第3話 3、石倉国の城下町 

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 石倉国の林野守之進と10名の兵士は来た時と同じ道を通って帰っていった。

半年後、マリアと10人の娘達は筏船で石倉国に行った。

筏船には馬3頭と荷車1台を筏船に乗せ、4本の櫓で筏船を進めた。

7人の娘は後方の船端に座り船の推進に協力した。

娘達は重力遮断して空中に浮遊でき、重力を利用して進むこともできたので舷側を前に押していたのだった。

重い筏船は前方が水面に乗り上げるように進んだ。

それは4丁の艪で進める速さを超えていた。

 筏船は桟橋(さんばし)の近くの岸辺に乗り上げ、馬と荷車が陸揚げされた。

桟橋があるということはそこには道があり、町に行けることを意味した。

上陸した場所には道がなかった。

娘達の村に行く道はないということだ。

 娘一人が筏船に残り、筏船を沖合に戻し、錨(いかり)を下ろした。

娘一人がいれば大抵の海賊には負けない。

筏船には多くの武器が保管されているし、刀で切られようと弓矢を射られようと柔肌を纏(まと)った鉄の体はそれらを跳ね返す。

いざとなれば空から十字弓を射てもいいし、油と火薬玉を投げ落としてもいい。

 陸に上がった娘達はマリアのデザインによる股旅姿(またたびすがた)だった。

紺色の股引(ももひき)と黒の脚絆(きゃはん)に足袋(たび)、裏に鉄板を貼った大きめの下駄(げた)、長めの袖付き筒服と手甲(てっこう)、幅広帯と長脇差(ながわきざし)、道中合羽(どうちゅうかっぱ)と幅広の三度笠(さんどがさ)という出立(いでた)ちだった。

それらの衣服には諸所に防刃繊維が使われていた。

娘達は有頂天だった。

お揃(そろ)いの衣装を纏(まと)い、知らない町に行って知らない人と話ができるのだ。

 「マリア姉さん、いよいよ町に行くんですね。ワクワクします。」

ヨシカは荷車を引きながら横を歩くマリアに言った。

「ふふふっ、こんな格好だからきっと注目されるわよ、ヨシカ。」

「わたし、注目されるのはだーい好き。」

「ヨシカ、先に桟橋小屋があるでしょ。きっと人がいるわ。ヨシカは城下町までの道を尋ねてくれない。」

「本当ですか。ぜひやらせてください。」

「まかせるわ。」

 果たして桟橋の近くの小屋には縁台に腰掛けてキセル煙草を吹かして娘達を見ていた老爺(ろうや)がいた。

ヨシカは老爺の前で荷車を止め、老人の前に行って膝を曲げ、体を低くしてから言った。

「こんにちわ。いいお天気ですね。石倉の城下町に行くにはまっすぐ行くのでしょうか。それとも左に曲がって行くのでしょうか。」

「なんだ、おめえは女か。」

「はい、私たちは女です。石倉の城下町に行くには真っ直ぐですか曲がるのですか。」

「はあっ。船はまだ来ねえよ。・・・そげえたくさんが乗って来たのか。方舟(はこぶね)みたいだったな。」

「筏の上に船を乗せています。あのー、石倉に行きたいのです。い、し、く、ら。」

「ああっ、石倉のお城に行くのか。湖から離れるように行けば町に着く。だが、気いつけた方がええぞ。戦(いくさ)が始まるみたいだでな。みんな荒(すさ)んでる。戦では年寄りは役立たずだからな。ここに居るのが一番ええ。」

