第5話 5、傭兵雇用の条件 

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 マリア達は無事に村に戻ってくることができた。

筏船で留守番していた娘はお土産の団子とかき餅煎餅を食べ、村の娘達も土産の煎餅を食べることができた。

 マリアは筏船の増産を命じた。

傭兵の要請があることが予測できたし、軍勢を動かすには湖を使った方が便利だと思ったからだ。

兵士の移動は空中を進めば問題はないが物の移動には船が必要だった。

それに湖での海戦も予想できた。

半年待てば使えるようになるし、小さい船だから保管に支障はない。

 数日を経ずして、林野守之進が手勢10人を連れて村を訪(おとず)れた。

この村の傭兵は完全に中立だ。

この村にとって、石倉国を助けようと鍋田国を助けようと、どちらでも同じなのだ。

鍋田国がこの村を知ったらすぐさま傭兵として雇うだろう。

石倉国を破り、無傷で石倉国の3分の2を得ることができれば御の字だ。

石倉国としては一刻も早く、鍋田国よりも早く、この村の傭兵を雇う必要があった。

 林野守之進は山裾から農道に出て、村の広場中央の東家の近くから大声で言った。

「石倉国の林野守之進である。マリア殿と話をしたい。・・・拙者は石倉国の林野守之進。この村のマリア殿に会いに来た。」

農家の一つから一人の娘が出て来て守之進に言った。

 「林野守之進様、マリア姉さんはここには居りません。呼びに行っておりますから暫くお待ちくださいませ。」

「左様か。ここで待てばいいのだな。」

「そうです。馬に水が必要ですか。」

「いや、ここにくる途中で小川の水を飲ませたから大丈夫だ。」

「マリア姉さんは10分ほどで来ると思います。」

 「待たせてもらう。それにしても静かな村だな。以前は数人の姿が見えたが今日は一人も見えない。ここに1300人の兵士が居るようにはとても思えない。」

「誰が見ても安心できる小さな村でございます、林野様。」

「確かに。・・・完璧だ。」

 マリアが数人の娘を連れて湖の方の農道から来た。

話に聞いた派手な股旅姿ではなく地味な衣服だった。

 マリアが言った。

「林野守之進様、お久しぶりですね。マリアです。ご用事は何でしょうか。」

「殿からマリア殿に伝えることがあったのでここに来た。殿はマリア殿の傭兵を雇いたいと思っておられる。どうだろうか。」

「石倉国の殿様のお名前は何ですか。」

「・・・石倉頑正(いしくらがんじょう)と言われる。」

 「傭兵の話は大前田忠勝様にしたことがございます。雇用条件に関しては私の家で話そうと思います。下馬してついて来ていただけますか。」

「了解した。」

マリアと林野はマリアの家の土間に面した板間の縁に腰掛けて話した。

娘達は土間の隅に立っていた。

「雇用条件はどのようになりますか。」

 「うむ。前金は無しで、鍋田の軍を打ち破り、鍋田の城を落とし、石倉国が鍋田国を奪ったら鍋田国の3分の1を贈呈するという雇用条件だ。・・・拙者自身としてはあきれた雇用条件だと思っている。」

「それは大前田様に話した雇用条件でございます。」

「鍋田国を奪えるのなら何故わざわざ石倉国に雇われるのだ。」

 「我らは兵士であり、治政に疎(うと)いからでございます。盛者必衰・栄枯盛衰の理(ことわり)がございます。長く生き延びることができるのは常に最強の軍事力を持ち、政治に関わらない者です。」

「確かにな。戦乱の世では独立した軍隊ほど強いものはない。だが、平和の世では役に立たんな。」

「そんな時は今の村のようにひっそりと暮らせばいいと思います。」

「どうだろう、そんな条件でそなた達を雇用できるだろうか。」

「了解しました。石倉国に雇われましょう。雇用条件は書面に認(したた)めて下さい。出兵の時には石倉国に入るはずですから、その時にいただきます。」

「了解した。これで一安心だ。」

 「それで現状はどのようになっているのですか。」

「うむ。鍋田国は国境に軍勢を集結させている。2000人ほどだ。こっちがそれに臆(おく)して領地を割譲すると提案するのを待っていると拙者は考えている。」

「鍋田国は湖に面しているのですか。」

「そうだ。石倉国と鍋田国は似ている配置になっている。片面が湖で反対側は山だ。両脇は他国と平地で接している。石倉国は片面だけだがな。鍋田国の方が面積は広い。そんな配置は湖のその先も続いている。石倉国はこの村を囲んでいる山でどん詰まりなっている。」

 「街道(かいどう)に関所はあるのですか。」

「関所はない。どちらも小さい国だからな。街道は湖に沿っての1本だけだ。山への道はあるが山を越える道はない。鍋田国の先の大石国には山越えの道がある。この村の反対側に行くにはその道を通って迂回するわけだ。この村の周りの山は急で、道も作れないからだ。」

「湖畔沿いの道はあるのですか。」

「ずっと続く細い道はあるが人家はほとんどない。湖畔はどこからでも上陸できるから湖畔に住むのは危険なのだ。海賊に狙われる。あるのは網小屋と渡しの小屋くらいかな。」

 「分かりました。敗走する兵は山にも湖にも逃げることができ、逆に山からも湖からも側面を突くこともできるのですね。」

「そうだ。」

「偵察しておきましょう。」

「だが、今は危険だぞ。」

「軍隊は強いものですが個々の兵士は弱いものです。でも、私たちは強いですから。」

「そうだったらしいな。」

 「お聞きしておくことがあります。合戦で鍋田国の兵士を皆殺しにしてもいいですか。」

「皆殺しにしてもいいと拙者は思う。石倉国は今以上の兵士を養(やしな)う余裕はない。鍋田国を奪ってから考えてもいいことだ。それに敗残兵は生きるためにはどこかで雇ってもらうか、故郷に戻るか、徒党を組んで野盗にならざるをえない。兵士はつぶしがきかない。殺した方がいいと思う。兵士は殺されても文句は言わない。死を賭けて高給で雇われているのだからな。」

