第19話 19、白鷺一家の代貸 

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 マリアは55人の死体の処理に興味があった。

相手側に生き残っている者がいれば死体の処理は問題とならない。

死体を持ち帰って弔(とむら)ってくれる。

鍋田との戦で殺した千人以上の遺体は野晒(のざら)しになった。

相手が全滅した場合で、野ざらしにするには少なすぎる場合にはどうしたらいいのか。

義理と人情が自慢の渡世人の死体処理に興味があった。

 「埋めてやらにゃあならんな。」

そう言って白鷺親分は子分に指示して喧嘩衣装の遺体を河原に並べた。

脇差を胸に抱くように持たせ、遺体の傍には竹槍を並べ、河原の石を遺体が見えなくなるまで積み上げた。

逢瀬の河原には55個の石饅頭(いしまんじゅう)ができた。

ケリがついたら坊主を呼んで供養させればいい。

逢瀬の河原には黒駒の提灯と薪(まき)が燃え尽きた篝(かがり)以外に戦いの後を示す物はなくなった。

 既に日は高くなっていた。

白鷺親分は黒駒の提灯と篝を(竹槍などを乗せて来たと思われる)荷車に乗せ、黒駒側の城下町に行った。

子分の喧嘩衣装の鉢巻は外し、腰に括(くく)られていた着物の裾を下ろさせた。

黒駒一家の家の前には黒駒と描かれた提灯が両側に立っており、「黒駒」と色抜きされた暖簾がかかっていた。

白鷺親分は黒駒一家の前に荷車を置かせ、子分10人と共に暖簾をくぐって言った。

 「御免よ。白鷺の一羽だ。だれか居るけえ。」

「へーい。」と声がして奥から娘が出て来た。

「はい、なんでござ・・・あっ、白鷺の親分さん・・・ひえーっ。」

娘は奥の方にすっ飛んで行った。

暫くして奥から中年の婦人が出て来て言った。

 「白鷺の親分さん、黒駒の女房のヨネにございます。お初にお目にかかります。親分が来られたということは黒駒は負けたのですね。」

「そうだ。全員が河原の石の下で眠っている。野犬に食われないように埋めてやった。分かっていると思うがこれは渡世人どうしの生き死にを賭けた喧嘩だった。負けた方は落とし前を払わにゃあならん。可哀想だがこの家から出て行ってくれ。黒駒が勝っていたらそうしたと思う。行き先のあてはあるのかい。」

 「少し離れたところに別宅があります。そこに移ろうと思います。」

「分かった。必要な金や物は持って行ってくれ。明日の昼までにだ。」

「分かりました。黒駒の提灯も持って行っても宜しゅうございますか。」

「持って行っても構わないが、表には出さないことが条件だ。どちらかの一家がこの町から消えることが喧嘩の約束だった。」

「分かりました。そう致します。」

「黒駒の提灯と篝(かがり)と荷車を表に持って来た。・・・明日の昼に来る。・・・じゃましたな。」

白鷺の親分はそう言って家を出た。

帰りは渡し船を使って河を渡った。

 その日の夕刻、白鷺一家では戦勝の宴(うたげ)が開かれた。

マリア達は貸し衣装屋から娘らしい着物を取り寄せ、娘姿で宴に出た。

衣装屋は簪(かんざし)も持参して来たので娘達は好みの簪を髪に挿した。

「マリアさん、マリアさん達のおかげで一人の怪我人も出さずに出入りに勝つことができた。感謝の極みだ。まっ、飲んでくれ。」

白鷺親分が徳利(とっくり)を差し出してマリアに言った。

 「ありがとうございます。渡世人の義理だと思っております。」

そう言ってマリアは小さな盃(さかずき)を出して受けた。

「それにしてもマリアさん達は強えな。底が全く見えねえほどの強さだ。まるで兵隊みたいだった。」

「恐れ入りやす。あっしらの居た国は兵士の国でやしたから、そう見えたのかもしれません。」

「一人一人も強いのかい。」

「それなりに弱くはないと思います。」

 白鷺親分の横に座っていた大政が言った。

「白鷺親分、マリアさんの子分衆もとてつもなく強(つえ)えんでさ。」

「どういうことでえ。」

「大勝が狛犬の賭場に侍3人と博徒1人を送ったんでさ。まっ、賭場荒らしの嫌がらせで。娘さんの一人がその4人と通りの真ん中で戦ったんでさ。娘さんは素手で戦い、数秒で3人の侍を殺したそうです。まあ、それが原因で大勝は潰されたんですがね。」

 「そんなことがあったのけえ。・・・マリアさん、その娘さんってのはどなたかな。」

「ここには居りません。コヨリは狛犬親分の養女となりました。狛犬一家を継ぐと思います。」

「狛犬も惚れたんだな。・・・マリアさん、あんた、この地に残らんかね。河向こうの黒駒は無くなった。白鷺が代わって仕切らなけりゃあならん。だが白鷺の人数は少ねえ。とても河向こうまで手を廻すことができねえ。マリアさんが仕切ってくれたら安心できる。どうだ、代貸になってくれんか。」

 「有難いお申し出、有難うございます。あっしは事情があってもう暫(しばら)く股旅の旅を続けなければなりません。娘達の一人をこの地に残すことは可能です。もしそれで宜しければお申し出をお受けしようと思います。」

