第9話 9、湖の海賊 

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 やがて白金の湖面に2筋の黒い筋が近づいて来た。

それは5人の男が乗った2艘(そう)の小舟だった。

船の舳先(へさき)に灯りも点けず、星あかりを頼りに湖畔にまっすぐ近づいて来た。

「若者かどうかは分からないけど、おそらく海賊ね。イクミ、皆を隠れさせなさい。見つかったら捕らえなさい。見つからなかったら男達の目的を確かめます。船は湖に出しておきなさい。」

「了解、マリア姉さん。ワクワクします。歌の逆ですね。」

 船は湖岸の砂浜に乗り上げ、男達が下りて船を岸に引き上げた。

男達は抜き身の長巻を持ち、短弓を肩に下げていた。

男達は無言で湖畔の小道を進み、山に向かう道に入り、竹矢来の前で止まった。

男達は星闇を透かし、多数の死体が横たわっている側に進み、足元の死体の周辺を調べた。

 「なんだ、槍の一つもねえじゃあねえか。小刀もねえし胴巻もなくなってる。具足も安物ばかりだ。」

「誰か先に盗んでしまったんですかね、小頭。」

「くそう。無駄足だったか。もうちょっと探すぞ。」

 男達は多数の馬の死骸を見つけた。

「馬だらけじゃあねえか。もってえねえ。鞍も残ってねえ。くそー。」

「馬肉だけでも持ってけえりましょうか、小頭。」

「ふーむ。やめた方がええな。見てみー。馬には傷がほとんどねえ。これは毒矢を使ったからだ。毒は馬の全身に回っている。附子毒(ぶしどく)なら焼けばなんとか食えるがどんな毒か分からん。食う気は起こらねえ。」

「それにしてもなんちゅう盗賊だ。盗賊仁義を知らねえ。根こそぎだ。」

 マリアとヨシカは夜空に浮かんでそんな話を聞いていた。

海賊達は街道まで死体を調べてから湖に向かう道を通って湖畔の細道に戻って来た。

海賊達は砂浜に引き揚げておいた2艘(そう)の小舟が無くなっており、50m程の沖合に浮かんでいるのを発見した。

 「はーっ、沖に流れてるんじゃ〜ねえか。なんちゅう日だ。天中殺か。おい吉。おめえ泳いで行って船を持って来な。」

「えーっ、小頭。今日は寒いですぜ。」

「しゃあねえだろう。帰ったら酒を飲ませてやる。」

 海賊の吉は具足を脱いで下帯一つになって冷たい湖に入って行った。

海賊の吉が小舟に近づくと2艘の小舟は少し横に流れた。

吉はそれを必死に追いかけたが、なかなか追いつくことができなかった。

小舟はとうとうずっと離れた岸辺に流れ着いた。

海賊達は小道を小舟に向かって大急ぎで駆け、黒の軍団の潜む真ん中に入ってしまった。

 海賊達が船に近づくと小舟は5mほど沖に離れていった。

海賊の吉は疲労困憊(ひろうこんぱい)で岸に上がり腰を下ろしてしまった。

「くっそう、すぐそこだ。4人が行って持ってこい。」

4人の海賊は下帯一つになって湖に寒そうに入って行った。

2艘小舟はそれを嘲笑(あざわら)うかのように再び50m沖に流れていった。

4人の海賊は諦(あきら)めて岸に上がって叫んだ。

 「小頭、うっ後ろ。」

海賊達の周りには長槍を構えた20人の兵士とその隙間に十字弓を構えた20人の兵士が半円形に囲んでいた。

「なんだ、貴様らは。」

小頭はそう叫んで素早く長巻を構えた。

他の4人の海賊も長巻を構えたが残りの5人は下帯姿のままだった。

裸の4人が地面の長巻を拾って構えた。

座っていた一人は拾う獲物がなかった。

 マリアは輪の前に出て言った。

「我らは軍隊だ。お前達は死体専門のハイエナ盗賊か。相手が反抗しないから楽でいいな。」

「くそー、どうするつもりだ。」

「さて、どうするかな。・・・そうだな。まずお前達の船は接収する。軍がやるから合法だ。お前達は戦場を徘徊するスパイ、密偵だ。捕虜と違って密偵は殺してもいいことになっている。だが、敵の情報を与える密偵は協力者になるから殺さない。お前達は1人を残して死ぬことになる。死体は竹矢来の前の死体と同じ場所に置いてやる。だれも海賊だとは思わないから一緒に供養されるかもしれない。・・・生き残る一人は情報を与えなければならない。仲間を裏切りたい者は手を上げよ。」