「ありがとう、おじいさん。」

 娘達は小屋の正面から内陸に伸びる街道を進んだ。

「マリア姉さん、なかなか話が通じなかった。」

ヨシカは再び荷車を引きながらマリアに言った。

「あのおじいさんは耳が遠いのね。老人性難聴かな。決してボケてるわけではないわ。」

「そうですかあ。受け答えがトンチンカンでしたけど。」

 「聞こえなかっただけよ。・・・ヨシカ、ヨシカは大雨の中でも私の声が聞こえるでしょ。なぜだと思う。」

「それはマリア姉さんの声だからです。」

「どうして私の声だって分かるの。」

「マリア姉さんの声だから・・・そうか、周波数分布パターンがマリア姉さんのパターンだからです。」

 「そうよね。私の声には一番低い音に乗って色々な高い音が重なっているのよね。それが音色(ねいろ)声色(こわいろ)になるんだったわね。老人になると高い音が聞こえにくくなるの。もし高い音が聞こえなくなったらどんな声色になる。」

「マリア姉さんの声ではなくなります。みんな同じ声に聞こえてしまいます。」

「そうよね。世の中には色々な音が出ているの。ここでは風の音、波の音、渚の音、草葉の音ね。でも普通はそれらを雑音と言って無視するわけ。高い音が聞こえなくなると人間の声もそんな音と同じになってしまうでしょ。だから話をすることが難しくなるわけ。老人と話すときはキーを上げて話せばいいと思うわ。それと静かな場所で話せばいいわね。」

「分かりました。人間の耳も正常ならいい機構を持っているのですね。」

「雑音を無視する脳が偉大だからよ。」

 石倉国のお城はそれほど大きくなく、平地にあった。

城下町は慌(あわ)ただしかった。

辻々には陣笠を冠った兵士2名が立っており、家財を載せた荷車が走り、人相が悪い数人の侍が集団でぶらついており、馬に乗った侍も数人の従者を連れてどこかに向かっていた。

目立つ姿の娘達の集団はすぐに辻に立っていた兵士に呼び止められた。

 「おい、お前たち、お前達は何だ。どこに行く。」

「武具と馬を売りに来ました。初めての町でどこに行ったらいいのか分かりません。教えてくれませんか。」

マリアが応えた。

「武具と馬だと。どちらも今欲しい物だな。武具とは何だ。」

「刀13本と長巻5振り、8張の短弓と156本の矢です。それと鎧も13組あります。」

「馬は農耕馬か。」

「いいえ、乗用で鞍付きです。」

「普通なら馬はこの先の問屋場(といやば)で売ることができるし武具は武具屋で売ればいい。どちらもこの先にある。だが今は戦が始まろうとしている。どんな状況か分からん。」

「ありがとうございます。行ってみようと思います。」

 マリア達一行は少し進んでから馬車を止め、マリアはヨシカを連れて問屋場に行った。

馬の値段を知るためだった。

広い間口の問屋場の暖簾(のれん)をくぐると直ぐに恰幅(かっぷく)のいい男が寄ってきた。

「いらっしゃい。主人の馬才です。どんな御用でしょうか。」

「馬を2頭買いたい。如何(いか)ほどでしょう。」

「そうでしたか。残念ながらお売りできる馬はありません、お客様。戦が始まるようなので参戦なさるお侍様やお城の方がみんな買っていってしまいました。・・・でも、一頭だけなら商売用の馬を融通することできます。少しお高くなりますが、それで宜しいですか。」

「いくらなんで。」

 「普通は25両なんですが50両ではどうでしょうか。」

「倍の値段ではないか。戦は儲かるところは儲かるな。・・・馬を売るときにも倍になるのか。」

「今は売り手市場です。言い値で買うでしょうね。ここ2ヶ月が勝負です。」

「そうか。ご主人、騙(だま)して悪かったが、実は馬を売りに来たのだ。野盗が乗っていた馬で戦いには馴れている。3頭75両でどうだ。平時に75両で売っても損はしないし、今なら75両儲かることになる。」