「それで十分だ。狛犬との関係もできる。」

「分かりました。・・・娘達、聞きなさい。」

マリアがそう言うと娘達はおろか白鷺の子分達も会話を止めてマリアを見た。

 「お前達の一人が白鷺一家の代貸(だいがし)になって河向こうを仕切って欲しいとのお申し出があった。だれか代貸になりたい者はいるか。」

娘達は沈黙した。

「誰も居ないか。まあ、最初から代貸ができるとは思えないからな。・・・大政さん、あんた子分になってくれないか。子分というより相談役とか助言者とかいうのが適切だと思う。私もそうだが、娘達は渡世人の世界に入ってまだ間もない。娘代貸を支えてほしい。」

 「ようがす。娘代貸の代貸にならせていただきやす。あっしは本当のことを言えばマリアさんの子分になりたいと思っておりやした。そんなマリアさんに頼まれたら否応(いやおう)はございません。」

「ありがとう、大政さん。・・・娘達、大政さんの助言がある。代貸になりたい者はおるか。」

娘達の一人が手を挙げた。

「マリア姉さん、大政さんが助けてくれるなら代貸になりたいと思います。」

 「サトミか。いいでしょう。サトミ、白鷺の代貸になりなさい。援助が必要ならマリシナに相談しなさい。」

「はい、姉さん。」

「白鷺の親分さん、このサトミが代貸をお引き受け致します。」

「ありがてえ。・・・今言ったマリシナってのは何かな。」

 「マリシナってのはあっしが創(つく)った国なんで。元鍋田の湖側にありやす。2600の軍団がひっそりと暮らしておりやす。」

「マリアさんは国を持っているのか。驚いたな。軍団ってのはあの鍋田を2日で滅ぼしたっていう軍隊かい。」

「はい。あの時は1300の軍勢でしたが今は2600の兵になっております。傭兵ですからそれなりの要請があれば大石でも白雲でも滅ぼすことは可能だと思います。」

「参ったな。渡世人どうしの喧嘩とは格が違うわな。強えわけだ。・・・マリアさんの股旅ってのは敵情事前調査ってわけだな。」

「左様にございます。」

 翌朝、マリアと娘8人は股旅の旅に出た。

白鷺親分と子分、サトミと大政と小政がそれを見送った。

渡しの筏船で河を渡り、対岸の町街道を行き、黒駒の建物の前を通った。

黒駒の提灯と『黒駒』と色抜きされた藍染の暖簾は無くなっていた。

昨日の内に引っ越しをしてしまった様だった。

 白鷺一家の子分と思われる男二人が建物の前をぶらついていた。

火事場泥棒ならぬ「引越後空家盗難」を防ぐためなのだろう。

白鷺の親分もそつが無い。

男達はマリア一行を見ると深く頭を下げ、微動だにしなかった。

 そんな様子を見て、マリアはヤクザの世界に一つの可能性を見出した。

ヤクザの世界での親分子分の関係は官僚組織の上司部下の関係よりも強い。

何と言っても親と子の関係だからだ。

武士の世界での君主と家臣の関係に近い。

武力を背景としたそんな強い関係があるからその集団は強くなる。

 この戦国の世では一つの国の君主と別の国の君主の間には絆(きずな)はほとんどない。

ヤクザの世界では国を超えた組織を創ることができる。

白鷺の親分は大勝の大政や小政を知っていた。

ヤクザの繋がりは国を超えて広がっているのだ。

いろいろな国の渡世人をゆるく纏(まと)めれば広範な組織を創ることができる。

渡世人を纏めるのに必要な武力は十分にある。

 ヤクザ世界が恐れるのは官憲だ。

官憲はヤクザからも租税を取って軍や警察組織を養(やしな)っている。

争っても必ず負けるのだ。

 ヤクザ組織が官憲の圧力に耐えられなくなり、マリシナの傭兵を雇ったらどうなるだろうか。

契約条件は国の3分の1でいい。

ヤクザに圧力をかけた国は滅ぼされる。

だが、だれが3分の2となったその国を治めるのか。

ヤクザが国を治めることはできないだろう。

結論はなかなか出なかった。

 城下町を通り過ぎ、いくつかの町を通ってマリア達は街道沿いの茶店で休んだ。

マリアは茶を持って来た茶店の老爺に言った。

「ここはどこの国で。そんでこの先はどうなっているんで。」

「ここはまだ白雲国だ。このつい先からは薩埵国(さったこく)になってる。」

「薩埵ですか。えらく尊(とうと)そうな名前ですな。」

「まあ、名前は願望を表す場合があるからな。『白雲』なんて霧が良く出る土地だから分かり易くて素直だ。」

 「恐れ入りやした、ご老人。親の願望が子供の名前になる場合、往々にして真逆になる場合がございやす。薩埵の国はどちらでしょうかな。」

「あんたも若い博徒なのになかなか気の利いたことを言うな。真逆の方かもしれん。・・・この先には関所がある。湖を廻る街道は一つしかねえのに関所を作るたあとんでもねえ了見だ。・・・あんたらも気をつけた方がええぞ。若え娘達だけの股旅者なんてどんな難癖をつけられるか分かったもんじゃあねえ。」

 「ご忠告、ありがとうございます。団子を9皿いただきやすか。数が足りなければ米でできた桜餅のようなものでもけっこうです。」

「まいどあり。ちょっと待っててくんろ。」

 娘達は舞い上がった。

関所で起こる騒動を期待したのだ。

自分の力が強ければ旅はいい。

旅では色々な事が起こる。

村での変わらぬ生活とは全く違う。

 マリア達は団子を食べ、柏餅(かしわもち)をお土産にして茶店を発(た)った。

果たして、暫く行くと街道に竹矢来が両側に続く門があった。

門の中には建物が建っており、槍を持った兵士もいた。

「とんでもねえ了見」の薩埵国の関所だった。

娘達は武器として道端の小石を拾って懐(ふところ)に忍ばせた。

脇差を使うなど刃こぼれがしてもったいない。

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