第18話 18、逢瀬河原での喧嘩 

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 白雲の城下町は確かに大石城下より大きかった。

街道に沿って長く広がっている。

白雲城下町はこの地方としては大河と呼べるほどの大きな川を挟んで広がっている。

大河は山々の谷間を縫って幾つかの支流を合わせ、多量の水を湖に注いでいる。

白雲城下に霧が多いのは暖かい湖の空気が大河を遡(さかのぼ)り、冷たい川水で冷やされて多量の霧を発生させているためだろう。

 大河は広い河原を持っており、街道は大河で分断されている。

防衛のためか、それとも水量が多いためか、大河には橋が掛かっておらず、旅人は渡し船で川を渡る。

川の両岸には桟橋があり、桟橋間には2本の太い綱が渡っている。

渡し船は多数の人を乗せることができる箱型の大きな筏(いかだ)船で、前後に滑車があって綱に掛かっている。

筏の推進力は川底を突く竹竿(たけざお)と綱を引く人力だ。

旅人も手伝って綱を引いて筏の中を歩くこともある。

 川の少し下流には同じような桟橋があり細い綱が張られていたが渡し船はなかった。

水に濡れたくない旅人はお金を払って渡しの筏船を利用し、お金を節約したい旅人は裸になって綱をつたって只(ただ)で川を渡る。

湖の湖岸を廻る小道も大河で遮られ、川に沿って上り、街道に合流しなければならない。

白雲国は要衝の地なのだ。

 雨が降り、大河が増水し、渡しの筏船も止まり、裸で綱を渡ることが命懸けになると旅人は城下町に泊まらざるを得なくなる。

宿は潤い、博打場は賑(にぎ)やかになり、博徒の稼ぎどきになる。

 旅人にはいろいろな人間がおり、問題を起こす輩(やから)もいる。

それは渡し場でも、宿屋でも、博打場でも起こる。

そんな輩に町役人は対処したくない。

必然、町を仕切る顔役が必要となり、そこには利権が生じる。

白雲城下は利権をめぐっての諍(いさか)いが絶えない城下町だった。

争いは大河を挟んで起こる。

 白鷺一家は城のある側にあった。

広い間口の両側に『白鷺』と書かれた提灯が立ち、暖簾(のれん)は出ていたが障子戸は閉じていた。

入り口前に三度笠を置き、その上に道中合羽を畳んで置いてからマリアと娘4人は障子戸を開けて中に入った。

広い土間には20本ほどの竹槍が束ねられて置かれ、立ち上がりの端には酒樽と水桶が並べられていた。

明らかに喧嘩仕度(けんかしたく)だった。

 マリア達が土間に入ると中にいた喧嘩衣装の男達は一斉にマリア達の方を見て脇差に手を添え鯉口を切った。

殴り込みだと思ったようだ。

マリアは右手を前に出して仁義を切る体勢を取って言った。

「お取り込み中だとお見受けしますが仁義を切っても宜しいでしょうか。お望みでなければ別を当たりやす。」

 板間の奥に座っていた初老の男が言った。

「股旅もんかい。見た通り、出入りの準備中だ。仁義を切れば命を掛けにゃあならん。別を当たってくれ。」

その言葉にマリアは好感を持った。

「しがない渡世人の命の心配をしていただきやした。仁義を切らしていただきやす。お控えなすって。」

 男は立ち上がって近づき、土間に降りて右手を出して言った。

「しゃあねえな。・・・おひけえなすって。」

「早速、お控えくだすって有難う御座います。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、この道に入って間もねえ新参者。前後間違いましたる節はご容赦願います。手前、生国生湯の水も分からねえ捨子。石倉の隣、隠れ村で育ちやした。姓は無く名はマリア。稼業、用心棒。昨今の駆出し者で御座います。以後、万事万端、一宿一飯、我ら10名。ざっくばらんにお頼申します。」

 「丁寧なるお言葉、有難うございやす。手前、白鷺組の白鷺一羽と発します。この白雲の地で生まれ育った根っからの渡世人。以後、万事万端、宜しくお願い申します。・・・あんたらみんな若い娘さんのようだが、本当にいいのか。殺し合いだぞ。」

「殺し合いは稼業でございやす。」

「まだとても信じられねえな。・・・まあ何かの役に立つだろう。とにかく外の者も中に入ってくれ。」

 外の娘達が家の中に入ると間を置いて大政と小政が暖簾をくぐった。

「ごめんよ。」

土間にいた白鷺の親分が二人を見て言った。

「大勝の大政と小政さんじゃあねえか。助っ人に来てくれたのか。」

「いえ、大勝の親分とは親子の縁を切りやした。今は一介の渡世人で御座いやす。仁義を切らせて頂きたく此処にめえりやした。隣の小政はつい先ほどなったあっしの子分でございやす。」

 「どうしてまた大勝と縁を切りなすった。」

「大勝一家はそこに居られるマリアさん達に壊滅させられました。子分20人が数秒で殺され、あっしも含めた18人が一家を出やした。今は三下が数人おるだけでございやす。」

