第4話 4、4対1の試合 

<< 4、4対1の試合 >> 

 マリアが言った。

「お侍さん、『しけている』ってのは聞こえましたがその前は何と言ったのですか。」

「なにい、聞こえなかっただと。金を融通してくれって言ったんだ。これで分かったか。」

「よく分かりました。条件を満たせばお金を差し上げても問題はありません。」

「素直じゃねえか。金をよこせばお前達に怪我はさせねえ。」

 「怪我をするかしないかは条件ではありません。あっしらは博奕打ちです。私たちの一人と試合をして勝つことが条件です。勝てば4両さしあげましょう。負ければあなた方の刀をもらいます。先程、武具屋で刀を売ってきました。刀は1両でした。長巻は5両でしたが刀はたったの1両でした。戦(いくさ)では刀より長巻の方が便利のようです。・・・どうです。4対1で勝負をしませんか。貴方たちが勝てば4両、負ければ刀4本です。相手は娘一人です。殺せるものなら殺してもいいですよ。貴方たちを殺すことはしません。有利な条件だと思いませんか。こんな条件を呑めないようなら貴方たちは永久に仕官できませんよ。臆病者と呼ばれます。」

 「いいだろう。勝負をしよう。試合に勝てば我らは堂々と4両の賭け金を貰えるわけだ。真剣は使わない。木刀で勝負する。若い娘は殺したくはないからな。」

「商談成立ですね。・・・みんな、このお侍さん達と試合したい子はいる。手を上げなさい。」

娘全員が手を高々と挙げた。

「みんなか。しょうがないわね。二人ずつジャンケンして一人を選びなさい。」

娘達は必死にジャンケンし、一人を選び出した。

 「イクミか。イクミ、得物(えもの)は何にする。」

「はい、マリア姉さん。素手で戦いたいと思います。」

「素手か。まあいいでしょう。手足の骨は折ってもいいが頭と首の骨を折ってはだめよ。後が面倒だからとにかく殺してはだめ。いいわね。」

「はい、分かりました。」

 「お侍さん方、このイクミが素手でお相手します。私たちは強いですから侮(あなど)ると負けます。侮らなくても負けると思いますが試合ですから勝てるかもしれません。試合の場所は通りの真ん中にしましょう。それでいいですか。」

