第12話 12、海賊の町 

<< 12、海賊の町 >> 

 マリアは長い桟橋の先端に筏船を着け、見張りを一人残して上陸した。

筏船は桟橋を離れてから投錨した。

桟橋の根元には小屋が立っており、二人の兵士が小槍を持ってマリア達を見ていた。

マリアは兵士達の前で歩みを止めて言った。

 「お役目ご苦労様でございます。あっしらは旅の渡世人で、宿を探している者(もん)です。島の反対側でここには宿屋があるとお聞きしました。宿の場所を教えていただけやせんか。」

「股旅もんか。このまま真っ直ぐ進めばいい。街道を突っ切って進みゃあ左側に宿屋がある。雑貨屋の隣だ。だが、宿賃は高えぞ。金はあるのか。」

「ありがとうごぜえます。金は十分にありますんで問題はごぜえません。」

 「そうか。娘渡世人か。親父は喜ぶだろうな。・・・ところでお前達が乗って来たありゃあ何だ。見たこともねえ。」

「浜に落ちていたものを拾った物で、何と言う物か分かりやせん。筏の上に方舟が乗ってんでさ。筏船とでも言うんでしょうかね。・・・おっと、忘れる所でした。この入江の入り口で小舟2艘と衝突しました。小舟は壊れ、乗っていた方達は木片にしがみついておられます。救助に行かれた方がよろしいと思われます。」

 「なんだと。助けてやらなかったのか。」

「へい、あっしらは渡世人です。木枯らし紋次郎。It's not our business. あっしらに関わり合いねえことでごぜえます。」

「何を言ってやがる。薄情な渡世人だな。」

「へい、薄情そうな潮来(いたこ)の伊太郎でございます。」

「何言ってるのか分からん。いいからもう行け。助けに行かねばならん。くそーっ。」

「へい、それではごめんなすって。」

 マリア達は街道を横切って宿に向かった。

「マリア姉さん、木枯らし紋次郎さんと潮来の伊太郎さんってお知り合いですか。渡世人ですか。」

サムタが言った。

「ふふっ、知り合いではないわ。昔いた星の渡世人。映画にも歌にもなったのよ。」

「立派な渡世人だったのですね。」

「そうね。どちらも薄情者だったらしいわよ。」

 宿屋は大きなものだった。

軒の上の看板には「慈善屋」と大書されていた。

この島には団体で観光に来るも物好きもいたのだろう。

そしてその者達は船を奪われて奴隷になったり殺されたりしたのだろう。

娘達は今後の展開に興味津々(きょうみしんしん)だった。

 「御免なすって。」

マリアはそう言って娘達と共に宿屋の暖簾(のれん)を分けて娘達20人と一緒に店内に入った。

20人が入っても玄関の土間にはまだ余裕があった。

「いらっしゃいませ。」と言いながら恰幅のいい壮年風の男が奥から出て来た。

「大人数様ですね。お泊まりですか。」

「そのつもりだ。居心地が良ければ長居をするかもしれない。」

「当店は居心地満点と自負しております。皆さんはお美しい娘さん達の様ですが股旅姿でございます。いろいろご事情はお有りでしょうが、どうぞ安心して逗留なさって下さい。この島は火山島でどこでも温泉が楽しめます。この宿にも大浴場も岩風呂も露天風呂もございます。天然の温泉です。皆さんがご一緒に入ることができる広さです。」

 「桟橋でこの宿屋を聞いた。宿代は高いとも聞いた。我らも限られた金しか持っていない。宿代は如何程(いかほど)でしょうか。持ち金が足りなくなる様だったら対岸に行こうと思います。」

