第17話 17、養女のコヨリ 

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 千両箱3個を担いでマリアたちは狛犬一家に戻って来た。

一家の前には提灯に火が灯り、入り口の障子は内側から明るく照らされていた。

マリア達が賭場荒らしに出かけたことは分かっていたし、賭場荒らしの仕返しに大勝一家が殴り込んでくる可能性があったからだ。

 「ただいま。」

そう言ってマリア達は入り口を開けて入って行った。

10人ほどの子分達と狛犬の親分が喧嘩衣装を着て待っていた。

マリアは千両箱を板間に置いて言った。

「落とし前をつけて来ました。20人を殺し宿の柱を折り2500両を20人の手下の命の代わりにもらって来ました。」

「怪我はなかったのか。」

 「はい、本当は10倍返しの40人を殺すつもりでしたが手下が逃げ出しましたので代わりに金をもらって来ました。お納めください。」

「大勝は怒ったろう。」

「いいえ、『どうぞ、子分の命を2500両で買って下さい』って泣きつかれました。」

「なんかとても信じられない話だな。」

 「大政とか小政とかの子分どもは親子の盃を返しました。18人くらいが大勝一家を抜けました。その連中に聞けば途中までの事は分かります。2階の子分が居なくなってからの様子は階下にいた子分どもに聞けば分かると思います。」

「20人が死んで18人が組を抜けたのなら大勝一家はほとんど壊滅だな。」

「でも、ヤケッパチになって殴り込んで来るかも知れません。今夜明日は警戒するにこした事はありません。」

「そうだな。」

 その夜、殴り込みはなかった。

翌日になって大勝一家の賭場に使われていた宿屋の2階の屋根が大きく傾(かし)いでいるのが明らかになった。

大勝一家の家も入り口の扉は閉まり、ひっそりとしていたことも判(わか)った。

 「マリアさん、子分が見て来た。賭場の屋根が傾いて、大勝の家もいつものように暖簾(のれん)を出していないようだ。」

狛犬の親分が奥の部屋でマリアと対面して言った。

「どうやら殴り込みは無いようですね。今日は20人の子分の葬儀ですかね。」

「大勝も物入りだな。・・・そりゃあそうと、賭場荒らしの3人の侍はどうしたんだ。」

「裸にして湖に沈めたそうです。」

「えらく手回しがいいな。」

「人を殺(あや)めました。明日には旅に出ようと思います。お世話になりました。」

 「そうか。・・・マリアさんに頼みがあるんだがいいかな。」

「何でございましょう。」

「コヨリさんを狛犬の養女にしたいと思っているんだがどうだろうか。」

「養女ってことは親分の子供になるということですか。」

 「そうだ。狛犬一家には近い親戚(しんせき)がいないんだ。ウチのお母(かあ)も一人息子も流行病(はやりやまい)で亡くなってな。いずれ誰かに跡目を継がせなきゃあならんのだが、めぼしい子分が居ねえんだ。コヨリさんは腕っ節は強えし、礼節もわきまえている。狛犬の後を継ぐには最適だと思った。」

「女でも宜(よろ)しいんで。」

「この世界には女親分も居る。まあ大抵は親分が死んで連れ添いが親分を継ぐんだがな。若え娘でも親分の器量があれば親分になることができる。」

 「分かりました。コヨリがいいと言えばコヨリを養女に差し上げましょう。・・・イビト、コヨリを呼んできて。」

マリアは部屋の外にいたイビトに言った。

コヨリが来るとマリアは狛犬大五郎が横にいる状況で言った。

「コヨリ、大五郎親分がコヨリを養女にしたいとおっしゃっている。お前はどう思う。」

「イビトから聞きました。親分の養女になろうと思います。」

 「そうか。それなら狛犬大五郎の養女になりなさい。親分は将来、狛犬一家をお前に継がせるおつもりだ。狛犬親分を観察し、一家の親分としての器量と心構えを学びなさい。」

「はい、姉さん。」

「相談したいことがあればマリシナ国に来なさい。」

「はい、姉さん。」

「親分さんと話がある。下がっておいで。」

「はい、姉さん。」

 コヨリが部屋から出るとマリアは大五郎に言った。

「親分さん、これから話す事は秘密にしておいて欲しいのですが、よろしいですか。」

「いいよ。体のことかな。」

「はい、あっしらの体は鉄でできているんでさ。」

「それは分かっていた。階段はギシギシ音がするし、畳も凹むからな。」

 「あっしらは空の星から来た、言ってみれば金属人間でさ。でも生身の人間と同じで、おまんまを食べねえと動けやせん。完全に消化しますから食べる量は生身の人間よりずっと少なく、臭え物も出しやせん。死ぬこともありやせん。」

「いいことずくめじゃあないか。」

 「はい、個々の人間としたら良(い)いことずくめです。ですが人間全体としたらいいことずくめではありません。あっしらは子供を作ることができねえんで。だから増えることができません。」

