第15話 15、賭場荒らし 

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 果たして賭場荒らしが現れた。

最初は身なりが見窄(みすぼ)らしい侍の浪人だった。

帳場でコマを1枚だけ買い、鉄火場に座った。

そしてコマを張ることをせずに「見(けん)」を続けた。

賭けに参加するか否かは自由だから文句の付けようがない。

コマを張らないことに文句を言えば怒り、諍(いさか)いを起こすわけだ。

 続いて来たのは人相が悪い博徒風の男だった。

その男もコマを1枚だけ買い、鉄火場に座って「見」を続けた。

次に来たのは浪人で、コマを1枚だけ買い、鉄火場に座って「見」を続けた。

その次に来たのも浪人でコマを1枚だけ買い、鉄火場に座って「見」を続けた。

今や、鉄火場は3人の侍と1人の博徒が場の一角を占め勝負に参加しない「見」を続ける状況になった。

 「大五郎親分、あの男たちが賭場荒らしなのですか。」

大五郎親分の近くに座っていたマリアが言った。

「そうだ。だがこっちは何もできない。別に賭場の仕来たりを破っている訳じゃあないからな。まあ、嫌がらせだな。」

「あの風体(ふうてい)で居座られたら賭場の雰囲気も悪くなりますね。」

「まあ、どう見ても堅気ではないからな。」

「排除しても宜しいんで。」

「大ごとにならなければな。」

「そうします。いずれ同じようなお礼参りも致しましょう。」

 マリアは娘の一人を呼んだ。

「何でしょうか、マリア姉さん。」

「コヨリ、鉄火場にいる侍3人と博徒風の男が見えるでしょ。あいつらは賭場荒らしだ。大ごとにならないように排除しなさい。」

「了解。楽しくなりそうです。」

 コヨリは博打に参加していない娘たちと何事かを言ってから侍の後ろに行って少し声を高めて言った。

「お侍さん、その席を空けていただきませんか。あっしらも博打をしたいんで。」

侍は後ろを振り向いて言った。

「なにい。ここは拙者の席だ。黙って待っておれ。」

「見(けん)を続けているお侍さんは博打勝負がお嫌いそうなんで申しやした。表であっしとサシの勝負をしていただけませんか。お侍さんは博打の勝負より白刃の勝負が合っていると思います。どうでしょう。小娘のあっしと勝負していただけませんか。」

「なにい。表で勝負だと。笑わせるな。」

「小娘の挑戦を受けて尻込みなさるんで。武士の沽券(こけん)に関わると思いやす。臆病者になりますか。」

「なにい。」

 「賭場の真っ当なお客さんたちにとって暫(しば)しの余興になると思います。障子を開ければ通りが見えます。通りで勝負いたしましょう。あっしはこの賭場の臨時美人用心棒でございます。お侍さんは賭場荒らしだと思います。・・・違いますか。」

「臨時美人用心棒だと。ぬけぬけと。このアバズレめ。」

「ありがとうございます。ババアと言われるかとヒヤヒヤしておりました。どうでしょう。勝負していただけませんか。用心棒を痛めつける。それだけで賭場荒らしのお役目が十分に達成できると思いますが。」

 「いいだろう。サシの勝負を受けてやる。真剣だぞ。」

「よろしゅう御座います。あっしの得物はこの木札コマ2枚でお相手いたしやしょう。まっとうな賭場の怒りの木札ってわけですな。」

「口の減らない小娘が。痛めつけてやる。」

「殺してやるって言ってくれませんか。その方がこちらも後腐れがありません。」

「殺してやる。」

 「ありがとうございます。・・・それからそこのお侍さん2人と渡世人風の方も賭場荒らしさんですね。先程から見を続けておりました。皆さんも私と勝負していただけませんか。サシの勝負ではなく1対4の勝負をいたしやしょう。ふふっ、凶暴そうな男4人とか弱そうな娘1人です。これを逃げたらもう誰も雇ってはくれませんよ。」