「負けましたね。馬を見せてください。馬の状態が良ければ75両で買いましょう。」

「商談成立かな。今、馬を連れてこよう。」

 馬才は馬3頭を75両で買い、鞍を付けて100両をマリアに支払った。

「お客さんの馬はいい馬ですね。毛並みもいいし、よっぽど丁寧に扱ったのですね。こんな馬ならいつでも買わせてもらいます。」

「そうか。村にはまだ10頭が残っている。値段が普通になる前に持って来れたらいいな。」

「お待ちしております。」

 マリア達は武具屋でも武具を通常よりは高い売値で売ることができた。

長巻と短弓は比較的良い値で売れた。

刀は平時に売れるが長巻と短弓は戦時に売れる。

戦場では長巻は刀より強いし、短弓は接近戦では便利な飛道具だからだ。

 マリア達は空(から)の荷車を引いて城下町を見物した。

運んできたものは売れたし、後は欲しいものを買い、食べたことがないお菓子や団子を食べてから村に帰るだけだった。

マリア達は最初に縁台を店の外に出している茶店に入った。

そこは食事や酒を出す一膳飯屋といったところで、賑(にぎ)わっていた。

 戦が始まりそうな城下町には仕官を目指した無職浮浪の輩(やから)が跋扈(ばっこ)しており、そんな男達は安い茶店で飯を食べ、酒をちびちび飲み、仕官の機を期待して屯(たむ)ろしていたのだった。

当然、腕には多少の自信があり、野盗と紙一重で柄も悪かった。

徒党を組めば野盗になれる。

 マリア達10人は店の外に出ていた縁台に座り、道中カッパを畳んで三度笠に重ねて後ろに置いた。

娘達は長い黒髪をまとめて筒服の中に入れていたが、縁台に座ると黒髪を筒服の外に垂らした。

 若い娘がお盆に土瓶と湯呑み茶碗1個を乗せて注文を取りに来た。

「いらっせえ。何にいたしましょう。追加の湯呑みはすぐにお持ちします。」

マリアが応えた。

「とりあえず団子を10人前と1人前を土産用に包んでくれ。それから、ここには煎餅(せんべい)があるか。」

「えーと、団子10皿と団子の土産一つですね。それから煎餅は醤油で塗り焼いたかき餅がごぜえます。」

「煎餅は何個くらいあるのだ。」

「数えたことはねえですが、100枚ほどだと思います。」

 「そうか、それらを全部買いたい。煎餅と団子は如何程だ。」

「煎餅は1枚2文でお団子は一皿で20文です。ですからえーと・・・。」

「団子は20文の11倍で220文で、煎餅は2文の100倍だから200文だ。合わせて420文になる。」

「お客さんは頭がええなあ。420文になります。」

 「我らはここに初めて来て、さきほど馬を売ったばかりだ。手持ちの金は小判しかない。小判で足りるか。」

「もちろん足ります。小判1両は1分金で4枚、1分金1枚は1朱金で4枚、1朱金1枚は1文銭で250枚だで。・・・えーと、お釣りは1朱金1枚が250文だからえーと・・・。」

「1分金3枚と1朱金2枚と1文銭80枚だと思う。後で計算してみてくれ。」

「ほんとにお客さんは頭がええな。あたいも早くそうなりたい。すぐに湯呑みと土瓶を持ってきます。」

マリア達は団子を食べ、お茶を飲んだ。

味は分からなかったがとにかく村にはない団子を食べお茶を飲みたかったのだ。

途中で煎餅を追加注文した。

 娘達は団子を食べてお茶で流し、互いに町の様子を姦(かしま)しく話した。

若い娘達の話だった。

マリア達がお茶を飲み終える頃、4人の男が娘達の前に来て言った。

「景気が良さそうだな。ワシらに少し恵んでくれんか。こっちはしけてんでな。」

男達は薄汚い衣服に草履ばきで、木刀を腰に刺し、長い刀を下緒(さげお)を肩にかけて吊るしていた。

 木刀を刺しているのは武芸者とみなされ野盗とは思われないためだった。

それに木刀で痛めつけても罪にはならない。

酒も少し飲んでいるようだった。

娘達は話をピタッと止(や)めて男達を見つめた。


**著者注:1両は10万円、1分は25000円、1朱は6250円、1文は25円とした。

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