「神さんはうまく按配(あんばい)してくれているんだ。」

「そう思います。」

 「さっき、マリシナ国って言ってたが、何処(どこ)にあるんだい。」

「大石国の隣にあります。元の鍋田国の湖側です。」

「あそこか、石倉に雇われた傭兵の国だって聞いている。まだ行った事はないが町も店も一つもない静かな国だそうだ。そうか、マリシナ国って言うのか。じゃあマリアさんは軍隊を持っているんかな。」

「はい、今は2600人の軍勢を持っております。」

「そうか。コヨリさんみたいな兵士の軍隊なら鍋田の軍なんて蹴散らすわけだ。」

「恐れ入りやす。」

 翌朝、マリア達10人は旅に出た。

狛犬大五郎親分と稲荷のコトミとコヨリが見送った。

コヨリは着物に白足袋と赤い鼻緒の草履という娘姿をしていた。

 事情はどうあろうと20人もの人間が殺された。

町の役人は調べなくてはならない。

ところが人を殺した博徒達は町から居なくなっていた。

そんな場合、役人達はそれ以上追求しない。

博打場での喧嘩で、堅気の人たちには危害が及んでいない。

大勝一家からは訴状も出ていないし、今後、絶対に出されない。

ヤクザがそんなことをしたら大恥をかくことになる。

 マリア達は次の国に入った。

娘達は道中、仁義の切り方を一生懸命考えていた。

仁義を切れさえすればその町の親分さんの所に無料で泊まることができ食事をとることもできる。

喧嘩の腕の方は自信があるから何の問題も生じない。

 茶店で休むと娘達は仁義の練習をした。

「サトミ、いくわよ。お控えなすって。」

「お控えなすって。」

「早速、お控えくださり有難う御座います。ご当家軒先をお借りし、稼業、仁義を発します。手前、生まれは未(いま)だに定かでありません。物心がつきました頃は湖に面した寂れた村で暮らしておりました。従いまして姓はなく名はアケミ、人呼んで人潰しのアケミと発せらるるを望む駆け出しの渡世人でござんす。今宵、一宿一飯の恩義にあずからしていただきたく、隅から隅までズズいとお見知りおきいただくようお頼み申し上げます。」

 「なかなかいいわね。お控えなすって。」

「お控えなさって。」

「ご丁寧なるご挨拶、有難うございます。手前、生国と発しまするは石倉近くの名も無い村。闇夜湖水で生湯(うぶゆ)を使い、日がな、銀波、金波を見て磨き上げたこの体(からだ)。姓はなく、名はサトミ、人呼んで棒枯らしのサトミと申します。まだ駆け出しの粗忽者。前後間違いましたる節はまっぴらご容赦願います。今宵、一宿一飯の恩義、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼(たの)申します。」

「そうか、『銀波、金波を見て磨き上げる』ってのもいいわね。『棒枯らしのサトミ』も色気があるわ。」

「へへっ、ずっと考えたの。『木枯らし』や『人枯らし』よりいいでしょ。」

 マリア達とは逆の方を向いてお茶を飲んでいた男が「くっくっくっ」と思わず忍び笑いをしてしまった。

サトミはその笑い声に気付き男を見つめた。

「あらっ、そこに居るのは大勝一家の大政兄貴じゃあございやせんか。」

サトミの声でマリア達は一斉にその男を見た。

 男は黙って立ち上がり、マリアに一礼して言った。

「先夜にお目にかかった元大勝一家の大野政五郎の大政でございます。笑ってしまい申し訳ありませんでした。あまりに初々(ういうい)しかったので思わず微笑(ほほえ)んでしまいました。」

マリアが言った。

「大政さんね。マリアです。あなたが盃を返してくれたのでもう20人を殺さなくて済んだわ。大勝の親分さんは20人の命を2500両で買ってくれたの。」

「大枚でしたね。」

 「大政さんに聞きたいことがあるんだけどいいかしら。」

「なんでございやしょう。」

「大石の隣のこの土地は何て国なの。」

「ここは白雲(しらくも)国と言います。風の関係か、霧が出るんでさ。」

「白雲国も城下町はあるの。」

「大石国より大きな城下町がございやす。・・・そのごっつい下駄を脱ぐには白鷺(しらさぎ)一家が良いと思います。」

 「大政さんは気働(きばたら)きするのね。流石に兄貴だわ。なぜ白鷺一家がいいの。」

「狛犬と同じような一家ですから。・・・白鷺の親分は昔気質(むかしかたぎ)の渡世人でさあ。」

「そう。そこに行ってみようかな。」

「お願いがございやす。」

大政が言った。

 「何。」

「御一行の後(うしろ)20歩を歩いても宜しゅうございますか。」

「歩くは天下の街道。どこをどう歩いてもいいわ。」

「ありがとうございます。そうさせていただきます。」

 マリア達が茶店を後にすると大政はその後ろを娘達の歩みに合わせて歩いた。

娘達は時々後ろを振り返って大政を見た。

娘達が白雲の城下に入る前、道中合羽に三度笠を冠った別の渡世人が大政の後ろを歩くようになった。

大政はその男を知っているようで、数言(すうこと)話をした後は歩みを止めずにマリア達の後を追った。

新しく加わったその男はどうやら元大勝一家の小政らしかった。

大政がこの町に来るだろうと予想して待っていたようだ。

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