「くっ、このアバズレが。いいだろう。痛めつけてやる。」

「殺してやるって言ってくれませんか。」

「半殺しにしてやる。」

「まあ半殺しでもいいでしょう。・・・外に出ろ。」

 もう賭場で博打を続ける者は居なくなった。

殺し合いの喧嘩が始まるのだ。

博打よりずっと面白い。

大部分の客は博打場の隣の部屋に入り、障子と雨戸を開け、身を乗り出して下の通りを眺めた。

 コヨリは和服姿に下駄を履き、木札コマを片手に持って最初に通りに出て来た。

武士3人と宿屋の心張り棒を持った渡世人がその後から出て来た。

裸足だった。

3人の娘達がその後を続き、入り口近くに立った。

4人はコヨリを囲み1人が言った。

 「何だ加勢を呼んだのか。」

「いいえ、加勢ではありません。戦うのはあくまで私一人でございます。ご安心ください。まあ尋常の立合いの見届け人というところです。いざっ。」

「おうっ。」

そう言って侍達は刀を抜き、渡世人は心張り棒を構えた。

正面と左右に侍、後ろが渡世人だった。

 コヨリはゆっくりと下駄を脱ぎ、ゆっくりと拾い、娘たちの方に放り投げた。

「勝負。」

そう言ってコヨリは正面の侍に突進し、左右にフェイントをかけ、身をかがめて侍の脇を通り過ぎながら帯を掴んだ。

侍は後ろに引きずられ、コヨリは侍を弧を描くように投げ飛ばした。

侍は後頭部から地面に激突し動かなくなった。

コヨリはゆっくりと侍の刀を拾い、他の男達の方を見ながら足もとの侍の喉を踏み潰した。

 「これでひとーり。」

コヨリはそう言って刀を下げ、男達の方にゆっくり近づいた。

残る3人は並んでいた。

コヨリは3人に突進し、今度も左右に跳んでフェイントをかけ、端の侍に持っていた大刀を下から投げた。

刀は男の腹を突き通し、背中から先端が飛び出した。

コヨリは侍には近寄らず、前に屈む侍の横に跳んだ。

残った男達が攻撃できないようにするためと、腹に刺さった刀は即死させないからだった。

 「これでふたーり。」

コヨリはそう言って残る二人に対峙した。

残る侍は待っていたらやられると思ったのか、突進して攻撃して来た。

コヨリは斜め後ろに跳び、さらに斜め後ろに跳び、屈んで足もとの小石を拾った。

侍が近づいて上段に刀を振りかぶった時、コヨリは侍の顔に小石を投げ、横に跳んだ。

小石は額にめり込んでいた。

侍はうつむせに地面に倒れ、動かなくなった。

コヨリは倒れた男の足の方から近づき、跳んで男の首に乗った。

 あたりは修羅場だった。

一人が喉を潰され仰向けに倒れており、一人は刀を突き通されて蹲(うずくま)っており、もう一人はうつむせに倒れ、その首には美しい娘が立って残る一人の方を見ていた。

「これで3人。」

コヨリはゆっくりとそう言った。

 渡世人は震えていた。

仲間の3人の侍があっという間に殺されてしまったのだ。

相手は恐ろしい娘で、人を殺しても何とも思わないようで、涼しい顔で首の上に立っている。

戦ったら確実に殺されることは明らかだった。

渡世人は手に持った心張り棒をコヨリに向かって投げつけ、全力で逃げ出した。

コヨリは投げられた心張り棒を片手で無造作に掴んだ。

その時には渡世人は夜の闇に消えていた。

 コヨリは入り口の娘達の所に戻り、足袋の土埃を払ってから下駄を履いた。

「後は任せておいて。コヨリはマリア姉さんに報告して。」

娘達はそう言い、どこからか荷車を引いて来て死んだ侍達を載せ、夜の暗闇に消えて行った。

 「あれで良かったでしょうか、マリア姉さん。」

コヨリは帳場に戻ってマリアに言った。

「大方(おおかた)良かったわよ。血が出たのは少しまずかった。ここは戦場ではないからね。コヨリは足袋を新しいものに替えてから博打を楽しみなさい。」

「はい、姉さん。」

 「コヨリさんと言ったか。若い娘さんなのにえらく強いな。」

大五郎親分が言った。

「ありがとうございます。見物人がおりましたので少し緊張しました。それと今日は裾を気にしなければならない衣装(いしょう)でしたから跳ぶことは極力控えました。」

「それにしてもてえしたもんだ。コヨリさんは皆んなの中で一番強いのかな。」

「いいえ、誰もみんな同じだと思います。」

「そうかい。マリアさんが喧嘩に強いと言ったのがよく分かった。後は博打を楽しんでくれ。」

「そうさせていただきます。」

 賭場は再開された。

客は生き死を賭けた戦いを眺めて興奮していた。

そのコヨリが賭場に戻ると客達はコヨリを盗み見ることが多くなった。

こんな美しい小娘が3人の侍を殺し、その後、何事もなかったかのように博打を楽しんでいる。

真に怖(こわ)い人間だと確信した。

 真夜中を過ぎて賭場は閉められた。

お客はコマを現金に換えて宿屋の部屋に戻ったり、駕籠を呼んで家に帰ったりした。

賭場の後片付けをしながら稲荷のコトミがコヨリに憧れの眼差(まなざ)しで言った。

「コヨリさんて、とてつもなく強いんですね。あんな強そうな4人を楽々と倒してしまった。憧れます。」

 「ありがと、コトミさん。」

「コヨリさんはどこで武術を習ったのですか。あんなに強くなれるんならそこで習いたいな。」

「どこと言ってもねえ、・・・住んでた村かな。みんな暇だったから遊びで戦ったの。」

「その村はどこにあるのですか。」

「この近くよ。石倉の先の山の中にあるの。」

「ふーん、聞いたことがないな。」

「隠れ村だったの。どの国の村でもなかった。私たちが村を出るようになったのは最近のことよ。」

「ふーん、だから聞いたことがなかったんだ。」

 「コトミさんは親分に仕(つか)えて長いの。」

「3年前からだ。親に捨てられたみたいで、物心が付いた頃にはカッパライをしながら野宿を続けていた。親分に捕まって子分にさせられた。まあ拾ってくれたって言うのが正しいかな。親分は大恩人だよ。」

「親分に拾われて良かったわね。」

「立派な任侠になるつもりだ。」

 「コトミさんは立派な仁義を言ったわ。仁義って何。マリア姉さんは直ぐに分かったようだけど、私には分からなかった。」

「仁義ってのは渡世人の身分証明書だよ。口上が上手で礼儀作法が正しければ渡世人として認められ、一宿一飯を受けることができる。宿屋に泊まるよりずっと安上がりだ。金がなくても旅を続けることができるわけだ。だから偽物には厳しい。渡世人はいろいろ工夫して自分の口上に磨きをかけるわけだ。」

「そうなの。今度、私にも教えてね。」

「任せておいてくれ。美人で強いコヨリさんにぴったりの口上を考えてやるよ。」

「お願いね。」

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