第8話 8、鍋田城の陥落 

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 城下町を城に向かって進むと街の佇(たたず)まいが次第に変わって来た。

商店がなくなり、土塀をめぐらせた屋敷になって来たのだ。

マリアは軍団に戦闘態勢を取らせた。

兵士を小隊ごとに密集させ、盾を側方に掲げさせ、長槍は盾と共に持ち、短槍は盾に着け、代わりに十字弓を片手に持たせた。

 武家屋敷からの襲撃はなかった。

屋敷の住人は城内に移ったのかもしれなかった。

鍋田国の鍋田家家臣は戦には勝つと思っていたのだろう。

石倉の兵力は半分で戦の準備もしてこなかった。

こちらは長年準備をし、満を持して開戦したのだ。

よもや鍋田の城下町まで敵兵が攻めてくるとは思いだにしなかったろう。

 それが、関所での敗戦が知らされ、敵が攻め込んでくる蓋然性が高まった。

家臣はとりあえず一族郎党を一時的に城内に移したろう。

あまりにも急な話だったので避難先も決まらなかったのだろう。

マリアはそう思った。

 鍋田城は石倉城よりも立派な城のように見えた。

少なくとも鍋田城は石倉国と違って幅が20mほどの堀で囲まれていた。

大手門の前には橋がかかっていた。

堀の石垣は貧弱だったが石垣の上には土塀が立っており、土塀の笠木も幅が広くて庇(ひさし)のようになっていた。

そして一定間隔で小窓がついていた。

外が見え、外からは見えず、弓矢を射ることができる構造だった。

 マリアは堀に面する幾つかの武家屋敷を接収し軍団を分散させた。

城から軍団の様子が見えることを良しとは思わなかったからだ。

今日、マリアの軍団は1700人の兵士を殺し、ここまで行進して来た。

当然疲れているはずであり、休息が必要なはずだと思ってくれれば良かった。

 黒い軍団の兵士たちは道中合羽に着けてあった糧食を少しだけ食べた。

それだけで活力は100%になった。

黒い軍団の兵士たちは少食なのだ。

軍団の娘達は米を食べてほぼ完全に分解してエネルギーに変える。

人間のようにビタミン、ミネラルなどエネルギーに直接関係しない物質を必要としない。

力は強く、病気もなく、眠らないし、不死だ。

休む時は自(みずか)らスイッチを切ることができる。

外から始動スイッチを入れられない限り始動しない。

 城への攻撃は深夜に始まった。

1小隊20名の兵士が夜空を飛んで城の中に入った。

暗闇に紛れ、大手門の内側を警備していた警備兵を静かに殺し、大手門を開いた。

戦いの外部的説明では城内の内通者が大手門を開けたという設定だった。

黒い軍団は下駄を道中合羽の中にしまい、静かに次々と大手門を通って城内に消えていった。

そして大手門は閉じられた。

後は夜明け前までに全員を殺せば良かった。

 マリアは大手門付近に留まり、10中隊を土塀に沿って進ませた。

最初の中隊の最初の小隊が警備兵を叫び声が出ないように殺すと次の小隊は前の小隊の後ろを通ってその先の警備兵を静かに殺した。

警備兵を殺した小隊は内側に前進して小隊の通り道を広げた。

この作戦で、黒の兵士は基本的には一人一殺とすることにしていた。

1000名の兵士が1000名を殺せば1000名の警備兵はいなくなる。

1時間も経たないうちに黒い軍団は土塀の内側を囲んだ。

マリアは包囲の輪を内側に縮めるよう命じた。

 この頃になって城内の警備兵は侵入者に気付き、呼子笛(よびこぶえ)を吹いた。

仮眠を取っていた兵士はおっとり刀で鎧も着けずに兵舎から飛び出したが十字弓や敵から奪った小槍ですぐに殺された。

 もともと城内には多数の兵士が居たわけではなかった。

土塀の警備についていた1000名が兵士の主力だった。

200名ほどの騎馬隊も深夜にまで騎乗しているわけではなかった。

歩兵とは違った営舎で寝ていた武将達も鎧を着けることもできずに外に飛び出したが普通の兵士と同様に小槍を受けて倒れた。

 城内には多くの婦女や子供がいた。

おそらく家臣の家族だ。

黒い軍団の女兵士は攻撃をかけて来ない限りはそれらを殺さなかった。

殺すかどうかは石倉国軍が城に入ってから決めれば良かった。

城を落とすことが契約だったからだ。

 鍋田国の城は3層の天守閣があった。

黒い軍団は包囲を狭め2箇所の櫓(やぐら)を落とし、自然と天守閣の周りに集まって来た。

城の他の場所には生きている敵兵はいなかった。

天守閣を落とすには空から3階に入ることが最適であったが、娘達が空を飛べることを婦女子に見せるわけにはいかなかった。

 「ふうむ。どうしたらいいかな。ヨシカ、どうしたらいいと思う。」

マリアはヨシカに言った。

「はい、マリア姉さん。階段を作ったらいいと思います。盾を頭の上に乗せて台地を作り、その上に再び台地を作り、その上に台地を作り、その上に台地を作れば2階に達します。上の台地の者は空に少し浮くわけですから下の者は負担を感じません。後は台地の階段を登って2階から入ればいいと思います。」

 「ふうむ。イクミはどう思う。」

「はい、マリア姉さん。兵器庫で鉤綱(かぎづな)を見つけました。2階の欄干に投げて引っ掛けることは容易です。綱を繋げば長くなります。後は綱を登るふりをして屋根に達することができます。1階には武者窓はありませんから射られる心配はありません。」

