第13話 13、海賊町の罠 

<< 13、海賊町の罠 >> 

 マリア達は桟橋に行き、筏船を呼び、留守番の娘にスルメと煎餅を渡した。

筏船を砂浜に引き上げ、街道の横まで運んだ。

筏船の質量は筏部分だけでも10トン以上になる。

1人が100㎏を担(にな)うとしたら、100人以上の担(かつ)ぎ手が必要になる。

だが筏船の周囲は30mだから周囲を持つ人数は60人が限度だ。

一人166㎏を担(かつ)がなければならない。

つまり、普通の人間の男なら運べないということだ。

まあ、丈夫な長い棒と100人の担ぎ手がいれば別だが。

 マリア達21人はぞろぞろと町を端から端までそぞろ歩いた。

いずれこの島を自分たちの物にするには最初にこの町を落とさなければならなかった。

船の数、船の大きさ、家屋の配置、町の人数、町の大きさ、入江全体の形などを調べた。

普通なら派手な衣装の怪しそうな集団に見えるが、マリア達はれっきとした「慈善屋」の客だ。

客が町を見物するのはよくあることだ。

 マリアは1300人の兵士がいればこの島を制圧できるだろうと思った。

この町は容易に制圧できるだろうし、各地の入江の村も個別に潰していけばいい。

隠し村にいる1300人を使ってもいい。

問題は住民を皆殺しにするのかどうかだけだった。

海賊は皆殺しにすればいいが、島には特別小作人がいるし女子供もいるだろう。

一番簡単なのはもちろん皆殺しにすることだ。

人間は非力なくせに色々な食べ物を大量に食べなければならず、汚い大便を排泄(はいせつ)する。

そんな者達を養っていくのは面倒この上ない。

 夕方前にマリア達は宿屋に戻った。

マリアは1泊分の2両2分2朱を支払った。

宿帳には「渡世人マリア他20名」と書いた。

女中に案内された部屋は2階で向かい並びの5人部屋が5室だった。

外に出るには階段を降りなければならなかった。

監視できるわけだ。

 マリア達は下駄を道中合羽に包んで部屋に持ち込んだ。

前払いしているので「食い逃げを防止する」という理屈は通じない。

マリア達は部屋の窓を全開し、通りの八百屋と魚屋などを眺め、家の裏手の岩風呂の屋根と露天風呂の様子を眺めた。

露天風呂には誰も入っていないようようで、2階の他の部屋も空のようだった。

客の居ない旅館が存続できるためには別の収入があると言うことだ。

宿屋には急に女中達が増えたようで、建物の端にある炊事場らしい辺りから姦(かしま)しい声が聞こえる。

 娘達の半数は風呂に行った。

部屋に三度笠、道中合羽、手甲、脚絆、足袋、長脇差を残し、袖付き筒服と股引だけで行った。

脱衣所で筒服とも股引を脱ぎ、長めの道中手ぬぐいを持って下帯一つで大浴場に行った。

娘達はもともと裸に対しての羞恥心はなかったが、集団ではもっとなかった。

大浴場でお湯を掛け合ったり、岩風呂の岩に飛び上がったり、露天風呂で潜ったりした。

娘達には、お腹の臍(へそ)はなかったが、乳房にはしっかりと乳首があった。

下半身の恥部はしっかりと下帯で隠されていた。

盗み見しているかもしれない見物人には普通の娘に見えるだろう。

 部屋に残った娘達は丁半博打(ちょうはんばくち)を始めた。

胴元なしの博打だった。

賭け金は1文で一文銭の表が丁で裏が半だった。

丁半揃うと二人の娘がそれぞれサイコロを同時に投げる。

偶数になれば丁で奇数ならば半だ。

8文儲ければこの町で煎餅を買うことができる。

4文ならスルメだ。

部屋からは「丁」、「半」の叫声(きょうせい)が響き、その甲高い声は表の通りにまで聞こえた。

丁半博打は風呂に行っていた娘達が戻ってくると、風呂に行った娘達が替わって続けられた。

夕食(ゆうげ)が出てくるまで続けられた。

 夕食の膳は魚の伊勢焼2匹、沢庵2切れ、ご飯とアサリの味噌汁だった。

伊勢焼というのは多人数の客に焼魚料理を出すため考えられた方法で、多数の魚を一度に茹でてから焼き串で焼き目を付けて焼き魚として出膳する方法だ。

魚の脂が抜けて不味いらしいのだが、娘達は喜んで骨も頭も残さず食べた。

さすがに、娘達がアサリの殻を食べようとした時にはマリアは貝の殻は食べてはならないと注意した。

娘達は味が分からない。

体に入れてしまえば後は完全消化されるだけだ。

 夕食が終わり、行燈(あんどん)に火が灯り、女中が布団を敷き終わると娘達は布団を畳んで場所を作り、丁半博打を始めた。

そして娘達の叫声(きょうせい)は朝まで続いた。

 マリア達は朝食が終わると旅支度をして階下に下りた。

宿の主人は奥から出てきたマリアに言った。

「お出かけですか。」

「ご主人、昨夜は喧(やかま)しかったと察します。申し訳ありやせんでした。あっしら渡世人は博打には目がねえんで。・・・久々に楽しい時を過ごさせていただきやした。お察しかと思いますがあっしらは凶状持ちでございやす。ちょっと派手な殺しをしてしめえましたんで目を付けられております。あっしらの行方(ゆくえ)が分からないとこの島にも目が向く可能性があると考えました。二日の予定でしたが今日、出立しようと思います。」