「左様でございますか。この島は海産物と野菜と米は作っておりますが、日常の必需品は対岸から運ばなければなりません。そのため幾分お高めになっているのでございます。」

「如何程かと聞いておりやす。」

「はい、通常はお一人一泊で1分(およそ25000円)を頂いておるのですが、団体様ですから半額のお一人一泊で2朱(およそ12500円)に勉強させていただきます。」

「21人で42朱か。1泊が2両2分2朱ですね。二日で5両1分か。飯は付くので。」

「もちろんでございます。」

 「いいでしょう。とりあえず2泊することにしやしょう。・・・乗ってきた船は桟橋の先に泊めてあります。指定の場所はあるんでしょうか。」

「ここは島で、船の出入りは頻繁にございます。桟橋の横に伸びている砂浜にでも陸揚げしておけばいいかと思います。」

「そうですか。そうしやしょう。まだ日が高うございますから町の見物を兼ねて筏を陸揚げして置きやしょう。そちらの準備もおありでしょう。ここには夕方戻ってめえります。」

「お待ちしております。」

 マリア達は宿屋を出て通りの町並みを見物しながら、隊列を崩してそぞろ歩いた。

宿屋の隣には大きな雑貨屋があった。

雑貨屋には包丁、釣り針、糸、鋏(はさみ)、草履(ぞうり)などの生活に必要な物が並んでいたり、刀、槍、鎧などの大物も少し埃(ほこり)がかかって壁に架けられていた。

店先に出ている以外の物も何でもありそうな雰囲気だった。

襲撃の戦利品もあるのかもしれない。

 戦場や侵略先で兵士が価値ある物を奪うことは統率が取れていない部隊ではよくあることだ。

人や民家を襲って金目の物を奪う。

住民にとってはそんな軍隊が一番恐ろしい。

奪った物は売らなければ金にならない。

 この島の海賊は掠奪品をこの店に売り、店は多種少数の商品を別の海賊に売るのであろう。

売る海賊、買う海賊、そして売り場を提供して利鞘を得る海賊商人。

だれも損をしない。

この島の海賊組織は略奪品をまとめて管理するのではなく、掠奪品の個人所有を認めているのかもしれない。

 宿屋の向かいには店頭に野菜を並べた八百屋があった。

道の南側にあるから生鮮品の店頭販売には便利だ。

その店は野菜の他に米も麦も粉も売っているようだった。

人間、野菜や米を食べなければ生きては行けない。

荒くれ海賊も日々の食事は必須だ。

 野菜には日持ちがしない物があるから、野菜はこの島で作られなければならない。

この島のどこかで野菜畑があるということだ。

そこでは誰かが働いているわけだが働いているのは奴隷かもしれない。

島の反対側の水田では『特別小作人』が働かされていたから畑で野菜を作るのも奴隷の特別小作人かもしれなかった。

 その八百屋には女の買い物客がいた。

マリアは女の買い物客を見て少し驚いた。

この島で初めて女の姿を見たからだった。

この島の男の海賊には配偶者がいると言うことだ。

その女がこの島の者なのか掠奪された者なのかは分からなかった。

野菜栽培の『特別小作人』を見れば判るだろう。

桃太郎が退治した鬼ヶ島の鬼どもにも日々の生活があったはずであり、日々の生活には女が必要だ。

 八百屋の隣には魚屋があった。

新鮮な魚が店頭に並んでいたが数は少なかった。

店の奥には日持ちのする干物が積み上がっていた。

海賊がどこかを襲うときには携行食料が必要だ。

マリアの黒の軍団の兵士も米を携帯している。

 マリア達は魚屋に入っていった。

娘達は店頭に並んでいた色々な魚を見て感動していた。

黒の軍団の兵士は通常は米を食べ、魚は食べないのだ。

店の奥から日焼けした男が出てきて言った。

 「いらっしゃい。何かお求めで。」

「うむ。旅の保存食になるものを買っておこうと思っている。何がいいかな。」

「左様ですか。スルメなんてどうでしょうか。」

「スルメか。日持ちするな。この島で作ったのか。」

「この店の海産物は全てこの島で採れた物でさ。」

 「ふーん。だがスルメ作りにはワタ抜きや皮むきなんて人手が要るだろう。数もそんなに売れる物でもないし。いくらなんだ。」

「1枚4文(100円)です。」