「うっうむ、それでいい。」

 男達は動揺していた。

若い娘が先を争って4人の武士と戦いたがっている。

しかもジャンケンでそれを決めようとしていた。

全く恐れていないのだ。

 イクミは立ち上がって下駄を縁台の横に置いてさっさと通りの中央に向かった。

他の娘達は縁台に腰掛けたまま追加注文の煎餅を齧(かじ)りながらイクミを見ていた。

男達は木刀を片手に下げ、通りの真ん中で娘を囲んだ。

通りを歩いていた人々は立ち止まって異常な状況を眺めた。

一人の派手な衣装の美しい娘を4人の小汚い武士が囲んでいるのだ。

しかも仲間であるらしい同じ衣装を着た9人の娘達は縁台に腰掛けて煎餅を食べながらそれを眺めている。

 イクミは言った。

「お侍さん、準備はいいですか。怪我をしても恨みっこ無しですよ。」

「おおっ、その綺麗な顔を壊してやる。」

男達は木刀を中段に構え、一人は木刀先端を小刻みに動かし、一人はゆっくりと左右に動かし、一人は円を書くように動かし、一人は動かさないで構えた。

中段は武器を持たない相手の接近を阻(はば)むことができる。

 イクミは最初、左にステップし、跳んで右にステップしてから正面の相手の横に跳び込み、相手の後ろを通り過ぎる際に相手の両目を突いた。

相手が「ぎゃーっ」と叫んで木刀を落として両目を覆うとイクミは相手の帯を持って右の相手に投げた。

 右の相手は仲間が飛んできたので木刀を上げて後退すると、そこにはイクミが待っており、木刀を上げている両腕の手首に手刀を見舞った。

相手は「うぐっ」と呻(うめ)いて木刀を落とした。

イクミは相手の後ろに立ち、後ろから回し蹴りを相手の膝横にめり込ました。

300㎏のイクミの鉄の体の回し蹴りを受け、相手の膝は奇妙に曲がって左に倒れ込んだ。

 イクミは倒れた男を飛び越し、まだ立って両眼を覆っていた男を左の男の方に突き倒し、右に跳んで木刀を振りかぶろうとしていた男の左肘に手刀を見舞った。

男の動きが止まったのでイクミは男の左足の甲を踏み潰しながら右腕で相手の胸に肘打ちを食らわせた。

相手は後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れた。

 ほんの数秒の出来事だった。

残った男は防御するように木刀を中段に構えて震えるように振っていた。

イクミは男に言った。

「お侍さん、3人が倒されました。一人は両眼が潰されました。一生めくらです。一人は手首と膝が壊されています。もう一人は肘と足の甲が潰れ、肋骨が折れております。まだ続けますか。降参してくれませんか。怪我したお仲間を医者に連れて行って面倒をみる者が必要なんです。みんな動けなくなってしまったら町の人も迷惑です。どうです。降参しませんか。どうしても試合を続けるなら次は容赦をしませんよ。両目を潰し両耳を聞こえなくします。」

 「参った、ワシらの負けだ。」

男が言った。

「ありがとうございます。まずお仲間から刀を外し、貴方の刀を加えた4本を地面に並べてください。私は勝利の証として刀を貰います。貴方は仲間をお医者さんの所に運ぶのがいいでしょう。荷車を借りてだれかに手伝ってもらったらいいでしょう。」

 男は仲間から刀を外し自分の刀を添えて地面に置いた。

イクミは刀を抱え茶店に意気揚々と戻ってきた。

「マリア姉さん、試合に勝ちました。」

「お帰りなさい、イクミ。無傷の一人を残したことは賢かったわ。でも少し状況判断が甘かったわね。見てごらんなさい。残った一人は居なくなっているわ。」

 無傷で残っていた侍は仲間を残して消えていた。

仲間とは言っても数日前に知り合ったばかりの仲間だったのだ。

「まあ、なんと卑劣な男だ。今度出会ったら痛い目に合わせてやります。」

「まあ、仕方がないわね。私たちが何とかしないとだめね。だれもあんな薄汚い男達の面倒を見たくないだろうし。・・・お煎餅は食べ終わったわね。ここを出ます。お煎餅のお土産をもらってから男達を荷車に載せます。武具屋に行って刀を売り払ってから病院に行きます。治療代は刀のお金で何とかなるでしょう。」

