第14話 14、博打の旅
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マリア達は筏船に戻った。
辺りに散乱している船の破片を集めて筏船に載せ、筏船を持ち上げて砂浜から湖面に浮かべた。
筏船の有利な所は筏が壊されない限り浮かぶことだ。
長さ10m、幅5m、厚さ50㎝の筏は浮力が25トンで自重が10トンだから15トンを積載できる。
300㎏の娘達21人の重さは7トン以下だから喫水は厚みの半分の25㎝になる。
大波がなければ航行に問題はない。
マリア達は筏船に乗り込み、筏の端に座り、細長い板切れを櫂(かい)にして漕いだ。
そんな櫂の推進力は大きくなかったが、筏船は波を蹴立てて進んだ。
娘達が足を踏ん張り、重力加速度を前進の力に変えていたからだった。
娘達の筏船は見る見る間に入江の出口に達し、見えなくなってしまった。
娘達の行動は当然見張られていただろう。
見張り人は驚いたはずだ。
どんなに頑張っても動かすことができなかった筏船を娘達はいとも軽々と運び、木切れの櫂で漕いで忽(たちま)ち入江から出てしまったのだ。
宿屋の主人は旅に出たのではなく、身を隠していた。
見張りの報告を受け、海賊の頭領は一抹の何か不吉な寒気(さむけ)を感じた。
そんな寒気は近年ないことだった。
マリアはマリシナ国への帰路で島の制圧方法を考えていた。
水飛沫(みずしぶき)が時々顔にかかっていた。
基本方針は島を無人島にすることだった。
海賊は皆殺しにし、奴隷は・・・どうするか。
なかなか結論は出なかった。
マリシア国に戻るとマリアは10人の娘達を連れて股旅姿で旅に出た。
湖の周囲の国を知り、それ以外の国を知るためだった。
大石国に入ると街道沿いに茶店があった。
茶店の横には4頭の馬が木陰に留められており、その横に4人の男が茣蓙(ござ)を広げて博打を打っていた。
大石からの街道は二つに分かれ片方が石倉への平坦な道と片方が山越えの道になっている。
山越えの旅人は馬を利用することがあるので馬子たちには絶好の待機場所なのだ。
マリア達が茶店で休んでいると馬子が近寄って来た。
「あんたらこれから山越えかね。馬はいらんかい。」
「残念ながらあっしらはこれから大石の城下に向かうんで。」
「そうか。それじゃあしゃあねえな。・・・たまげたね。あんたらみんな若え娘じゃねえか。それに真っさらな股旅姿か。・・・まあ娘の姿で旅をするより股旅姿で旅をする方が危なくないからな。いい考えだ。」
「あっしらは強いんでこの姿をしてるんでさ。娘姿をしてたら襲う方々に申し訳ないから。」
「言うね。ほんとの博徒なんか。・・・どうだ、そこでゴザを広げているんだ。ちょっと遊んでいかんか。寺銭(てらせん)なしだ。」
「いいですよ。社会勉強です。賭け金はいかほどで。」
「一文だ。わしらも持ち金は少ねえからな。」
「そちらは4人のようですから、こちらも4人を出しやしょう。その方が分かりやすい。」
「いい度胸だ。勝負しよう。」
4人の馬子たちと4人の娘は車座になり、マリアたちに声をかけた馬子がツボを振った。
「最初は様子見だ。」
マリアがそう言うと娘たちは丁と半に2人ずつ掛けた。
偶数の丁が出た。
「次も見(けん)だ。」
マリアが言うと娘たちは再び丁と半に2人ずつ掛けた。
奇数の半が出た。
「あとは自由にやれ。」
マリアがそう言うと娘たちは嬉々(きき)として丁半博打に興じた。
結果的にマリアたちは20文を損した。
「へっへ、今回は目が出なかったようですな。」
ツボを振った馬子が言った。
「そのようだ。まだまだ修行が足りないようだな。ところで大石の城下町でも博打は流行(はや)っているのか。」
「そりゃあ、流行ってまさあ。でもあそこじゃあ壺振りがすげえんで素人では勝てやしませんぜ。」
「どこに行けば遊べるのかな。」
「羽振りが一番いいのは大勝組って親分の賭場だ。手下も多い。あとは狛犬組って親分のとこでも賭場を開いているが少し落ち目だな。なんせ親分が年寄りで跡継ぎがいねえ。流行り病で死んだらしい。」
「そうか、修行しなければならんな。」
マリアたちは大石の城下町に入り狛犬組に行った。
城下町の外れ近くにある間口が大きな両脇に「狛犬」と書かれた提灯が立っている家だった。
マリアは道中合羽を畳んで三度笠に載せ、入り口横に置き、5人を外に残し、5人の娘を連れて家に入った。
「御免ください。」
広い土間の向こうに一人の初老の男が火鉢の後ろに座り、煙管タバコを燻(くゆ)らしていた。
「はーい。」と高い声がして家の奥から未成年らしい若者が飛び出して来た。
「いらっしゃい、何でしょうか。」
「一宿一飯の恩義を賜りたく罷(まか)り越しました。」
「お客人ですか。久しぶりです。」
「コトミ、仁義を切ってもらえ。」
奥の男が言った。
「はい、親分。・・・仁義を切っていただけますか。・・・お控えなすって。」
「・・・仁義。すみません。あっしら博徒になりたてで詳しい作法はまだ知らねえんで。教えてくださいますか。」
「えーっ、仁義も知らないんですか。腰を中腰に落とし、こうやって右手の手のひらを見せるように前に突き出し、そのままの姿勢で自己紹介をするんですよ。左手は膝の上がいいですね。怖い人だと背中に手を隠して脇差を持つ場合があります。名前と来た場所は何処ですか。」
