第6話 6、黒い軍団
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娘達は直ちに雨合羽を脱ぎ、合羽を掲げながら腰を屈めて小石を拾い、囲む兵士たちの槍衾(やりぶすま)に円形に対峙した。
「やれ。」
マリアは命じた。
娘達は一斉に小石を兵士に向けて投げた。
普通の娘が投げた石の速さではなかった。
弓の速さを越えていた。
当然、避けることはできない。
全ての石は相手兵士の顔面中央に正確に当たり、めり込んでから落ちた。
19人の兵士達は槍を落とし、顔面を手で覆った。
娘達は石を投げた兵士に向かって跳び、槍を拾い、直ちに槍を残った近くの兵士に向けて投げた。
兵士たちは娘達の素早い動きに驚いたが、拾った槍をすぐさま投げたことにはもっと驚いた。
驚いた時は槍が自分の首を貫いた時だった。
娘達は槍を投げると直ちに投げた槍と同じ方向に跳躍し、倒れた兵士の槍を拾い残りの兵士を確認した。
19人の兵士が首に槍を刺したまま妙な形で倒れており、19人が顔を覆って蹲(うずくま)っており、残りの兵士はおどおどして槍を前に出して左右に小さく振っていた。
残る兵士はバラバラの14人だった。
娘達は競うように槍を投げ、兵士たちの喉(のど)を貫いた。
数名の兵士は2本の槍で貫(つらぬ)かれた者もあった。
娘達は直ちにその兵士たちの槍を拾って構えた。
戦いはあっという間に終わった。
マリアは娘の一人から槍をもらい、肩に構えたままで馬上の侍に言った。
「隊長さん、天下の大道の通行を妨げていた物を排除しました。我らに非はございません。この道を通っても宜しゅうございますか。」
「うーっ、きさまら、何者だ。・・・うーっ、通ってもいい。さっさと行け。」
「ありがとうございます。でも貴方は責任を取らなければなりませんね。」
そう言ってマリアは槍を投げた。
槍は馬上の武士の立派な鎧の胸を貫き、背中から穂先を出し、武者は落馬した。
マリアは娘達に言った。
「道中合羽を着なさい。槍は顔を割られた兵士に返しなさい。死ぬように返してあげなさい。合戦で負傷者は重荷です。」
娘達は顔を割られて蹲(うずくま)っている兵士達の背中に槍を投げてから雨合羽を着た。
槍の数が足りなかったので4名の兵士が顔を割られただけで生き残った。
マリア達は街道を鍋田国の城下に向けて歩き出した。
もともと股旅者の歩みは早い。
たちまち関所からは見えなくなってしまった。
関所の竹矢来に沿っての小道、街道に交差する小道に沿って点々と屯(たむろ)していた兵士たちは関所の惨劇を遠くから見ていたのだが誰も動かなかった。
小隊長からの命令がなかったからだったし、事の展開が速すぎたからだった。
馬に乗っていた隊長が槍で貫かれて初めて歩兵小隊長は部下を連れて関所に駆け寄ったがその時には股旅姿の者達は既に見えなくなっていた。
マリア達はその後は災難に合わなかった。
街道沿いには多数の軍勢がそれぞれに小さな集団を作って待機していたが、マリア達が咎(とが)められることはなかった。
関所を通って来たということは不審者ではなく味方かもしれないということを意味していた。
騎馬隊、弓隊、槍隊、そして糧食を積んだ荷駄隊が街道横の空き地に集結していた。
鉄砲隊は居なかった。
この時代にはまだ鉄砲は出ていないようだ。
騎馬隊300人、弓隊300人、槍隊300人、荷駄隊100人というところだった。
山裾には何本もの旗指物(はたさしもの)を立てた集団があった。
マリアはそこが本陣だと思った。
マリア達は城下町に入った。
