第11話 11、海賊の島 

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 マリアは海賊の根城を見たいと思った。

海賊の名は黒龍党と言い、根城は湖の中央にある中ノ島にあるが、詳しくは誰も知らない。

中ノ島に上陸した者は帰って来なかったからだ。

マリアは1小隊20人を連れて中ノ島に向かった。

常連の娘達はマリシナ国の維持に必要だったので連れて行かなかった。

 マリア達は股旅姿で、筏船1艘で向かった。

真新しい紺色の股引(ももひき)と黒の脚絆(きゃはん)に足袋(たび)、裏に鉄板を貼った大きめの下駄(げた)、長めの袖付き筒服と手甲(てっこう)、幅広帯と長脇差(ながわきざし)、道中合羽(どうちゅうかっぱ)と幅広の三度笠(さんどがさ)という出立(いでた)ちだった。

三度笠を含め、それらの衣服には諸所に防刃繊維が使われていた。

 筏船は長さ10m幅5mの矩形で50㎝角の10mの角材が10本並んで筏を構成している。

角材は乾燥した杉(比重0.4以下)で、筏は15トンの物を積むことができた。

筏の周囲は波や障害を乗り越えるように45度の角度で斜めに切られており、先端は鉄で補強されていた。

相手船の舷側を打ち壊す衝角の意味もあった。

 筏の上の板船は物入れになっている木の小箱が舷側を構成しており、後部に4本の艪(ろ)が付いていた。

以前の筏船とは違って、逆櫓も着いていたし、跳ね上げ式の舵(かじ)も付いていた。

そして日差しや雨露をしのげるような藁葺(わらぶ)きの小屋と見せかけだけの小さな三角帆が付いていた。

少し軍事用に改良されていたのだ。

筏船の実際の動力は4本の櫓でもなく三角帆でもなく、娘達の空を飛ぶ力であった。

人が見ていない時には筏船はモーターボートのように先端を波に乗り上げて水上スキーのように進む。

 中ノ島は大きな島だった。

マリアは湖全体が巨大なカルデラ湖で中ノ島は中央噴火口であると思った。

広さは石倉国程度で中央に高い山があり、山の周囲は森林で覆われている。

島の周囲は岸壁が多く、船が近づけるいくつかの入江には砂浜と僅かな平地が奥まで続き、きちんと整地された水田になっていた。

それは人間が住んでおり、きちんと管理しているということを意味した。

確固とした目的もなく上陸しにくいということを意味した。

 マリア達は最も近くの入江に艪こぎでゆっくり入って行った。

砂浜に別の船はなかった。

砂浜はほんの1㎞ほどの長さで、少し盛り上がった程度の丘の向こう側には田畑が山際まで続いていた。

 筏船に一人を残してマリア達は上陸し、砂浜の段丘を登って丘に達した。

湖からは見えなかったが、小道が海岸沿いに通っており左右の山の中に消えていた。

小道には奥の方に向かうしっかり固まった道が交差しており、道の先には8軒の農家が纏(まと)まって建っていた。

農家の近くには人影が見え、山際の畑地には10人ほどの集団が働いていた。

 マリア達はまっすぐ農家に向かった。

マリア達の派手な衣装はすぐに発見され、農家前にいた人間は家に消え、3人の男が並んでマリア達を待っていた。

マリア達が男達の前に来ると男の一人が言った。

「お前さん達、何もんだ。何か用か。」

 マリアが応えた。

「はい、見た通りの渡世人でごぜえます。水を飲んで飯を食って寝ようと思(おめ)えます。金は十分にあります。この島に夜露をしのげる宿屋は有りますでしょうか。」

「凶状持ちの急ぎ旅か。この島に宿屋は一つあるにはあるが島の反対側だ。おめえ達は強(つえ)えのか。」

 「我らは女ですが、強いだろうとおめえます。何人も叩き殺しておりやすから。」

「女渡世人か。すげえな。ここの御領主様も興味を持つかもしんねえ。」

宿がある島の反対側ってのはどう行けばよろしいのでしょう。」

「海辺沿いの道を行けばいい。どっちに行っても同じだ。いくつか小山を越えなければならんが道は島を廻るそれ一本だ。いくつか入江を通るが道なりに進めばいい。大きく引っ込んだ入江に多数の船が泊まっているのが宿のある村だ。町くらいかな。だが急足(いそぎあし)でも二日はかかる。」