「そうでしたか。機会がありましたらどうぞこの島にいらっしてください。お待ちしております。お気をつけて。」

 マリア達は桟橋に向かった。

筏船がどうなっているかが気がかりだった。

マリアは筏船が壊されていることを暗に期待していた。

筏船が航行できないほど壊されていたらマリア達は海賊達の企んだ型に嵌(はま)ることになる。

対岸に渡る手段が無くなって途方にくれるわけだ。

まあ実際には空を飛んで帰ることができるのだが、途方に暮れる演技をしてもいい。

 果たして筏船は一部が壊されていた。

艪は無くなっており、見せかけだけの帆柱も切り落とされていた。

筏船の舷側の箱もズタズタに壊されていた。

筏船の周りには多数の足跡が残っていた、

おそらく最初は筏船を運び去ろうとしたのだが重すぎて運ぶことができず、腹立ち紛れに筏の上の船を壊したのだろう。

 マリアは破壊された筏船を見てにっこりした。

「サムタ、予想通りね。これでこの島を征服する口実ができたわ。」

「良かったですね、マリア姉さん。船を破壊した犯罪者を捕まえるためにこの島を制圧するのですね。」

「まあ、それだけではちょっと理由が弱いわね。島を制圧するにはこの町中がグルだという証拠が必要だわ。」

「ワクワクします、マリア姉さん。」

 マリア達は暫く筏の辺りで捜索活動しているふりをし、やがて皆を引き連れて桟橋根元の小屋に向かった。

マリアは小槍を持って警備していた小屋の兵士に言った。

「お役人さん、盗難がありやしたんで報告にめえりやした。」

「盗難だと。何が盗まれたんだ。」

「筏船の艪が4本と舵が1個です。それと船の舷側が壊され日除け小屋も壊され帆柱も切られておりやした。」

 「何だと。この島では盗難よくあるんだが、船はどこにあったんだ。」

「島を廻る街道の横でさ。」

「ああ、お前達は昨日のヤクザもんだな。お前達が乗って来たあの筏船か。」

「左様で。」

「分かった。交代が来たら調べてみよう。だが期待するなよ。この町では盗まれた物は出てきたことがない。」

 「船を買うか借りるかするにはどうすればよろしいんで。」

「船を買うのか。船は高いぞ。船を買うにしても借りるにしてもこの島の網元は慈善屋のオヤジだ。親父がいいと言えば船を買うも借りるもできる。」

「さいですか、さっそく行ってみやしょう。ありがとうございやした。・・・ところで難破した船の方はどうなったんでしょう。」

「うむ、死んでいた。まあ替わりはいくらでも居るから大したことではない。気にするな。」

「ありがとうございます、ご免なすって。」

 マリア達は宿屋「慈善屋」に行った。

暖簾をくぐってマリアはそこに居た中年の女に言った。

「御免なすって。ご主人は居られますか。頼み事が有りまして。」

「おや、さっきのお客さん達。いらっしゃい。・・・親方は島の反対側に出かけただ。お客さん達が出発されたすぐ後だ。」

「左様で。いつ頃お戻りになられるでしょうか。」

「それは分からねえ。長(なげ)え時もあれば短(みじけ)え時もあるだで。」

 「さいですか。その間は宿屋は休業しているのですか。」