鍋田国のお城は山裾にあり、城から扇状に街道まで城下町が広がり、街道を抱えるように湖近くにまで伸びていたが、湖畔を通る小道までには伸びていなかった。
湖にはよほど恐ろしい海賊が居るらしい。
城下町を破壊しないで鍋田国の城を落とすには山から攻めるしかないようだ。
背後から攻められるかもしれないから少し危険だが山から回り込んで囲んでもいい。
マリア達は鍋田国を通り過ぎ、大石国との国境を越えてから湖に向かう道に出会った。
その道の反対側の山に向かう道は幅が広く、踏み固められていた道だったので山を越えて石倉国の反対側に出る道なのかもしれなかった。
マリア達は付近の茶店で団子を食べ、お茶を飲んでそれを確かめた。
マリアはお土産を包んでもらい、湖の方に向かうと桟橋の沖には筏船が待っていた。
湖の桟橋は1国に一つらしい。
マリア達は筏船で村に戻った。
3日後、傭兵軍団は石倉国の桟橋から石倉の城下町に進軍した。
軍団は黒の軍団だった。
兵士は黒漆を塗った三度笠に黒色の道中合羽(どうちゅうかっぱ)を着ていた。
黒の三度笠は内側が鉄板で補強され、縁には肩まで届く目の細かい網が縫い付けられており、通常は前面がハネあげられて三度笠に止められていた。
黒色の道中合羽は内側に長く硬い肩当てが着いており、高い襟があり、裾は膝下まであった。
もちろん網は防刃繊維だったし、雨は通さなかった。
道中合羽の内側には多くのポケットや吊り紐が着けられ、十字弓、矢筒、鉛玉、火薬玉、水筒、糧食などが付けられていた。
黒の道中合羽は雨具であり、鎧であり、背嚢であり、武器庫でもあり、夜露をしのぐ天幕でもあった。
娘達は股引、脚絆、足袋、袖付き筒服、手甲、幅広帯、長脇差の股旅姿をしていたが、全てが黒色だった。
娘達が履く大きめの下駄(げた)には裏に鉄板が張られ、足の甲を守るように鉄のカバーが付けられていた。
これらの衣装は防刃繊維を除いて時代に合った武器と衣装だった。
工夫と手間をかければできるものだった。
それが重要だった。
軍団は細い道では2列縦隊で行進し、城下町に入ると4列縦隊で行進した。
4列5段の20人が1単位となって小隊を形成し、5単位100人が中隊を形成した。
傭兵軍団は13中隊で構成されていた。
マリアは司令官で、13人の娘が中隊長で、小隊長は小隊の中から1名が選ばれていた。
村には数人の娘が留守番をしており、筏船には2名の娘が残った。
残りの娘達は参謀としてマリアの近くにいた。
小隊1単位で5m。
小隊5単位の中隊で30m。
13中隊で400mの行列が城下町に現れた。
兵士たちは道中合羽のスリットから出した片手に身の丈ほどの長方形の盾を持ち、片手には長槍あるいは短槍を持っていた。
盾も槍の柄も黒色だったので槍の穂先だけが輝いていた。
重い装束(しょうぞく)だったが娘達は苦にしていないようだった。
傭兵軍団には騎馬隊はなかった。
マリアは石倉城の大手門前で行進を止め城からの応答を待った。
15分ほど経つと鎧を着けた大前田忠勝が3人の供侍を連れて大手門のくぐり戸から出て来た。
大前田忠勝はマリアに言った。
「よくいらっして下された。殿はマリア殿に会いたいそうだ。言いにくいのだが武装を解いて会ってくださらんか。」
「大前田忠勝様、我らは兵士です。常在戦場でございます。武装は解きません。契約書さえ頂ければ問題はありません。あとは信義の問題でございます。石倉頑正殿様にはそうお伝えください。」
「了解した。そうお伝えする。しばし待っていてほしい。」
大前田忠勝は急ぎ大手門に戻っていった。