 「馬はねえんで。」

「ねえことはねえが、貸せねえ。ワシらに必要なもんだ。それに20頭なんてねえ。」

「分かりやした。母からもらった足でめえります。」

「水は山の街道に沢があるからいいが、飯は持っているのか。」

「湖に出る前に茶店で弁当を作ってもれえました。塩を振ってありますから二日は保(も)つとおめえます。船には干飯(ほしい)もありましたから。」

 「ここからは見えねえが船で来たのか。」

「ありゃあ筏船(いかだぶね)って言うんでしょうかね。筏の上にタライ船が乗ってんでさ。湖畔沿いの小道で拾いましたんで。もうあっしらの物でさあ。」

「そりゃあ盗みって言うんだ。盗みはいかんよ。盗みは。」

「さいですかあ。でもこれ以上何をしても罰は同じですから。人間、二度死ぬことはありやせん。お天道様は死ぬ回数は平等になされてごぜえます。」

 「ちげえねえ。・・・握り飯を恵んでやろうか。特別小作人の昼飯用だ。あいつらは昼飯を抜いても文句は言わねえ。」

「ありがてえお申し出で。でも不味(まず)いんじゃあないんですか。あっしらは舌が肥えてますんで。」

「贅沢な娘だな。どうだ、少し休んでいかんか。」

 「ありがとうごぜえます。でもあっしらは早く宿で眠りてえんで。・・・ここから見て右も左も距離は同じですか。」

「うむ。右の道は距離が近いが入江は少ない。左の道は距離が遠いが人がいる入江が多い。まあその分、登り下りは多いがな。」

「分かりやした。いろいろありがとうございました。左にめえります。・・・御免なすって。」

マリア達は左の道に進むことをせず、筏船に戻り、入江を出て、左の道の方に進路を取った。

道の様子を知るなら宿のある村から今の入江まで歩いても同じだと思ったからだ。

知らない土地で別行動を取るのは良くない。

 筏船が入江を出るとマリアが言った。

「『休んでいかんか』だって。ナンパされてしまったわね。ふふっ。それに握り飯を恵んでくれるんですって。親切ね。」

「マリア姉さん、『特別小作人』って何ですか。」

「おそらく奴隷のことよ。おそらくこの島に上陸して捕まった男達や沿岸で拉致してきた男達ね。釣り人かもしれない。船も襲うって言ってたから旅人か船頭かもしれないわね。」

「要するに死ぬまで働かされる人ですね。」

 「そうよ。あの入江には小舟がなかったでしょ。普通、人が住んでいる入江には船があるものよ。奴隷が船で逃げ出すのを極度に恐れている証拠ね。この島の海賊のことが外に漏れるから。」

「それじゃあ、船のある入江ってのは海賊達だけが住んでいて奴隷は居ないんでしょうか。」

「そうかもね。あるいは警戒を厳重にしているのかもしれない。入江の出口を船で守ることは簡単でしょ。」

「そうですね。泳ぐには広すぎるし冷たすぎる。たとえ板に掴(つか)まって泳いでも無理ですね。」

「とにかく、この島にはたくさんの奴隷が居るようね。おそらく大部分は海賊に捕らえられた人たちね。」

 「マリア姉さん、海賊って便利ですね。知らない土地で強盗しても海に出れば捕まらない。船を襲えば奴隷も船もお金が得られて証拠はない。そのくせ普通の人のふりをして街に行って欲しいものを買う。こんな便利な商売はありません。」

「そう思うわ。沿岸の国も被害が少ないから退治しようとは思わないのね。それに一国がこの島を攻めたら、その間に周りの国から攻め込まれるからできないわけ。」

「マリア姉さんはこの島をどうするおつもりですか。」

 「ふふっ、マリシナ国にするつもりよ、サムタ。この島は傭兵の国には最適よ。何処からも攻められないし、何処にでも行くことができる。本当は何処かの国からこの島の海賊を退治するような要請を受けてから攻めるんでしょうが、それではこの島の3分の1しか取れないでしょ。それではまずいの。この島はマリシナ国だけの物にするつもり。」