「それじゃあ、あんたにとってこの娘さん達は仇(かたき)なのかい。」

 「形式的にはそうはなりますが、不思議なことに、あっしはマリアさんの子分になりたいと思っているんでさ。それでマリアさんに断わって後をつけさせてもらってます。」

「何ともわからない男心(おとこごころ)だな。なぜそう思っているんだ。」

「あっしにも分からねえのですが、・・・圧倒的に強いからだと思いやす。」

「そんなに強いのか。」

「寒気がするほどでさあ。」

 「何はともあれ、出入り前だ。強え助人(すけっと)はありがてえ。」

「どこと事を構えるので。」

「川向こうの黒駒だ。渡(わたり)の交代はしねえと言って来た。子分が多くなって気が大きくなったんだろう。決着を着けようぜって抜かして来やがった。」

「場所はどこですか。」

「逢瀬の河原だ。あそこなら人目につかず、川水も分散してどこも深くねえ。」

 「で、どんな決着を着けるんで。」

「まあ、誰しも命は惜しいからな。対決して代表人が斬り合うんだろう。普通は怪我をした方が負けってわけだ。・・・だが、渡しの利権は大きい。まともな合戦になるかもしれん。」

「助っ人いたしやす。」

「ありがてえ。よろしく頼まあ。・・・マリアさんとやら、そう言う事だ。明後日の日の出に出入りがある。合力を頼めるかな。」

 「一宿一飯の恩義、報いようと思います。・・・お聞きしておきたいことが御座います。」

「何だい。」

「合戦になるかもしれないとの事でした。黒駒一家を全滅させても宜しいのでしょうか。」

「合戦とはそういうものだと思っている。」

「分かりました。こちらに被害が出る前に決着をつけようと思います。」

「まだ信じられねえ。」

「稼業で御座いますから。」

 マリアは自分たちのために竹槍を20本用意してくれるよう頼んだ。

翌々日の夜明け前、薄明にもならない暗闇の中を白鷺一家は出発した。

マリア達は道中合羽と三度笠に下駄履きという股旅姿で2本の竹槍を持っていた。

「下駄履きで河原で殺し合いをするんかな。」

白鷺親分が心配そうにマリアに言った。

「履き慣れておりますから大丈夫です。道中合羽も三度笠も刃物はあまり通りません。河原では石の投げ合いがあるかもしれませんから笠と合羽は便利です。」

「そうか。河原で足を挫(くじ)かんようにな。」

 一行は川沿いの道を進み、合戦場の逢瀬の河原に着いた頃には明るくなっていた。

黒駒一家は既に到着しており、篝火(かがりび)を焚き、提灯を立てて待っていた。

喧嘩支度をした50人ほどと、用心棒と思われる着流しの侍3人が居た。

白鷺一家は23人の子分とマリア達10人と大政小政2人だった。

両者は20mほどの幅の流れを挟んで対峙した。

流れの深さは30㎝ほどだった。

 「黒駒ーっ、てめえ、これまでの約定を破って横車を押そうってか。決着をつけてやるぜ。」

白鷺の親分が最初に言った。

「尾羽を枯らしたクソ鳥(どり)が。この世は趨勢(すうせい)ってものがあるんだ。棺桶に入りかけたクソじじいのくせにそんなことも分からんのか。えーっ。」

「決着を着けようぜ、黒駒。おめえの代理が出てくるんか。臆病もんのおめえらしいがな。」

「何言ってやがる、耄碌(もうろく)ジジイが。今日で白鷺は飛べなくなるぜ。合戦しようぜ。」

「望むところだ。黒駒のシマはもらったぜ。」

 白鷺の子分は20本の竹槍を構えた。

大政も小政も脇差を抜いた。

黒駒の子分も50本の竹槍を構えた。

相手の侍も刀を抜いた。

 マリアは娘達に言った。

「やれ。」

娘達は一斉に竹槍を投げた。

マリアも一呼吸置いてから投げた。

竹槍の筒先端には河原の粘土が詰められて重くなっていた。

竹槍は唸(うな)りを発しながら子分共の喉(のど)を突き通した。

娘達は間を置かずに2本目の竹槍を投げた。

黒駒一家の20人が死んだ。

 「石で攻撃。」

マリアが言った。

娘達は河原の小石を拾い、投げた。

速さは毎時200㎞程だった。

石は竹槍よりも早く、見え難(にく)く、正確に敵の顔面にめり込んだ。

最初の一投で9人が倒れ、2投目で9人が倒れ、3投目で9人が倒れた。

黒駒一家で立っている者は8人になった。

 「よし、石を拾って突撃。」

マリアが言った。

石を拾った娘達は最初に石を投げ、立っている8人を倒してから流れに向かって跳躍した。

流れに顔を出している大石を跳び伝い、5歩で対岸に達した。

対岸に立った娘達は辺りを観察した。

息のある者は落ちている竹槍で喉を突いて確実に殺していった。

黒駒の親分は顔面を割られ死んでいた。

 ほんの短い間で黒駒一家は壊滅した。

「白鷺親分、相手は死んでいると思います。ご検分を。」

マリアがあっけに取られている白鷺親分に言った。

「すげえ。・・・ほんとにすげえ。確かに鳥肌が立ってらあ。」

白鷺一家の子分達は流れを渡って対岸に行き、凄まじい殺戮の様子を眺めた。

顔を割られた者と竹槍で喉を突かれた者達だけだった。

戦いにもならなかった。

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