小頭を除く9人が手を上げた。

 「なんとまあ。腐った輩(やから)だな。・・・武器を持っている者を殺せ。」

長槍を持つ娘達は一気に間合いをつめ、海賊達は波打ち際に追い詰められた。

海賊達は必死で長槍を長巻で払おうとしたが、長巻が長槍に当たることはなかった。

娘達の横から十字弓が順に発射され、海賊9人の首に矢が突き通り、海賊は湖に仰向けに並ぶように倒れた。

吉と呼ばれた海賊は震えながら座り込んでしまった。

 娘達は急がなかった。

海賊達の心臓が完全に止まるのを待っていた。

流れ出る血は湖の水で洗い流されている。

小道には血の痕も残らない。

死んだら具足を外して竹矢来の兵士の横に置けばよかった。

 マリアは生き残った海賊に言った。

「吉と呼ばれていたな。名前通り運が良かったな。寒いだろう。まずはそこに脱いである仲間の衣服を着ろ。話はそれからだ。」

吉は濡れた下帯を一人の衣服で拭(ぬぐ)った後、別の仲間の服を2枚重ねで着た。

手甲と脚絆を着け、草鞋(わらじ)を履いた。

 「お前達は海賊か。」

「・・・そうだ。」

「湖畔に上陸して人家を襲って生計を立てているのか。」

「・・・そうだ。」

「だが人家も警戒するし、そう何度も襲うわけにはいかんだろう。」

「湖はひれえ。襲う場所は色々変えてる。」

 「船も襲うのか。」

「襲う。船が一番実入りがいい。農家を襲うよりずっと金になる。」

「ふーむ。皆殺しにするのか。」

「そうだ。それが一番安全だ。遭難ということになるし船も手に入る。」

「それでお前達のことが分からなかったのだな。・・・お前達の名前は何と言う。」

「『黒龍党』だ。」

 「我らと似てるな。我らも人を殺して金や土地を得ている。・・・まあ言ってみれば『国』もお前達と同じかな。人を殺して土地や金を得る。・・・違うのは我らが襲うのは軍隊でお前達が襲うのは一般人だ。兵士を殺せば英雄になり町民を殺せば盗賊になる。」

「軍隊になんて勝てるわけがねえ。」

 「お前達は弱いからな。・・・黒龍党の根城はどこだ。」

「中ノ島だ。」

「中ノ島はどこにあるのだ。」

「湖の真ん中にある。どこの国にも属してねえ。」

「海賊の島なのになぜ討伐されないのだ。」

「海賊の島とは思われていない。平和な島のように見えるし、だれも立ち寄らねえ。」

 「湖を渡る航路もあるだろう。なぜ立ち寄らないのだ。」

「航路はほとんど湖畔沿いだ。沖に出れば岸も見えなくなる。無理をして湖を横断する船はほとんどねえ。あってもわざわざ中ノ島に寄る必要もねえ。酔狂で島に来る者もいるが全員殺される。遭難したってわけだ。」

「なんとも便利な根城だな。我らの基地にしてもいい。どこの国にも属していないのなら問題はない。」

 「おめえ達は強いのか。」

「捕虜は質問できない。・・・まあ直ぐ分かるから教えてやる。我々は2日で1700人の軍勢を皆殺しにし、鍋田城を落とした。今の鍋田城は無人だ。お前達から言わせれば盗賊仁義を知らない軍団ということになる。武具を根こそぎ奪ったからな。」

