第2話 2、筏船の建造 

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 娘兵士達は急がなかった。

野盗達が完全に死ぬまでその場で黙(だま)って待っていた。

心臓が止まって流れる血が勢いをなくすと十字弓を射た娘達は矢の回収を始めた。

野盗の鎧の矢を抜いて矢筒に収め、体に刺さった矢を抜いて地面にまとめて置いた。

盗賊を抉(えぐ)った長槍を持つ娘は穂先を井戸の水で血糊を流し、盗賊の衣服で穂先を拭った。

 大石を抱いて空中に浮かんでいた娘達は元の物置納屋に戻って行った。

大石を納屋の片隅に積み上げ、自身は納屋の隅に斜めに立って動きを止めた。

鉄の娘人形になったのだ。

次の娘もその横に斜めに立って動きを止めた。

娘達は次々と娘人形となり、10人が並ぶと11人目からは一人目の娘の前に立って動きを止めた。

10人が並び終えると3列目が並び始めた

結局、100人の娘達は5m四方の地面に密集した娘人形となった。

 短槍と盾を持った娘達は盾を棚に並べ、短槍の穂先に油紙巻いて棚に立て掛けてから動きを止めて娘人形となった。

長槍を持った娘達も同じように武具を格納してから娘人形になった。

十字弓と盾を持った娘達は少し面倒だった。

鏃(やじり)などが壊れた矢をまともな矢に交換してから矢筒に入れて棚に並べ、十字弓の弦は張ったままで棚に並べてから人形になった。

後のことは残っている娘達に任せれば良かった。

適切に保管してくれるはずだった。

 1300人の娘兵士が物置納屋の人形になると残った54人の娘達は後始末を始めた。

野党が残した13頭の馬に水を飲ませ、鞍(くら)を外し、馬小屋に連れて行って飼葉(かいば)を与えた。

13頭の馬が手に入った。

野盗の武具を取り去り、血糊を洗い落とし、油を塗ってから物置納屋に格納した。

13本の刀と5振りの長巻と8個の短弓と13個の矢筒と156本の矢が手に入った。

町に行って武具を売ればそこそこの銭が手に入る。

十字弓の矢の修理には矢柄(やがら)と鏃(やじり)と羽と膠(にかわ)を町で買えばいい。

最後に娘達は野盗の衣服を脱がせ洗濯籠に入れ、裸の野盗は荷車に載せ、牧草地に穴を掘って埋めた。

衣服は役に立たないが死体は牧草の肥料になるだろう。

 「マリア姉さん、これで町に行けますね。」

娘の一人が嬉しそうにマリアと呼ばれた娘に言った。

マリアと呼ばれた娘は湖の方の水田にいた娘だった。

「そうね、ヨシカ。あまりいい武具ではないから高くは売れないだろうけど馬は高く売れると思うわ。久しぶりにお団子を食べたいわね。」

「お団子もいいんですがあたいは子供を見たいんです。小さくてかわいいんだもの。」

「そうね。鳥の子も猫の子もみんな可愛いわね。」

「こんど町に行くときには私を連れて行ってください。」

「ふふっ、いいわよ。米も十分に備蓄できたからもう少し広げてもいいわね。」

 翌日から村の娘達は筏船を造り始めた。

筏の上に板舟を載せた構造だった。

板船建造に必要な材木は備蓄してあった。

新しく物置納屋を作るためでもでもあるし、住宅を修理するためでもあったし、武器を作るためでもあって備蓄してあったのだ。

娘達は最初に村はずれの地面を平らに整地し筏船を乗せるための土台を作った。

 通常、船は重く、進水させるために岸辺付近で造船しなければならないのだが娘達は通常ではなかった。

強い力を持ち、空を飛ぶことができた。

54人もいれば筏船など容易に着水させることができる。

 娘達は胸高直径50㎝以上の杉の大木を10本切り倒し、樹皮を剥がし、角材様に整形し、苦労して手動ドリルで穴を開け、鉄棒ネジとナットで角材を締め付けた。

あとは自然乾燥し、水に乗るように先端を斜めに整形し、樹脂を塗れば基礎の筏ができる。

杉の乾燥比重は0.3から0.4程度だから水に浮かぶはずだ。

 湖にはどんな水中障害があるかもしれないから丈夫で喫水の浅い船がいい。

鉄のボルトとナットは埋め木をして隠せばいい。

幅が5m長さ10m、厚さ50㎝の筏が姿を現した。

まだ生木に近いから重さが20トン近くにもなるが、乾燥すれば10トン以下(9.5トン)になるから筏には10トンの物を載せることができる。

馬は300㎏だから10頭で3トン。

娘達は300㎏だから10人で3トン。

筏だけで使用に十分な浮力が得られる。

 娘達は次に板船を造った。

筏の大きさよりも少し小さめの底板を交差二重に貼り、周囲に50㎝方形の箱をボルト固定した。

箱は物を入れるための倉庫でもあり、船の舷側の一部でもあった。

小さな木の箱は丈夫だ。

舷側の水圧にも耐える。

箱の外側を薄い板で囲み、防水処理をすれば終わりだった。

 波が小さければ板船の排水浮力は20トン程度になる。

筏船全体では船縁までの排水体積は50㎥。

板船の重さは大したことがないから20トン程度の荷物を積載できることになる。

こんな形の船が使えるのは船底の頑丈な筏があるためだった。

いざとなればジャンク船のように十字に横木を通せばもっと積める。

 板船の船底には複数の止水栓が付いている。

