第16話 16、賭場荒らしのお礼参り 

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 マリアは狛犬一家に数日逗留することにした。

賭場荒らしのお礼参りをするためだった。

やられたらやり返さなければ舐(な)められる。

実力がなく虚勢を張って生きていくヤクザにとっては舐められたら終わりだ。

実力があればそうではなかろうが。

 次の夜、マリア達は大勝一家の賭場に出かけた。

大勝一家の賭場は狛犬の賭場よりも大きかった。

宿も大きかったし、賭博場も20畳の大部屋が2つ続いていた。

マリアたちは帳場でコマを1枚ずつ買い、鉄火場の壺振りの前近くの席を取り、博打に参加せずに「見」を続けた。

 マリアたちはお揃いの股旅姿で娘姿の時とは違って胡座(あぐら)をかいていた。

「コヨリ、今度は何が出ると思う。」

「そうねえ、イビト。私は丁が出ると思うわ。だって丁の方が出やすいんでしょ。」

「それは間違いよ、コヨリ。よく考えてごらん。どちらも同じ18通りなんだから。だから面白いのよ。」

 「ここの壺振りのお兄さんは上手だって馬子さんが言っていたわね。」

「そう言えば素人が勝負しても絶対に勝てないんだって言ってたわね。」

「それにしてもいい男ね。胸毛が生えている。摘(つま)んでみたいわね。」

「ほら、言うわよ。『勝負』って。」

「なんていい男前だろう。はい、勝負。二六の丁。」

 壺振りの男は目の前の娘たちのそんな話を聞きながら壺を振らなければならなかった。

勝負の場に必要な緊張感など吹き飛んでしまう。

明らかに賭場を荒らしに来たと分かる。

 「お客さん、黙ってコマを張ってくれませんか。」

壺振りはとうとう堪忍袋の緒が切れて言った。

「はあーっ、あっしらはどっちにコマを張るかの相談しているんで。何か粗相(そそう)をいたしやしたか。」

「うるさいんですよ。気が散って白けてしまうんで。」

「マリア姉さん、うるさいんですって。この色男の壺振りさんが言ってるの。」

コヨリは遠くにいたマリアに大声で叫んだ。

マリアは席を立ち、娘たちの後ろに行って言った。

 「壺振りのお兄さん、修行が足りないようですな。壺振りは客の話に気をせず黙って壺を振っていればいいと思いやすが。」

「何い、この小娘が。てめえら賭場荒らしだろう。さっきから見(けん)ばっかりでコマを張らねえ。」

「賭場荒らしだとどうなさるんで。」

「半殺しにして放り出すんだ。覚悟しやがれ。」

 「あっしらは金を払って木札を持っているんですぜ。客を半殺しにするのですか。恐ろしい賭場ですね。賭場から出ていって欲しい客には普通、コマの何倍かの金を与えてお立ち去りをお願いするのだと思いましたが。・・・ここでは半殺しにされるのですか。」

「うるせえやい。お前らのような偽博徒に賭場を荒らされてたまるか。」

壺振りの大声で20人ほどの子分どもがいつのまにか娘たちの後ろに立った。

 「穏やかに事を収めようとはなされない様ですね。分かりました。・・・娘達、この賭場を壊してしまいなさい。攻撃する者は殺してもいい。相手は半殺しにしようとしている。正当防衛です。」

「何をほざいていやがる。おい、構わねえから叩きのめして表に放り出してやれ。素っ裸で放り出してやったら皆んな喜ぶ。」

 娘たちの後ろに立っていた子分どもは娘を捕まえようと手を伸ばしたが娘達は胡座の体勢から後ろに跳んで相手に背中から体当たりをした。

300㎏の体重で下から突き上げるように体当たりされた子分どもは襖(ふすま)や敷居を飛び越えて帳場のある部屋にすっ飛んで行った。

一人は長火鉢に突っ込み、灰神楽(はいかぐら)が立った。

 娘たちは残る10人ほどの子分を一撃で殺し、次にすっ飛んだ男たちの頭を蹴り飛ばした。

男たちの首は10㎝ほど伸び、あらぬ方を向いて首の皮で繋がっていた。

数人の娘たちは街道側の柱に飛び蹴りを喰らわせ、それを折った。

襖(ふすま)はひしゃげ天井は大きく街道側に傾いた。

 「待て。」

マリアが大声で言った。

娘たちは破壊行為を止め、マリアの横に集まった。

「まっとうなお客さん方、これからこの賭場を壊しやす。危険ですからどうぞこの宿から出てください。木札はそのまま持って行ってください。大勝の親分が生きていれば明日にでもなれば換金してくれると思います。なるべく親分は殺さないようにいたします。それからこの宿に泊まることはお勧めしやせん。壊れるかもしれやせんから。・・・今直ぐだ。出ろ。」

客達は木札を抱えて大急ぎで賭場から出て行った。

 マリアは長火鉢の向こうで腰を抜かしたように腰を落とし脚を開いてマリア達を唖然と見ていた大勝親分らしい男に言った。

「大勝の親分さんでしょうか。」

「そっ、そうだ。なっ、何だ、てめえらわー。」

「あっしらはしがねえ渡世人でございやす。狛犬一家の一宿一飯の恩義でここに来ておりやす。昨夜は4人の賭場荒らしがめえりやした。今日は10倍返しの40人を殺すつもりで来ました。まだ20人しか殺しておりやせん。残念ながら今残っているのは20人には足りません。このままでは大勝親分を殺さなければなりません。階下から子分を呼んでも結構です。20人を超えれば大勝親分は生き残ることができます。子分はみんな大勝親分を生き残らせるために命を捨てる者達です。死んだ後は懇(ねんご)ろに弔(とむら)ってやってくだせえ。・・・子分を呼べ。」