「いや、開いてるだ。もっとも客は居ねえがな。親方が居ようが居まいがやることは同じだで。・・・まあ客用の言葉は使(つけ)えねえがな。」

「実はここに来た船が壊されて代わりの船を買おうと思っているんでさ。この宿のご主人が網元さんだそうで。船を買うにはどうすればいいのでしょうか。対岸まで乗せて行ってくれるだけでもいいんですが。」

「そりゃあ難儀なこって。・・・いつもみんなはこの宿に泊まって親方を待つみたいだな。」

 「この宿は高(たけ)えですからな。長期逗留は金が持たねえ。・・・野宿かな。まあ股旅者は野宿は慣れてますんで。食い扶持(ぶち)は盗みでもして稼ぎやしょう。」

「泥棒するんか。」

「この島は盗人(ぬすっと)は捕まらないそうで。それにあっしらは強えですから泥棒じゃあなくて強盗になりますね。21人の美女強盗団。」

「まあ、いけしゃあしゃあと。」

「半分冗談ですよ。ご主人が早くお帰りになれば問題は生じません。それじゃあ御免なすって。」

 マリア達は宿を出て隣の雑貨屋に入った。

中年の男が奥から出てきて言った。

「いらっしゃい。何をお求めで。」

「へい、船の艪(ろ)が盗まれてしまいました。艪を買いたいんでさ。」

「左様ですか。残念ですがここでは艪は売っておりません。」

「ここは島で、艪の需要はあるはずでやんしょ。壊れる事もあるし、流してしまう場合もごぜえます。何でも屋でなぜ売ってないのですかい。」

 「後疑念はもっともですが、この島では対岸に行ける船関係は全て隣のおやじが握っているのです。艪は売ってはおりません。」

「ふーん。船を牛耳(ぎゅうじ)って島を制しているわけですね。」

「そうですな。」

「渡船屋でも作ったら儲かるってわけだ。」

「作れたらですな。」

 「・・・ご主人も海賊かい。」

「えっ。」

「海賊かと言っておりやす。」

「参りましたね。・・・昔は海賊でした。」

「今は海賊家業をやめて、海賊の獲物を安く買って高く売るわけですな。言ってみれば故買屋兼業の雑貨屋ですな。」

「そう言う所です。」

「この島は全体が海賊の住処(すみか)ってわけだな。獣(けもの)みたい集団だから別の『棲家(すみか)』って方がいいですな。」

 「えらい自信ですな。お客さん達はどうもお強いようですね。しかも徒党が組めて統率が取れているご様子で。お客さん達ならこの島で生き残ることは容易だと思いますよ。」

「ご主人はなかなか賢いみたいですね。海賊業に生き残って店を開くってのは馬鹿な犬猫ではできねえ。・・・と言うことは向かいの魚屋と八百屋も昔は海賊だったんですね。」

「そういうことです。昔の仲間ですよ。」

「海賊の頭目が慈善屋の主人と言うわけですな。」

「そうですな。」

 「分かった。いろいろ教えてくれてありがとう。いずれこの島で生き残ることにしよう。隠れ住むにはいい場所だ。」

「おや、言葉が急に変わりましたね。それがお客さん達の正体ですか。」

「そう言うことだ。・・・あんたは殺さないかもしれない。・・・邪魔をしたな。」

マリアはそう言って雑貨屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る