「また少し仲間が増えますね。」

「耕作地は少ないようだからそれほどは増えないわ。」

「でもこの島の中を自由に動くことができるのですね。ワクワクします。」

「立派な杉の木もあるようだから筏船もたくさん造ることができそうね。」

 マリア達の筏船は入江が深く陸地に食い込んだ入江に着いた。

入江は高い岩壁で囲まれた大きな入江で外海からは見えない一番奥まった場所に桟橋があり、大小の船が多数停泊していた。

桟橋の向こうには多数の家屋が建っており、町を形成していた。

いくつかの家屋からは炊事の煙が立ち昇っていた。

「ここが海賊の町ね。」

マリアが呟(つぶや)いた。

 筏船が入江に入っていくと入江の入り口の内側から短弓を構えた兵士数人が乗った小舟が入り口を塞ぐように後ろから近づき誰何した。

「おーい、止まれ。そこの変な船。」

マリアは三度笠を幾分下げて応えた。

「あっしらのことでございますか。あっしらは弓を構えられて話はしたくございやせん。弓を下げないと怪我しますぜ。」

 「何だとお、貴様ら。死にてえのか。」

「話が分からないみたいですね。・・・全速前進。」

4人の娘達は必死に艪を漕いだ。

艪は水を押し、水が無くなった場所に水が流れ込み、飛沫(しぶき)が撥ねた。

 もともと艪は静かに漕ぐものだ。

艪の断面は翼の様になっており層流の原理で揚力が生じる。

飛行機のように軽い力で推進力が得られるのだ。

乱流が生じたら揚力は生じない。

 とは言え、乱流が生じる様な力強い漕ぎ方をすれば、もちろんその方が船は早く進む。

筏船は加速し、あっという間に小舟から距離ができた。

マリアは舵を切って筏船を小舟に向けた。

娘達は筏船の舷側を重力加速度で押した。

 筏船は白波を立てて小舟に接近し、衝突した。

筏は縦10m、横5m、厚さ50㎝だ。

乾燥比重を0.4とすれば10トンの質量になる。

しかも鉄で装甲された衝角が着いている。

筏が当たった小舟は破壊され筏の下に潜り込んだ。

もう一艘の小舟も同様に海の藻屑となった。

小舟の男達は衝突前に短弓を射たのだが娘達の三度笠は矢を通さなかった。

 男達は辺りに散乱した木片に必死にしがみついていた。

簡易ではあるが甲冑を着ていたのでそのままでは沈んでしまうからだった。

マリアは筏を止めて周りに浮かぶ男達に言った。

「お怪我はなされませんでしたか。もう弓がねえから話ができますんで。・・・で、何でしょう。」

「きさまー。」

「まだお元気のようで良かったですな。さっきは『とまれ』っておっしゃったと思いますが。見た通り止まってますぜ。」

「おめえらは何だ。」

 「あっしらは急ぎ旅の渡世人の股旅者でさ。ここに宿があるって聞きましたんで、暫く逗留しようと参(めえ)りました。金は十分あるんで宿代は払(はれ)えます。あっしらは立派なお客でっせ。・・・で、あんたらはだれだい。弓で脅すなんて海賊か。答えろ。答えなければ溺れ犬にしてやる。」

「・・・海賊じゃあねえ。本当だ。海賊の襲撃を警戒していただけだ。」

「そうかい。誤解だったかな。こ汚(きた)ねえもんを着ているんで、てっきり海賊と思(おめ)えました。ほんとに海賊じゃあねえんだな。」

「海賊じゃあねえ。」

「陸の盗賊でもねえんだな。」

「盗賊でもねえ。」

 「まあ、一応、信用することにしやしょう。・・・寒いだろうがもう少しここに浮いといてくだせえ。町に着いたら知らせてやりやしょう。そんじゃあ、お達者で。・・・桟橋(さんばし)に向かえ。」

「待て。行くな。助けてくれ。」

「おめえさん達は弓を射てあっしらを殺そうとしたんですぜ。人を殺そうとしたら殺されても文句はねえはずだ。あまったれるんじゃあねえ。・・・桟橋に行け。」

筏船はゆっくりと入江の奥の桟橋に向かった。

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