15分後、派手な直垂(ひたたれ)を着、貫(つらぬき、乗馬用靴)を履き、烏帽子(えぼし)を冠った中年の男が20名のお供を従えて出て来た。
その男はマリアの前に行って言った。
「余は石倉頑正だ。そちがマリアか。」
マリアは微笑んで言った。
「マリアでございます。石倉頑正様。傭兵の要請を受け軍団を連れて罷(まか)り越しました。」
「頼もしい軍団だな。槍隊のようだが騎馬隊はいないようだな。」
「馬は弱い生き物ですから戦(いくさ)には不向きでございます。」
「そんな説明は初めて聞いた。」
「そう思います。」
「・・・約定の契約書を持って来た。検(あらた)めてくれ。」
そう言って石倉頑正は懐から紫色の手袱紗に包まれた書状をマリアに渡した。
マリアは丁寧に袱紗(ふくさ)を開き書状を広げ、確認した。
「確認いたしました、石倉頑正様。それではこれから鍋田国の軍を打ち破り、城を落として参ります。」
「うむ、よろしく頼む。最初は半信半疑であったが目の前の軍団を見たら信じたいと思うようになった。・・・頼みがあるがいいだろうか。」
「何でございましょうか。」
「邪魔にならないように遠くから戦いを見たいのだがいいかの。」
「よろしゅうございます。戦いの帰趨(きすう)は気になるものでございます。」
「ありがたい。」
石倉頑正が大手門に消えるとマリアは全軍に前進を命じた。
関所の竹矢来が見える位置に来るとマリアは軍勢の進軍を止めた。
以前来た時と違って、鍋田国の兵士達は竹矢来の前で待ち構えていたのだ。
鍋田国の密偵が軍団の到着を知らせたのだろう。
敵は広く展開していた。
街道を挟んで100人の長槍隊が左右に5列で1000人。
その間に30人単位の弓隊が左右に5列で300人。
弓隊の後ろに30人単位の短槍隊が左右に5列の300人が構えていた。
騎馬隊は竹矢来の後ろに控えていた。
湖側に50騎、街道の左右に50騎ずつ、山側に50騎が街道に直交する道に控えていた。
合戦場を見下ろせる山裾の丘の上には何本もの旗指物(はたさしもの)が立っていた。
そこには司令官と騎馬隊と歩兵が居ると思われた。
敵の陣容を見てマリアは傍(かたわら)のヨシカに言った。
「敵は数に勝るから乱戦にしようとしているわね。まあこんな地形だから仕方がないか。ヨシカ、どんな作戦が予想できる。」
「はい、マリア姉さん。最初は全ての戦線で膠着すると思います。そこを騎馬隊が一角を突破して背後から戦線を叩くと思います。味方は前後から挟まれます。そこを短槍隊が突撃して長槍をくぐり抜け白兵戦になると思います。白兵戦になれば数が有利です。騎馬も加わりますから通常では味方が負けになると思います。まあ私たちは強いですから負けないと思いますが。」
「そうね。騎馬隊が中央と左右の端に控えているのはそのためみたいね。」
「どうしましょうか、マリア姉さん。」
「・・・敵の作戦に乗りましょう。左右に5中隊ずつの10中隊1000人を対峙させなさい。1中隊100名は敵の100名の長槍と30名の弓矢と30名の小槍隊の160名と戦うことになります。最初は防御に徹しなさい。騎馬隊が後ろに現れたら十字弓の毒矢を使って馬を倒しなさい。馬が倒れたら前の敵には爆裂弾を使いなさい。槍隊と弓隊の歩兵は全滅させなさい。敵の槍を奪い、後ろの騎馬武者を殺しなさい。正面からの騎馬隊には左右に開いて通してから後ろから毒矢で馬を殺しなさい。中央の騎馬武者は100名程度だから短槍で殺せるでしょう。」
「了解、伝令を飛ばします。」
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