「鉤綱は何個あった。」

「10個ほどでした。」

「綱を切られる可能性があるな。盾を持って綱を登るのは難しいし2階の武者窓から射られる可能性がある。ヨシカの案を採用しよう。兵士の台地の周囲は別の兵士が側面を守れ。」

「了解しました。」

 兵士の台地は1層目が縦横10人10人の100名の兵士が作り、2段目は9人10人が作り3段目は8人10人というように天守閣の壁に接した8層の台地になった。

高さは11mになった。

兵士の数は520名で、最上の兵士台地は3人10人の広さを持っていた。

7名の兵士がしゃがんで踏台になったので、突撃する兵士はおよそ70㎝高さの階段を盾を掲げて駆け上がることができた。

もちろん少し浮遊してだ。

1中隊100名が2階の回廊に達し、扉を少し開けて爆裂弾を投げ入れてから突入した。

後は簡単だった。

1階と3階に爆裂弾を投げ入れ、その後に突入した。

鍋田城は制圧された。

 夜が明けると黒の軍団は後片付けを始めた。

死体を庭に並べ、武具と胴巻を外し1箇所にまとめた。

蔵の中を調べ、多量の金貨と貴重そうな品々を見つけた。

武器庫からはそれほど多くない武器が見つかった。

馬屋には馬屋に入りきれないほどの馬がいた。

騎馬隊200騎の馬だ。

兵士達は馬の世話をしなければならなかった。

 城内には多数の荷車があった。

荷駄隊の荷車だった。

荷車にはまだ糧食が積まれていた。

黒の軍団には戦利品の運搬に荷車が必要だったので荷車の糧食は接収してある高官の屋敷に保管させ、屋敷は1小隊で警備させた。

城内の米倉に備蓄されていた米も全て運び出して屋敷に保管した。

 マリアは空き家になっている城の周囲の武家屋敷を接収し、武具、金貨、馬を分散保管し、小隊で守らせた。

それらは命をかけた戦いの戦利品であり、契約に従って得られるであろう土地に新しい村を作るための資金になるものでもあった。

 城内のあらかたの物品を運び出すと残りは多数の婦女子と死体だった。

マリアは300人余りの女達を集めて言った。

「私は城を落とした軍の指揮官だ。互いに命をかけた戦いで我々が勝ち、城にいた兵士は全員が死んだ。これは武士の慣(なら)いだ。恨まないでほしい。そなた達は戦わなかったので生かした。そなた達の今後の行く末は不明だ。我々は近々この城を出て、代わりに石倉国の兵が入ってくる。・・・これから死体を火葬する。兵舎を使って火葬するつもりだ。身内もいるだろう。我らは弔い方を知らない。弔ってやってほしい。火葬が終わったらそなた達はこの城を出よ。この城は無人で石倉国に引き渡すつもりだ。質問はあるか。」

 一人の老婆が言った。

「おのれ、悪党め。この恨みは生涯忘れんぞ。」

それを聞くとマリアは道中合羽から鉛玉を取り出し、老婆に向けて投げた。

鉛玉は老婆の額にめり込み、老婆は仰向けに倒れて死んだ。

「これでその方の生涯は終わったから恨まれることはなくなったな。先ほど言ったはずだ。栄枯は武家の慣いだとな。・・・他に質問はあるか。」

 一人の娘が言った。

「家は残っているのでしょうか。」

「そなたの家が残っているかどうかは分からない。軍団を隠すため城の周りの武家屋敷十数軒を接収した。今も倉庫になっており軍が管理している。他の家は無傷のはずだ。城下町もそのままだ。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 マリアは城内の死体を兵舎に並べ、別の小屋を壊して得た木材を死体の列に加え兵舎に火をつけた。

女達は炎に手を合わせ涙を流した。

兵舎が白い灰になって熱気がおさまると、女達は灰の一部を懐紙に取って懐に忍ばせ無言で城を大手門から出て行った。

死んだ老婆は敷布に包まれ、数人の女達によって城外に持ち去られた。

 マリアは城に1中隊100名を残し、多数の荷車を引いて軍団と共に国境に向かった。

竹矢来がある国境で、1700人分の武具と金を荷車に積ませ、1中隊100人に鍋田国の武家屋敷倉庫に運ばせた。

武具は荷車に山のように重ねられて運ばれて行った。

 既に夕刻になろうとしていた。

マリアは軍団を湖に移動させ、湖畔の小道に沿って鍋田国側に長く広げて休ませた。

軍団の娘達は道端に腰をおろして変わりゆく夕方の空を眺めた。

茜色(あかねいろ)の夕空は青黒になり、やがて黒い闇を背景にした星空に変わる。

朝夕の空の色の変化は赤橙黄緑青藍紫の順で変わると言われているが決してそんな単純な色ではない。

朝と夕でも違う。

朝は輝くし夕は静かだ。

 娘達は夜空や湖面を眺めながらそれぞれに道中合羽の裏から糧食筒を取り出し、米を手に受けて飲み込んだ。

水筒の水を飲んで糧食を流し込む者もいた。

それだけでエネルギーは満たされた。

 湖面が星で輝きだすと、やがて一人の娘が歌い出した。


昔一人の若者が 夜の岸辺で 波の音に合わせ 竪琴を弾(ひ)いていた。

その夜の空は晴れ 星は輝き 風はなく 海は静かに眠ってた。

星の光は白金色の水面(みなも)を作り 形を変えて無言で何かを語っていた。

竪琴の響きは 遠くの沖に 波に乗って 流れて行った。

やがてその調べに合わせ 美しい歌声が 遠くの沖から 流れて来た。

その声に 若者は我を忘れて 沖へ沖へと 船を漕ぎ出した。

夜は明けて 岸辺には竪琴が一つ。

その日からはだれも その若者を見ない。

その日からはだれも その若者を見ない。


近くの娘達は最後の節を合唱した。

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