 「了解。・・・城を落とす時には城下の町にも被害が及びます。それでよろしいですか。」

「多少の被害は当然だ。だが町民はなるべく殺さないでほしい。・・・もちろんこれは拙者の考えだ。」

「それも了解しました。・・・みんな、何か聞きたいことがある。」

娘の一人が手を挙げた。

「なあに、ヨシノ。」

 「マリア姉さん、戦にはどんな服を着るのでしょうか。あの股旅姿をしてもいいでしょうか。」

「ふふっ、あの姿が気に入ったようね。でもだめ。あの衣装は偵察用に使うの。次の偵察にはヨシノも連れて行ってやるわ。それで我慢して。」

「はい、了解しました。」

 林野守之進は大役を終えて道のない山を越えて石倉国に帰って行った。

マリアは早速20人の徒党を組んで偵察の旅に出かけた。

衣装は股旅(またたび)姿だった。

筏船で湖に出て石倉国の桟橋(さんばし)の近くで上陸し、筏船には娘一人残し、次の次の桟橋の近くで待つように指示した。

その桟橋がどこの国にあるのかは分からなかったが、湖畔に沿って小道があるなら探せばすぐに分かる。

 マリア達は石倉国の城下町を通り過ぎ鍋田国への街道を進んだ。

街道の両側は荒地と雑木林と水田と畑だった。

石倉国の農業開発はそれほど進んでいないようだ。

水田と畑のある場所には街道から入る小道があって、その先は十数戸の農家が密集して建って村を構成していた。

山から流れ出る小川は水田を潤し、街道にかかる小さな橋の下を横切って湖の方に流れていた。

軍勢を進めるには街道を通るしかないように見えた。

 街道の先に真新しい竹矢来が街道の左右に立てられ、その後ろには50名ほどの兵士が小槍を持って立っていた。

どうやらそこが国境で、鍋田国は臨時の関所を作ったようだった。

関所の先は十字路になっており、山から湖に向かう道が交差していた。

その道には兵士が10人ほどずつ纏(まとま)って休んでいた。

道沿いに小川が流れているので待機するには都合がいい。

煙が各所で昇っているから炊事をしているのだろう。

 兵士たちの集団は山の裾から湖にまで伸びていた。

マリアがその数を概算すると山側では50、兵士の数にすれば500人程度であった。

街道からは見えないが、湖側にも同程度いるはずだから、およそ千名ということになる。

威嚇するには十分な勢力だ。

鍋田国の兵力は2000人と林野守之進が言っていたから、残りの1000名は街道の先に居るのだろう。

関所に居るのは歩兵だけのようだった。

騎馬隊や弓隊や補給隊などは後方に待機していることになる。

 マリア達は恐れ気もなく関所に向かって進んだ。

街道には通行人は居なかった。

誰しも戦が始まろうとしている状況で兵士が固めている街道の関所を通ろうとは思わない。

マリア達は竹やらいの前で誰何を受けた。

 「こら待て、お前たち、どこに行くのだ。」

槍を構えた10名の兵士とその後ろの騎馬侍がマリア達を止めた。

マリアが応えた。

「鍋田国の兵隊さん達ですね。見た通りこの道を行こうと思います。鍋田国を通って大石国に行く予定です。あなた達のおかげでこの有り様ですよ。」

「何い。我らのせいだと。なぜこの道を通る。」

 「あなた達は石倉国と戦争しようとしていると聞いております。そんな物騒な場所からは逃げ出さなくてはなりません。我ら渡世人は平和な世界でしか生きて行けませんから。」

「何い、渡世人の分際で何が平和だ。」

「渡世人は全(まっと)うな生活をしている方々に細(ささ)やかな娯楽を提供する者でございます。戦争が起こっている場所は平和ではなく、庶民は娯楽を求めることはできません。生きるか死ぬかだからです。それで我ら渡世人は平和を希求するのでございます。」

「何だと。屁理屈を捏(こ)ねおって。」

 「この天下の大道を通らせてもらえませんか。だめなら石倉の城下町に戻ります。生きるために石倉の軍に入ると思います。皆さんと戦うことになります。それでよろしいですか。」

「渡世人の数十人に何ができるというのだ。」

「我らは強いですから何かはできると思います。天下の大道の通行を妨(さまた)げる国を滅ぼすことは大義でございます。お覚悟を。」

「なにいっ。・・・隊長、この者達をどうしましょうか。」

兵士の一人が騎馬侍に言った。

 「ふうむ、女だけの渡世人か。怪しいな。口も長(た)けておる。衣服も真新しい。石倉頑正の身内が紛れ込んでいるかもしれんな。全員捕らえよ。若い娘の尋問は楽しいからな。」

「はっ。」

言われた兵士は呼子笛(よびこぶえ)を吹いた。

近くの道に屯(たむろ)していた兵士達が槍を持って駆けつけ、マリア達を囲んだ。

50人ほどだった。

 マリアは楽しそうに娘達に言った。

「むむむー。もはやこれまでか。・・・そういうセリフになりそうね。応戦します。道中合羽を脱いで盾にしなさい。殺してもかまいません。刀を使うのはもったいないから小石を使いなさい。相手から槍を奪ってそれを使いなさい。なるべく返り血を浴びないようにしなさい。」

「はい、マリア姉さん。」

娘達は喜び勇んでマリアに答えた。

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