「おったまげた話だ。」

 「お前は食料を持っているか。」

「船に握り飯が残っている。」

「それを大切にすることだ。お前はしばらく食べることができなくなる。まあ、10人分の握り飯だから何とかなるだろう。・・・ヨシノ、お前がこの男の面倒を見なさい。」

「はい、分かりました、マリア姉さん。」

ヨシノは大喜びで答えた。

ヨシノにとっては愛玩動物を得たようなものだった。

「他の者は死体から武具を外し、死体を竹矢来の死体近くに置いておきなさい。」

 夜が明けるとマリアは2小隊20名を石倉国の桟橋に向かわせた。

石倉国の桟橋に待機させている筏船を鍋田国の湖岸に持って来るためだった。

マリアは鍋田国の湖側3分の1を貰(もら)おうと思っていた。

湖側であれば隠れ村とも行き来ができるし、海賊の中ノ島を奪えば便利だ。

鍋田国の湖側には海賊を恐れてか人家はほとんどない。

自分たちの国を作るには丁度いい。

海賊は今の所、湖側の人気を下げている重要な要素になっている。

 朝の10時頃、マリアは1100人の黒い軍団の隊伍を整え石倉国の城に向かった。

大手門の前で整列させ石倉国の応答を待った。

石倉頑正は10分ほどで50名の鎧姿の供を連れて大手門の中央から出て来た。

石倉頑正も鎧姿だった。

マリアが言った。

 「石倉頑正様、お早うございます。一昨日と昨日にかけ鍋田国の軍勢1700人を殲滅し、鍋田城を落としました。鍋田城は現在無人です。石倉国は早急に鍋田城に入城することが肝要だと思います。鍋田の城下町は無傷です。町役人は町の治安を日常通り遂行していると思います。城の周囲の十数軒は必要なため接収しました。」

 「マリア殿、その方達の戦いは見せてもらった。凄まじい戦闘力だった。そなたが言った通り、馬は弱い生き物だった。あっという間に騎馬隊は倒されてしまった。城攻めはもちろん見ていない。城はどのようにして落としたのだ。」

「夜中に忍び込んで大手門を開け、軍を突入させました。抵抗しなかった女と子供以外は全て殺しました。城主が死んだかどうかは分かりません。戦いは1時間ほどかかりましたから、城主が抜け穴から逃れた可能性が残っております。死体は全て焼却しました。女と子供は解放しました。現在、城には我が軍の警備兵だけが残っております。」

 「凄まじい戦闘力だったな。・・・約束だが、鍋田国の3分の1は何処(どこ)になるのだ。」

「よろしければ湖側の3分の1を貰(もら)おうと思います。湖側には田畑も人家もありません。湖の海賊の襲撃があるからだと推察しました。湖側に我が地があれば湖からの賊の侵入を心配する必要がなくなります。街道も城下町も安全になると思います。石倉国は山側と中央を編入してください。中央には街道と城と城下町と街道沿いの町が含まれます。石倉国は大石国と国境を接することになります。」

 「それで良いのか。湖側は雑木林と荒地だけだぞ。」

「それでよろしゅうございます。我らは政(まつりごと)は不得手でございます。得意なことは人を殺すことだけでございます。軍隊組織で田畑を作り細(ささ)やかに自給自足するつもりです。これまでもそうでしたから。」

「そうしてくれると有り難い。願ったり叶ったりだ。人を殺すことが得意な村ができるわけだな。」

 「いいえ、石倉頑正様。村ではございません。まだ名前はありませんが国でございます。傭兵の国です。国には土地と住民と外からの侵略を阻止できる軍事力が必要です。文字通り囲いがあるわけです。石倉頑正様は我らを支配することはできません。支配しようとすれば石倉国を滅ぼします。」

「分かった。絶対に支配しようとはしない。・・・だが、傭兵を頼むことはできるのだな。」

「それが我らの生業(なりわい)でございます。」

 「他の国がそなた達に石倉国を滅ぼせと頼むこともできるのか。」

「もちろんできます。我らの生業(なりわい)の範疇(はんちゅう)内でございますから。でも頼みを受けるかどうかは私の判断次第でございます。」

「そうか。余の政(まつりごと)に係(かか)っているのだな。」

「善政を期待します。」

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