第7話 7、国境での合戦 

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 黒い軍団は最後尾の中隊から街道を外れて左右に移動し、左右に10中隊1000名、中央に300名の布陣で敵軍勢に対峙した。

そして黒の軍団はゆっくり前進し、敵まで200mで一旦止まった。

敵は動かなかった。

 街道と違って荒地を草鞋(わらじ)で歩くのは危険を伴う。

尖った石もあれば折れ枝もある。

その点、黒の軍団の兵士は鉄板付きの下駄を履いており、その下駄には先端から側面にかけて鉄の安全カバーが付いていたので荒地も安全に歩くことができた。

もっとも、300㎏の鉄の体を持つ娘達はたとえ草鞋(わらじ)履きであっても大丈夫だったが・・・。

 黒の軍団は小隊20名ずつ密集し、盾を隙間なく前方と上方に並べて前進した。

50mまで近づくと敵からの弓矢の斉射を受けた。

黒の軍団はさらに30mまで前進した。

敵も盾を並べ、長槍を盾の上から伸ばしていた。

いつ突撃が起こってもいい状況だった。

 敵軍の後ろは竹矢来で塞がれている。

戦場離脱や後退をすることができないのだ。

背水の陣容だから、生き残るためには必死で戦わなくてはならない。

歩兵は補充ができる消耗品なのだ。

 山からの合図が起点となって、大きなドラの連打音が戦線に亘って鳴り響くと、山側の竹矢来の端から槍を持った50騎の騎馬隊が出現し、全速で歩兵隊の背後に向かった。

時を同じくして湖側の竹矢来の端からも50騎の騎馬隊が出現し、同じように歩兵隊の背後に向かった。

 半分だけ予想通りだった。

予想では中央の騎馬隊も突撃すると思われていたが騎馬隊は飛び出して来なかった。

街道中央の槍衾(やりぶすま)はまだ完全だったからかもしれなかった。

 黒の軍団はすでに準備していた。

道中合羽の裏から十字弓を取り出し、弦を張り、鏃(やじり)に毒糊を塗付けて待っていた。

毒糊は道中合羽の内側に付けられた竹筒に詰められ、竹筒には糊が乾かないように栓が付いていた。

毒はアコニチンで、トリカブトから採れるアルカロイドだった。

アコニチンの半数致死量は0.33㎎/㎏で、馬の体重を300㎏とすると100㎎で馬は死ぬ。

弓矢の鏃に耳かき1杯分(約10㎎)のアコニチンが着いていれば10本の矢がどこに刺さろうと馬は死ぬ。

1本でも死ぬかもしれない。

 通常、合戦ではトリカブトの毒矢は使われない。

解毒剤がないから当たれば確実に死ぬ。

味方に当たるかもしれないし、味方の兵士に敵の間者が紛れている場合もあるからだ。

通常の矢傷は治療できるが、毒矢が当たれば確実に死ぬ。

毒矢を使う時には指揮官は我が身の心配もしなくてはならないのだ。

 黒の軍団の兵士は生身ではない。

安心して毒矢を使うことができる。

トリカブトの毒は既にこの世界では知られていた。

トリカブト毒を使っても違和感はない。

 黒い軍団の長く伸びた10中隊の戦線において、各中隊の後方1小隊20名が騎馬隊の攻撃に対応した。

各小隊は襲いかかってくる騎馬に対して毒矢を射た。

矢が当たった馬は1秒ほどで足を乱し、頭から倒れたり横倒れに倒れたりし、乗っていた武者は放り出された。

 作戦とは違って、短槍兵は直ちに飛びだし、立ち上がろうとする武者を仕留めてしまった。

短槍兵は暇だったからだった。

鍋田国の弓隊は騎馬隊のいる方向には矢を射なかった。

結局、片方から突撃して来た騎馬50騎は3中隊目にまで到達する前に十字弓の2射で馬もろとも全滅した。

鍋田国は100騎を失った。

 短槍兵が中隊に戻って所定の位置に着くと、3個の爆裂弾が敵陣に向かって投げられた。

爆裂弾は10㎝ほどの大きさの導火線式花火で星の代わりに鉄球が入っていた。

黒色火薬だから衝撃厳禁だ。

兵士は胴火(どうび)で導火線に火を点けてから頃合いを見計らって投げる。

黒の軍団の擲弾兵は10個の爆裂弾を道中合羽の内側に着けていたが、それ以外の兵士は1個の爆裂弾と胴火1個を着けていた。

 爆裂弾は後ろの敵兵士の足元で爆発し、敵長槍隊の兵士は盾と共に前方に飛ばされた。

黒の軍団の兵士は盾を掲げて密集して鉄球を避けた後に突撃した。

長槍隊は長槍で攻撃した。

背中に傷を負った長槍兵を刺し、カツオの一本釣りのように兵士を釣り上げ後方に投げ捨てた。

投げ捨てられた兵士は動かなかった。

 短槍隊は短槍で弓兵を攻撃した。

鎧の上から刺し、抉(えぐ)って引き抜いた。

弓隊は鉛玉で短槍兵を攻撃した。

鉛玉を顔に向けて投げ、相手が怯(ひる)んで短槍を落とすと槍を拾って他の兵に投げた。

その後は繰り返して落ちていた短槍や長槍を拾っては生きている兵士に槍を投げた。

 戦いは5分ほどで終わった。

長槍隊1000名、弓隊300名、短槍隊300名、騎馬隊100名が死んだ。

黒い軍団の女兵士は勝鬨(かちどき)あげることなく、後始末を始めた。

敵の長槍、短槍、弓、矢筒を拾って1箇所にまとめた。

馬から鞍を外し、騎馬武者からは兜、鎧、太刀などの甲冑を外して1箇所にまとめた。

それらは金になる武具だった。

