第10話 10、マリシナ国 

<< 10、マリシナ国 >> 

 マリアの国づくりは馬の売却から始めた。

マリア達は223頭の馬を所有していた。

隠れ村に野盗の馬が10頭、鍋田城下町の屋敷に213頭の軍馬がいた。

馬の世話は手間がかかるし、農耕馬ではなかったし、300㎏の娘達が乗れる馬などいなかった。

 マリア達は派手な股旅姿で数頭の馬と飼葉(かいば)を乗せた荷車を引いて、石倉城下で売り、旧鍋田の城下町で売り、大石国の城下町で売った。

世情は不安定らしく、軍馬は高値で売ることができた。

 次にマリアは湖畔の小道沿いに同じ形の農家を建てた。

資金は十分にあったので、鍋田城下の大工を総動員させて建てさせた。

大工の棟梁は石倉国や大石国から多量の木材を調達したようだった。

 5軒が集まって一つの集落を作り、十分な距離をおいて14集落ができた。

建設の期間、1300人の軍団は隠れ村で眠っていた。

農家集落ができると中隊ごとに5軒の農家に入った。

各農家には大きな物置納屋が付いていた。

武具と兵士を保存するための納屋だった。

 次にマリアは国境線を決めた。

鍋田城下町で最も湖に近い家を起点とし、湖畔に沿って等距離になるように国境線を引いた。

国境線上に当たる雑木林は伐採し、国境線らしい更地にした。

大木は残し、雑木や下草は除去した。

 それらの土木作業は兵士が行った。

空中を浮遊でき、思い体重を持ち、強い力を持っている兵士にとっては容易な作業だった。

人間ではできないことも容易にできる。

立木に綱をかけて数十人で引けば立木は根こそぎ引き抜かれる。

あとは鋸(のこぎり)で切断すればよかった。

残念であったことは、湖側では筏船を造るための杉林がなかったことだった。

 国境線が定まると、その後の広範大規模工事は行われなかった。

少しずつ、1箇所ずつ耕作地を完成させていった。

石倉・鍋田の国境を流れていた小川の水を引くために灌漑路を作り、灌漑路の湖側に水田を作った。

国内にはいくつかの小川があり、湖にながれていた。

米が備蓄できれば活動できる兵士の数は増える。

鍋田城から奪った多量の兵糧米は新築した物置納屋に既に保管してあった。

1300人の娘が数年食べることができる量だった。

 1年が経った。

領土の半分ほどが水田になっていた。

まだ作物は植っていないが来年には米が採れるはずだった。

14集落にはそれぞれに大きな土蔵が建った。

鍋田城から奪った金貨や具足や貴重品を保管するためだった。

それらを移し終えると鍋田城の近くに接収していた屋敷は全て石倉国に寄贈した。

 筏船は10隻になった。

隠れ村で作っていた筏船が十分に乾燥したので使えるようになったのだ。

筏船は湖畔の小道より内側に艇庫を建てて保管した。

筏船は十数トンと重いので例え常人100人が持ち上げて湖面まで運ぶことはできない。

海賊から奪った小舟も艇庫に保管された。

 隠れ村には新たに娘達1300人が宇宙船から送り込まれた。

娘達は宇宙船で数学、物理、化学、音楽、絵画、惑星の現時点での社会構造などの一般教養教育の他に戦闘訓練を受け、隠れ村周囲の言葉を話すことができた。

そして出撃を待って物置小屋の中で眠っていた。

 兵士ヨシノが暮らす集落には便所があった。

便所どころか、農家の一つからは時々煙が立ち昇っていた。

捕虜の海賊が捕らわれているためだった。

 ヨシノは吉と呼ばれる海賊の若者を大切に管理していた。

毎日の食事を作ってやり、自慢げに一緒に散歩し、作業には参加させた。

吉のために布団を調達し、座敷牢に敷いてやった。

吉も若い娘との毎日の生活をそれほど悪いものでないと思ったようで、ヨシノとの会話には二人の笑いが見られた。

 1年間で海賊の襲撃が2回あった。

最初は前と同じように2艘の小船に分乗した10人の男達で、深夜、5軒の農家に襲い込んだ。

物音もしなかった農家の戸を蹴破り、龕灯(がんどう)を片手に持って中に飛び込んだ。

龕灯の薄灯に照らされた屋内の囲炉裏のある板間に20人の娘達が布団もなく横たわっており、全員が顔を横に向け侵入者の方を見つめていた。

 「なんだ、こりゃあ。」

海賊は驚いて呟(つぶや)いてから大声で言った。

「てめえら、命がおしかったら動くな。」

娘達は脅し文句を無視して立ち上がり、戸口に近い二人の娘は跳んで入口を塞いだ。

海賊は龕灯を前の娘達に投げつけ長巻を構えた。

戸口の娘二人は跳び、海賊達の背中に前蹴りを見舞ってから地に降りた。

300㎏の蹴りで海賊は前に飛ばされもせず、背をくの字に曲げてその場に崩れ落ちた。

既に息はしていなかった。

翌朝、10人の海賊は解体され畑の肥やしになるように数少ない畑に埋められた。

小船2艘と武具が戦利品だった。

 2回目の襲撃は日暮近くに行われた。

4隻の少し大きめの船に32人が乗り、砂浜に乗り上げると同時に小道の先にある5軒の農家に突撃した。

明らかに仕返しのために夕食の支度をする時刻に襲撃してきたのだ。

刀を腰に挿し、短弓を構えながら突撃してきた。

この村には若い女だけしかいないと知っていたような無謀な突撃だった。

あらかじめ偵察していたのだろう。

湖畔の小道はほとんど人が通らなかったが、全くないと言うわけではなかった。

 雄叫びを発しながら突撃してくる海賊に、娘達はすぐに気付き、「きゃー。」、「あれー。」、「たすけてー。」、「かみさまー。」、「どろぼー」、「ひとごろしー。」、「しぬー。」などと、それぞれ思いついた悲鳴を大声で叫びながら楽しそうに田んぼの畦道に逃げた。