大波を受けて板船に水が入っても筏が浮いていれば水は止水栓を通して自然に排水される。

筏船は沈没しない船なのだ。

 「これで半年待てば町に行けますね、マリア姉さん。」

ヨシカはマリアに言った。

「そうね。筏船はもっとあってもいいわね。」

「筏船には帆柱はないんですか、マリア姉さん。」

「そうね、あったら便利ね。荷物の出し入れにも便利だし。」

「井戸に使ってる跳ね釣瓶(つるべ)を付けるのですね。推力は帆ですか。それとも艪(ろ)ですか。」

 「もちろん、艪よ。軽いでしょ。四つ並べてもだれも驚かない。・・・ヨシカ、この筏船は戦船(いくさぶね)ではなくて単なる渡し筏よ。いくらでも強力な戦船を造ることはできるけどこの世界にはまだ早いように思うわ。」

「そうでしたね。・・・でもマリア姉さん、雨はどうですか。若い娘が蓑(みの)と蓑笠で雨に濡れそぼるってのは格好が悪いと思います。」

「ふふっ、そうね。小さな日除け小屋を船尾に載せましょうか。櫓を漕ぐときにも濡れないから。・・・外から見たら御不浄だと思うかもね。」

「毎日排便しなければならないなんて不便ですね。私たちのような体になればいいのに。」

 「そうね、ヨシカ。私たちは力が強く、病気にならないし長生きもできる。エネルギー源はお米だけで完全分解だから排泄(はいせつ)も必要ない。眠る必要もない。理想的ね。・・・でもヨシカ、生体は生体でいいこともあるのよ。排泄すれば『なぜこんなことをしなければならないんだ』って不条理を感じるでしょ。眠くなったら『なぜ眠らなければならないんだ』って思うでしょ。寿命があるから個々に人生があって悩むでしょ。だから生体人間は考えることが多いの。それは生体人集団の発展の原動力にもなるの。私たちも現状に満足してはだめ。常に新しいことを発見し、自分の中に貯めていくの。そうしなければ発展はないわ。」

「分かりました、マリア姉さん。もっと勉強し、いろいろ発見します。」

「そうよ、それが発展の原動力よ。」

 1ヶ月も経った頃、山から1騎の騎馬武者と20名の兵隊が山から村に入って来た。

騎馬武者は鎧を着け、太刀を腰に吊るし、兜は鞍に付けていた。

兵士は陣笠を冠り、小刀を腰に挿し、小槍を杖代わりにしていた。

水田を見回っていた娘はそれを見て大急ぎで村に戻り、軒に吊るした板木(ばんぎ)を小槌で打ち鳴らした。

全ての農家から娘達が飛び出してきた。

 騎馬武者と兵士はゆっくりと歩を進め、村の中央の井戸の東家の横で駒を止め、大声で言った。

「この村の代表者はいるか。拙者は石倉国の林野守之進だ。聞きたいことがある。出てきて欲しい。繰り返す。拙者は石倉国の林野守之進だ。聞きたいことがある。出てきて欲しい。」

 マリアは周囲の娘に何かを伝えた後、騎馬武者の方にゆっくりと近づき、言った。

「私がこの村の代表です。マリアと申します。何を聞きたいのでしょうか。」

「拙者は石倉国の林野守之進と申す。若い娘のようだが村長なのか。」

「この村に村長はございません。既に村の代表だと申しました。聞きたいのはそれだけですか。」

「うむっ、そうだったな。・・・聞きたい目的は一つだがそなたの答えによってはいくつかの質問になると思う。」

 「明晰なお応えです。目的はなんですか。」

「うむっ。野盗の行方を知ることが目的だ。この村に入る前に鍋と椀を見つけた。それで野盗の集団がこの村に来たと推察した。野盗はこの村に来たのか。」

「来ました。」

「それでどちらの方向に行ったのだ。」

「どこにも行っておりません。野盗は畑の下に眠っております。」

「なんと。そなた達が退治したのか。」

「さようにございます。」

 「野盗は武器を持っていたろう。よく退治できたな。」

「・・・。それは質問ですか。」

「むむむっ。・・・すまなかった。・・・野盗の人数と持っていた武器とどのように退治したのかを知りたい。」

「野盗は13人でした。武器は13本の刀と5振りの長巻と8張の短弓と156本の矢でした。200本の矢の斉射2回で戦闘力を奪い長槍でとどめを刺しました。」

 「なんと。・・・だが200本の斉射はどのようにしたのだ。村人は50人ほどしか見えないぞ。」

「予備兵力がございます。この村は兵士の村です。相当の対価によって兵力を提供することができます。」

「要するに傭兵の村だな。」

「左様にございます。」

「・・・ワシは無事にこの村を出ることができるのか。それとも畑の肥やしになるのか。」

 「ご心配には及びません。貴方は無事にこの村から出ることができます。敵対行動を取りませんでしたし、この村の存在を知らしめても良い時期だと思います。お聞きしてもよろしいでしょうか。」

「なんだ。聞いてもいい。」

「石倉国はどこにありますか。」

「そんなことも知らんのか。拙者が来た左の山の向こうにある。湖に面している小さな国だ。盗賊達が居たのは国境の外(そと)だった。この村は我が国の領域には入っていない。」

「ありがとうございます。石倉国が戦力を欲しい場合があったらお知らせください。」

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