじゃあ、次行くわね。・・・これは何の目。」

「1の目のような気がしやす。」

 「大当たりーっ。そうか。最後のコトって音が出る目で違うんだ。そういやあ穴がたくさん開いている6の面は軽いわよね。」

「あら、サーヤ、それは違うわ。サイコロの対面との和は全部7よ。穴の大きさが同じなら同じ重さでしょ。」

サオリが言った。

「そうか、サオリ。・・・でも、サイコロの重心は中心でないことは確かね。ちょっと待ってね。えーと、1と2と3と4と5と6の穴の体積は89、21、35、38、84、79、・・・うっそー。6の穴は小さいんだ。1が大きくて・・・分からないわ。」

サーヤはサイコロを撫でながらそう言った。

 「サイコロの作りはいい加減なのよ、サーヤ。サイコロによって違うと思うわ。・・・市さんはきっと音で聞いているのよ。重心の違いによる確率論ではないわ。確率に僅かな違いがあったとしても、そんなのは一発勝負では役に立たないわ。」

「そうか。その目が出る時の音を憶えておけばいいんだ。練習してみようか、サオリ。」

サーヤとサオリはサイコロを転がしその目が出る音を憶えた。

そして、高い確率で出た目を当てることができるようになった。

 「皆さんもいい耳を持っていらっしゃるようですね。」

座頭市が言った。

「市さんのおかげよ。」

「後は二つのサイの目の音を区別して聞けばいいと思いやす。最初は判らないでしょうが何度も聞けば賭場のサイコロの音が聞こえるようになると思いやす。」

「今度、やってみるわ。」

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