「名前はマリアと言い、石倉から来ました。」
「こう言うんです。・・・えーっ、ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、粗忽者(そこつもの)ゆえ前後間違いましたる節はまっぴらご容赦願います。手前、生国はお隣の石倉で御座います。姓はマリア、名もマリア。稼業、何とか。昨今の駆出し者で御座います。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します。」
「やってみやしょう。・・・お控えなすって。」
そう言ってマリアは中腰になり、他の娘たちも中腰になった。
「お控えなすって。」
若者は中腰になって右手を出した。
「早速、お控えくだすって有難う御座います。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、粗忽者ゆえ前後間違いましたる節はまっぴらご容赦願います。手前、生国生湯の水も分からねえ捨子。石倉隣、隠れ村で育ちました。姓は無く名はマリア。稼業、用心棒。昨今の駆出し者で御座います。以後、万事万端、一宿一飯、我ら11名。お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します。」
「有難う御座います。ご丁寧なるお言葉。手前、当狛犬組初代狛犬大五郎に従います若い者。姓は稲荷、名は崑太郎。人呼んで稲荷のコトミと発します。稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、宜しくお願い申します。」
「よろしくね。稲荷のコトミさん。」
マリアは若者に微笑んだ。
奥の狛犬の親分が言った。
「マリアさんかい。狛犬大五郎だ。仁義は受けた。外の者も中に入ってくれ。・・・コトミ、濯(すす)ぎを持ってこい。」
「はい、親分。」
足袋と下駄履きの娘たちに濯ぎ水は不要だった。
マリアと娘たちは足袋を払って板敷に上がり、並んで正座し、娘たちは狛犬大五郎親分を興味深げにジロジロ見た。
大五郎親分は娘たちの開けっ広げな凝視に多少たじろいて言った。
「驚いたな、みんな若い娘さんか。・・・さっきの仁義で気になったことがある。稼業が用心棒だって言ったか。」
「はい、博徒の道は素人(しろうと)同然ですが喧嘩には負けない自信がございます。」
「見た目からはとても想像できんが、そうなんだろう。この世界、喧嘩に強いことが一番だ。・・・今夜は賭場が開かれる。街の堅気衆の方々の賭場だ。昔からのお客さんだな。遊んでいったらいい。」
「有難う御座います。そうさせていただきます。」
「人間、落ち目になりたくはないもんだな。・・・最近は賭場荒らしが来るようになった。勝ち負けがあるのが博打だ。負けてばっかりの賭場には誰も来なくなる。争いがある賭場も同じだ。危ない賭場には来なくなる。マリアさんたちには賭場の用心棒になってくれたら有難い。」
「一宿一飯の恩義、用心の棒で果たそうと思います。」
狛犬組の賭場は向かいの小さな宿屋で開かれた。
宿屋とは言っても賭場に宿泊施設が付いているような宿屋だった。
賭博を楽しむ客は宿屋に部屋を取って泊まる者もいたし、街からやってくる者もいた。
賭けに勝った者が宿屋に泊まって昼過ぎに帰る場合もあった。
何より近くに胴元の狛犬組の根城があるので安心だった。
娘たちは行水を取り、下帯を替え、サラシを借りて豊満な胸を覆い、女物の着物を借り、長い黒髪をまとめて背中に垂らして賭場に登場した。
女物の着物は今は亡き大五郎親分の連れ添いの物だったらしい。
娘たちは初めての女物の着物を着て大喜びだった。
マリアは娘たちのために2両(20万円)を木札のコマに変えてやった。
賭場は20畳ほどの部屋と続き部屋の12畳の部屋だった。
20畳の部屋が賭場で12畳の部屋が胴元の部屋で帳場になっている。
お客は帳場で現金と交換で木札のコマをもらい、帰る時はコマを現金に換える。
胴元は狛犬の大五郎親分で、長火鉢の向こうに座っていた。
コマの出し入れは稲荷のコトミが行っていた。
賭場は二つの方式で行われていた。
一つは中央に丁半を分ける線が引かれ、丁半同数にコマが揃うと勝負をする丁半博打で、胴元は博打には参加せず場所代や仕切代としての寺銭で儲けることができる。
もう一つは客が丁半を自由に賭けることができる鉄火場方式で、丁半のコマが揃わなかった場合は胴元がそれを補填(ほてん)する。
言ってみれば客と胴元の勝負の場だ。
例えば、丁が10コマで半が5コマしか張られなかった場合は胴元が5コマを補填する。
半が出れば胴元は儲けるし丁が出れば損をする。
1:1のサシで勝負する場合もある。
壺振りの腕が問われる場だし、賭場荒らしが難癖をつける場でもある。
マリアたちは賭場の片隅に座り、席が空いたらそこに座って勝負した。
客が来れば「どうぞここに。」と言って席を譲った。
「大五郎さん、今日は賭場が艶(あで)やかだね。」
馴染(なじ)みの客らしい男が言った。
「うむ。いつもこうだといいんだがな。」
「あれで博徒なのか。みんな若くて美形だ。」
「博打はてんでダメみたいだ。」
「楽しませてもらうよ。」
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