兵士からは胴巻を外し、中身の金を陣笠の中に集めた。

兵士たちはその金で命を売ったのだ。

 その様子を竹矢来の向こうで見ていた100騎の騎馬隊は出番がないまま鍋田国の方に向かって街道を逃げていった。

敵の長槍隊はまだ無傷だったし、だいたい、戦場で戦闘直後に死体から武具を剥ぎ取り、兵士の金を奪うなど見たことも聞いたこともなかった。

そんな行為は自信があるということを意味していた。

それは100騎の騎馬隊が敵後方を攻撃する前に射落とされてしまったし、数に勝(まさ)る歩兵隊もあっという間に壊滅してしまったことから明らかだった。

「兵力の温存」、「敵の実力の報告」、「戦況の報告」、後退の理由はいくらでも付けることができた。

 山の裾に陣を構えていた本陣も山裾を通って鍋田城の方に転進して行った。

敵が街道を通って城下町に着く前に城に到着し、作戦を練り直す必要があったからだとも言えるだろう。


画像:https://27752.mitemin.net/i632401/


 石倉国の石倉頑正は50騎ほどの共を連れて戦いの様子を500mほど離れた街道から見ていた。

敵騎馬隊の馬が次々と倒れ、落馬した武者が戦っている様子は見えなかった。

全滅ということだ。

続いて数十発の爆発が起こり、合戦が始まった。

何十人もの兵士が槍で放り上げられ、そしてあっという間に戦いは終わった。

黒い兵士達は追い討ちをかけることもなくその場に留まって何かしていたのだが、何をしていたのかはわからなかった。

とにかく戦いに勝ったことだけは分かった。

 マリアは後始末が終えると軍勢を街道に集め、隊伍を組んで鍋田国の城を目指して前進を始めた。

途中で4台の空の荷車が街道傍の空き地に放置されていた。

鍋田国の荷駄隊のものと思われた。

 マリアは1小隊に荷車と共に竹矢来の場所に戻り、長槍、短槍、弓矢、甲冑を集め筏船に載せるように命じた。

武具がいい値段になることを知ったからだった。

鍋田国の一部をもらっても村を作るにはお金が必要だ。

隠れ村のように宇宙船から何でも供給するわけにはいかない。

強い兵士を持つ小さな国を創らなければならないのだ。

軍馬を殺さなければ良かったとマリアは悔いた。

馬は武具より金になる。

 1280名の黒い軍団は鍋田国の城下町に入った。

町の人々は軍団を見るとすぐさま家に入ったり物陰に隠れたりした。

人々は鍋田国が隣の石倉国と戦争を起こそうとしているのを知っていたが、まさか城下町まで知らない軍団が入ってくるとは思っていなかったのだ。

その軍勢は異様な黒い衣装で身を包み、槍の穂先を光らせながら堂々と行進している。

それに対してどんな騎馬武者も城から出撃してこない。

 町には警察の役割をする町役人がいる。

町の治安を保つのが仕事だ。

町役人は武器を持ち、組織立っており、人数も多い。

盗人や盗賊や犯罪人を捕縛して治安を保つ。

町に怪しい集団が危険な武器を持って入って来れば当然、誰何しなければならない。

自分たちよりも圧倒的多数の集団で隊伍を組んでいてもお城から軍隊が出て来てくれなければ役目がら誰何しなければならない。

 20名の町役人らしき者達が長い棒を立てて軍団の進行方向に待ち構えていた。

役人は刀を差していたが抜いていなかった。

軍団が10mまで近づくと役人の中央にいた一人が言った。

「待て、前の集団は止まれ。どこに行くのだ。目的は何だ。」

マリアは手を上げてからその手を前に倒して軍団を止めた。

軍団は行進を止め、前方の兵は4列を10列に変えて長槍を前方に構えた。

20本の長槍が役人達の方を向いた。

 マリアは言った。

「なかなか勇敢な方ですね。私はマリア。貴殿の名前と役職は何かな。役職によって答えが違うので先に尋ねる。」

「むむっ。拙者は小野木典善だ。治安所の次席副長だ。」

「素直な方ですね。我々はこれからお城に行きます。目的はお城を落とすためです。城下町には手をつけない予定ですからご安心を。」

 「お城を落とすだと。どこから来たのだ。」

「石倉国から来ました。」

「・・・石倉国には軍勢が向かっているはずだ。どうなっているのだ。」

「鍋田国の軍勢1700人余(あまり)は死にました。騎馬100騎と荷駄隊はお城に戻っているはずです。それと本陣にいた兵士達も山沿いにこちらに戻って来ているはずです。」

「我が軍が負けたと言うことか。」

「そうです。我々に怪我人はなく、鍋田国の兵士達は敗走しましたから鍋田軍の負けです。」

 「・・・小役人ごときが出張る話ではないな。」

「左様に存じます。お城は明日中には落ちると思います。お命はご大切になさってください。この町は石倉国が支配すると思います。どこが支配しようと町の治安は重要なお役目ですから。」

「分かった。町の町人にはなるべく被害を与えないように頼む。」

「分かりました。進軍してよろしいですか。」

「させたくはないがしかたがない。」

小野木典善は部下を道の傍に控えさせた。

逆らって死ねば犬死だ。

マリアは軍団を前進させた。

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