「安いな。仕入れを買い叩いているようだな。」

「この島は働き手が多いですから安く仕入れることができます。米、野菜、魚。この島で取れるものはみんな安いんですよ。みんな仲間ですから。」

 「ふーん。そんなに物価が安いんならここに住んでもいいかな。誰にことわれればいいんですかい。村長さんですかい。」

「この島には村長なんていねえ。この町を取り仕切っておられるのは向かいの慈善屋の親方だ。島全体を牛耳ってる。」

「さいですか。頼んでもいいかな。」

 「おめえさん達は娘ばっかりのようだが、強いのか。この島では強くなければいい生活はできねえぞ。」

「それはそれはご親切に。あっしらは大抵の男には負けねえだけの腕を持っていると自惚(うぬぼ)れておりやす。」

「そうかい。まあ、そんな派手な衣装を着ているんだからそうかもな。」

 「色々と教えていただきありがとうございやす。スルメ21枚をお願いします。それと、煎餅(せんべい)はありますか。」

「煎餅は対岸からの取り寄せですからお高うございます。」

「そうだろうな。いくらだ。」

「スルメの倍の1枚8文でございます。」

「21枚で168文か。スルメと合わせると252文。どうだ、店主。スルメ21枚と煎餅21枚で1朱の250文でどうだ。2文まけてくれ。」

「よろしゅうございます。オマケいたしましょう。」

 娘達は魚屋を出て煎餅を齧(かじ)りながら桟橋の方に向かった。

マリアはこの島の統治体制を考えた。

島のボスは宿屋の主人で、海賊は家庭(らしいもの)を持っている。

それは海賊達が独立採算制を採っている蓋然性が高いことを意味する。

海賊達は独自でグループを組んで対岸の村や船を襲撃して物品や人間の獲物を持ってくる。

海賊達は獲物を村で売って村の生活の金を得る。

奴隷を持つ海賊は農産物や水産物を作って村で売って生活の金を得る。

 海賊商人は部下の海賊が殺されようと捕らえられようと自身はびくともしない。

悪いのは海賊であり、自分は善意の第3者だから罪は問えない。

海賊の数が少なくなれば新しい海賊を作ればいい。

要するに金で海賊を支配するのだ。

もちろん自身の身を守るためには手勢がいるのだろうが、手勢は金で雇えばいい。

 ボスである宿の主人は海賊の指揮などせずに、商売の利益で生活をする。

おそらく各入江の村の土地もその地で働く海賊に貸しているのだろう。

島の各入江には脱出できる船はなく、奴隷らしい『特別小作人』が働かされていた。

対岸にまで行ける船はこの入江にしかなく、この町を支配すれば中ノ島全体を支配できる。

この島の生産者は奴隷の特別小作人でそれを監督するのは海賊だ。

海賊はそれなりにいい生活を送ることができるのだろう。

 問題は特別小作人をどのように作り出すかだ。

脅しだけで奴隷にするのでは反乱が起こる可能性がある。

それなりの型に嵌(は)めて合法的に特別小作人を作らなければならないだろう。

それには島である特徴を利用するのが有効だ。

 マリアは次に起こることを予想した。

最初はこの島を出ることができる筏船が盗まれるのだろう。

他の船を求めても法外な金額を提示されて買えない。

船を雇おうとしても拒否される。

宿代も期限の2日が過ぎれば通常通りの宿代になり、資金は数日か数週で尽きることになる。

マリア達は働かなくてはならなくなり、特別小作人になったり、下働きをしたりしなければならない。

その間も高額な宿代が重なり、借金を重ね、身動きできない事になる。

マリア達は若い娘だから独り者海賊の愛玩動物か性奴隷として身売りされるかもしれない。

あの海賊組織の親玉の店主なら娘達のための娼婦館を建てるかもしれない。

そうなら何ともうまい方法だ。・・・失望するだろうが。

 マリアはそんな予想を娘達に話した。

娘達は大喜びした。

娘達はセックスなんてしたことがなかったからだ。

300㎏の小柄な娘に乗られたらなかなか動けないだろう。

柔肌はあっても臍(へそ)もないし下半身にあるべき構造もない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る