 娘達は店の残った煎餅を全部買って包んでもらい、お金を支払い、荷車を通りの真ん中に運び、3人の男を荷車に載せ、もと来た方に向かった。

武具屋で刀を売り、医者のいる場所を聞き、治療所に行った。

その間、男達は苦痛で泣き続けていた。

 教えられた治療所は大きな門構えの立派な家だった。

娘達は門の内に荷車を運び入れ、玄関前でマリアが言った。

「お願いもうします。お願い申します。怪我人です。お願い申します。」

「どうれ」と声がして奥から医者らしい男が出てきた。

「怪我人か。荷車の男達だな。どうした。」

 「町の通りで動けない者がいたので運んで来ました。骨折と目に障害があります。」

男は黙って玄関の草履を履き荷車に近づいて男達の状況を調べた。

「ふうむ、言った通りか。一人は両眼破裂、一人は手首と膝の粉砕骨折、一人は肘と足の甲の複雑骨折だな。」

「その者は肋骨も折れていると思いますが。」

「そうか。・・・確かに。肋骨も折れてるな。・・・分かった治療してやろう。まあ元には戻らんがな。・・・治療費の手立てはあるかな。」

「その者達の刀を売って4両ございます。」

「・・・分かった。4両で治療をしてやろう。」

「ありがとうございます。」

 「怪我人に聞けば事情は分かるだろうが、分かる範囲でどうしてこうなったか話してくれんか。」

「通りで苦痛で泣いていた男達を荷車に載せてここに連れてきました。」

マリアの言ったことに間違いはなかったが、マリアの返答に荷車の男達は「ちがう」と必死に呻いて抗議した。

「怪我人は違うと言っておるぞ。」

 「それはワシが説明しよう。」

突然、娘達の後ろから声がした。

娘達は後ろを振り向くと身なりの良い武士が立っていた。

「これは大前田様、どうしてここに来られたのですか。」

「この娘達に用事があったのでずっと後をつけて来たのだ。・・・その怪我人はこの娘達の一人と試合をして負けた者達だ。男4人と娘一人の試合だ。4人は木刀で娘は素手だった。数秒で娘が勝ち相手は全快不能な傷を負った。男達の一人は逃げ出したので娘達は相手を荷車に載せてここに来たわけだ。途中で武具屋に寄って男達の刀を売ってからここに連れて来た。ここでの治療費まで考慮した冷静な判断だったと思う。」

 「そうでしたか。事情は分かりました。この者達の治療をいたしましょう。・・・娘さん、男達を玄関に並べてくれないか。後はこちらに任せてくれ。家人に手伝わせて治療室にはこぶから。」

娘達は黙って軽々と男達を持ち上げて玄関の床に並べた。

新しく登場した武士に緊張して黙々と並べた。

血はほとんど出ていなかったので玄関を汚すことはなかった。

 マリアが武士に言った。

「私たちに何か御用ですか。私はマリアと申します。」

「拙者は奥向きの警護を担当する大前田忠勝と申す。其方(そち)たちを雇おうと思っている。其方達(そなたたち)は女性(にょしょう)で強い。今は合戦が起ころうとしている。奥向きの警護には最適だと思ったのだ。」

 「しかし大前田様、警護の者は素性が確かな者でなければなりません。私たちは初めてここに来た素性の分からない怪しい者達です。そんな外来者を大切な方の警護に着けてはいけません。」

「そうか。残念だな。・・・其方達の素性を教えてくれんか。素性が分かることになる。」

「ふふふっ。そうですね。素性が分かることになります。・・・私たちは石倉国の国境の隣に住む村の者です。その村は傭兵の村です。1300名の兵士がひっそりと住んでおります。兵士は私たちと同様な手練(てだれ)です。」

 「なんと、傭兵の村で1300名の手練の兵士か。喉から手が出そうな話だな。石倉国の軍勢はせいぜい1000名だ。相手は鍋田国で2000名の軍勢を誇っている。馬も多い。我が方は負けそうなのだ。それで奥方と姫様の落ち延びも考慮しなければならなかったのだ。1300名の兵士が入れば勝てるかもしれない。如何程で雇うことができるのだ。」

 「私たちはまだ戦をしたことがございません。従って私たちの価値を決めることはできません。・・・そうですね。出来高払いで雇うことができると思います。無料で鍋田国の軍勢を破り、鍋田国のお城を落としてさしあげます。石倉国は鍋田国を得ることになります。鍋田国の領土の3分の1をいただきます。それが出来高払いです。石倉国は戦いもせずに鍋田国の3分の2を得ることができ、石倉国は無傷です。我々が破れてもそれは今の状態と変わりません。石倉国は何の負担も生じません。」

「夢のような話だな。其方達が勝てば鍋田国が取れ、其方達が負けても腹は痛まないわけだ。殿にさっそく話そう。其方達に連絡するのはどうすればいいのかな。」

 「大前田様は野盗を追っていた林野守之進様をご存じですか。」

「知っておる。50人の野盗を壊滅させた男だ。」

「林野様は我々の村をご存知です。林野様に言えば連絡ができると思います。」

「分かった。殿に申し上げて林野に連絡させよう。」

「鍋田国を打ち破れば奥方様達の警護に我々を雇う必要もなくなりますね。」

「理屈から言えばそうなるが拙者としてはそなた達と離れたくはないがな。」

「まあっ。まるで恋する男女の言葉のようですね。」

「そう聞こえるな。」

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