 「てっ、てめえら。おっ、おい。下の子分どもを呼べ。」

「でも親分、殺されるために呼ぶのですかあ。」

「大政、言うことが聞けねえのか。」

「親分、あっしも渡世人の一人でさあ。親分の言うことは何でもいたしやす。だが親分は子分のために命を張ることが重要だと思いやす。親が子供のために命を張ることと同じです。・・・ご自分が助かるために子分を殺させようとするのは親が自分の保身ために自分の子供を殺させようとするのと同じです。そりゃあ逆だ。」

「てっ、てっ、てめえ。裏切るのか。」

「親子の盃(さかずき)は返させていただきやす。」

そう言って子分の大政は部屋を出て行った。

 「てっ、てっ、てっ、てめえ。・・・小政、子分を呼べ。」

「あっしも大政兄貴の言う通りだと思えます。あっしは親分が娘達をたたっ切れって言うのを待っておりやした。・・・。あっしも親子の盃はお返しいたしやす。」

そう言って子分小政も部屋を出て行った。

「てっ、てめえら。・・・もういい、みんな、この娘達を叩き切れ。」

 他の子分達は躊躇(ちゅうちょ)した。

相手は20人をあっという間に殺し、宿屋の柱を蹴折った娘達だ。

あと20人を殺すから階下から手下を呼べと落ち着き払って言っている。

まだ脇差も抜いていない。

切り掛かれば殺されるのは確実だ。

 大政の兄貴も小政の兄貴も親子の盃を返した。

組を抜けるのは今しかない。

普段なら組を抜けるのは大ごとだ。

何をされるか分からない。

だが、今なら抜けられる。

大政の兄貴に付いていけばいい。

 「あっしも盃を返(けえ)しやす。大政兄貴に着いていきやす。」

子分の一人がそう言って逃げるように部屋を出ていった。

「あっしも盃をお返(けえ)しいたしやす。あっしは小政兄貴に着いていきやす。」

そう言って別の子分も部屋を出て行った。

 そうなったら止まらない。

子分達は「あっしも」、「あっしも」と言って次々と部屋を出ていった。

だれしも死にたくはない。

出入りでは、生き残ることができるかもしれないと思って度胸を決めて戦うのだ。

死ぬと分かっていたら戦わない。

兵隊とは違うのだ。

そして部屋には大勝親分だけが残った。

 「大勝親分、子分達は親分を見限ったようですね。」

マリアが大勝親分に言った。

「まっ、待て。命だけは助けてくれ。」

「助かるかもしれません。・・・あっし達は賭場荒らしの落とし前を着けるためにここに参りやした。落とし前がきちんと取れれば大勝の親分さんの命まで取ろうとは思いません。あと20人分の命を如何程(いかほど)でお買いになされますか。」

 「かっ、金を払えばいいのか。」

「命を金で買うのは良くあることで御座いやす。」

「いくら払えばいいのだ。」

「子分20人の命はおいくらですか。」

「20両でどうだ。」

「急にお元気になりましたね、大勝親分。人間一人の命がたったの1両ですか。もしそうならここに倍の2両を置いて大勝親分のお命を買ってもよろしいんですね。」

 「まっ、待て。2000両やる。それでどうだ。」

「一人が100両ですか。親分の命は200両と言うことですね。・・・まあそれだけの手持ちはございません。・・・この賭場にはいくら金があるのですか。」

「2500両ある。見せ金が必要なのだ。」

「宜しゅうございます。我々は賭場荒らしです。賭場荒らしが賭場の金を奪うことは良くあることです。子分20人の命を2500両で買いやしょう。それで宜しいですか。」

「くそー、持ってけ。」

 「『持ってけ』ですか。まだ自分のお立場がお分かりにならないようですね。別に買わなくてもいいのですよ。」

「くっ、持って行って下さい。」

「まだまだですね、大勝親分。」

「・・・どうぞ、子分の命を2500両で買って下さい。」

「よし、買った。」

 マリアは大勝親分に賭場の金を集めさせた。

千両箱2個は帳場のある部屋の隅に積まれており、その横には空の千両箱があった。

帳場の横奥には大きな木箱があり、そこには500両以上の小判が入っていた。

大勝親分は空の千両箱を持って来て木箱の小判を千両箱に詰めた。

悔しい気持ちが伝わってくる所作だった。

 500両が千両箱に移された後の木箱には100両ほどの小判が残っていた。

「大勝親分、箱に残っている小判から100両を千両箱に移してくれやせんか。100両はあっしらの今夜の手間賃でさあ。」

大勝親分は何も言わず100両を千両箱に移した。

箱に残っている小判は2枚だけだった。

 娘達3人が千両箱を肩に担ぎ、マリアたちは宿の階段をゆっくり降りていった。

階下に残っていた子分達は遠巻きにして娘達を睨(にら)んでいた。

「お前達の命は金で買った。大勝親分に感謝するんだな。これで帰る。・・・下駄を出してくんねえか。」

マリアが子分達を睨(ね)め付けて言った。

 マリア達が宿を出て行くと子分達は階段を上がって親分のところに行った。

マリアと大勝親分の会話は階下にも聞こえていたのだ。

親子の盃を返して逃げ出した子分からも話を聞いていた。

大勝親分は幾分放心した様子で荒れた賭場を眺めていた。

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