海賊は娘達を追ったが娘達の足は早く、追いつきそうで、なかなか追いつけなかった。

まるで飛ぶように走っているのだ。

 海賊達は追うのを諦(あきら)め、家財を奪って家に火を付けることにした。

一人も殺せなかったが、なんとか仕返しにはなる。

海賊達が農家に戻るとそこには等身大の分厚い盾を持ち、盾の横から十字弓を構えた80人の娘達が20列4段に整列して待ち構えていた。

 海賊達は焦(あせ)った。

相手は大きな盾に隠れて弓を構えている。

自分たちは盾もなく弦(つる)引いてない短弓しか持っていない。

短弓は素早く連射できるが両手を使わなければならないのだ。

十字弓は連射はできないが片手で撃つことができる。

 それでも海賊の4人が弦を引こうとしたが、すぐに8本の矢が首に刺さり、声も出さずに倒れた。

だれかの「やれっ」という声で12人の首に矢が刺さり、再び「やれっ」の声で16人の首に20本の矢が刺さった。

まだ明るかったので逃げ出した20人の娘達は32人の海賊を解体し、以前海賊を埋めた畑とは別の畑の下に埋めた。

湖畔の4隻の小舟は物置納屋の陰に小道から見えないように置いた。

そしていつも通りの静かな村になったのだった。

 そんな騒動が遠因で娘達の国の名前も決まった。

襲った海賊が畑の肥やしになった頃、マリアがヨシカに言ったのが原因だった。

「とうとう海賊に目をつけられてしまったわね。」

「そう思います、マリア姉さん。・・・ところで、海賊達は何て言って私たちの話をするんでしょう。『元の鍋田国で今は石倉国の湖畔の村』とでも言うのでしょうか。」

 「そうねえ。そろそろ国の名前を決めてもいいわね。何にしようかしら。」

「マリア国じゃあだめなんですか。」

「うーん、ちょっとね。」

「『軍事国家石鍋』ってどうですか。石倉と鍋田だから石鍋。」

「石鍋じゃあね。でも軍事国家ってのはいいわね。」

「んーっ。じゃあズバリ『傭兵国』じゃあどうですか。」

「それもズバリすぎね。」

「じゃあ『機械人間国』もだめですね。」

「そうねえ。意味が分からない名前がいいわね。・・・ヨシカが知らない言葉なんだけど、傭兵ってメルセナリっていうの。報酬目当てって意味ね。機械人間ってのはマシナリって言うの。機械的なもの全体よ。両方合わせるとマリシナリになるわ。この国の言葉にしたら『摩利支奈里』ってなるかしら。『摩利』は摩利支天の摩利で武士の守護神、『支』は支(ささ)える、支(つか)える、助けるという意味ね。『奈』は優雅で豊かな美しさを持つ娘、『里』は小川のある里、全部合わせると『護身と勝利を助ける美しい娘達の里』ってことになるかな。」

 「それとマリア姉さんの国の『マリ』ですね。」

「『摩利支奈里国』じゃあ長いかしら。これからは国になるのだから『里』を外して『摩利支奈国』がいいかな。マリシナ。・・・語呂もいいわね。」

「マリシナ国。・・・素敵な名前だと思います。女の子の名前みたい。・・・だいたい、国の名前には2種類あると思います。『国』を付けなくてもいい国と『国』を付けなくてはならない国です。マリシナは『国』をつけなくてもいい国です。」

 「そうだったわね。昔、私がいた国の近くにそんな国があったわ。『大韓民』って国だったかしら。国が付かなければ格好が悪かった。・・・『中華人民共和』とか『アメリカ合衆』って国もあった。・・・私はマリシナのマリアね。」

「私はマリシナのヨシカです。・・・ゾクゾクします。」

そんなわけで娘達の国はマリシナになった。

 マリシナは基本的には鎖国だった。

外部と交易をしない。

物は買うが物は売らなかった。

国内で米を作り、その一部を備蓄し、残った米の量で活動する人数が決まった。

お金は十分にあったので欲しい物は周りの国から買うことができた。

周りの国から買えない必要な物は宇宙船から得ることができた。

もちろんお金も作ることができた。

 マリアは時を待っていたのだ。

周囲の生活に調和し、周囲より少しだけ強い軍事力を持ち、周囲の国が発展していくのをじっと待っている。

この星の人間が宇宙に飛び出すことができるようになるまでじっと待っているのだ。

周囲の国が向上すればマリア達の生活も向上する。

周囲と共に発展すれば治世のストレスもない。

機械人間と生体人間の争いも生じない。

 やがて人間の頭脳と機械の体を結びつける技術が開発されるかもしれない。

不死を望む者は機械の体を選び、本能を尊(たっと)ぶ者は死ぬことを選ぶだろう。

どんな事になるのか全く分からない。

それは壮大なマリアの実験だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る