さいはてのスーパーやくざ(異端の子ら4)

藤山千本

第1話 1、強い村 

<< 1、強い村 >> 

 山の中腹、細い山道に13頭の馬を引いた13人の男達が現れた。

男達が引く馬には簡易の兜(かぶと)と短弓と矢筒と数本の竹の水筒と小さな鍋がくくりつけられていた。

男達は盗賊集団であり、どこかの国の兵士の急襲を受け巣窟の後ろの山に逃げ出した者達だった。

食料を持ち出すこともできず、水筒と鍋を馬にくくりつけて逃げ出した。

道のない林の中を馬を引いて登り、尾根に達して少し下(くだ)ると偶然にも山道らしき道を発見した。

50人もいた仲間は今では13人になってしまっていた。

 眼下の谷間が木立の間から見える場所に来ると一人が言った。

「お頭、しばらく隠れるには手頃な村みたいでんな。」

「うむ。そうだな。豊かそうな村だ。こんな村があったとは知らんかった。」

「まあ、周りが山で道もなさそうです。追捕(ついぶ)の兵も知らないかもしれませんぜ、お頭。」

「そうだといいが、とにかく腹がへった。朝飯も昼飯も抜きだからな。夜明けから襲撃された。くそー。どこの兵だったんだ。」

「分かりません。この辺りの国境は曖昧ですから。」

「まあ、とにかく村に行こう。10人も殺せば制圧できるだろう。」

「了解。」

 山道とは名ばかりの下草の高さが周りの草より少し低くなっているだけの道を下ると村の様子も分かるようになった。

村の農家は13戸。

どの家も同じような造りになっており、中央の広場を囲んで建っていた。

広場の中央には石で囲まれた井戸があり、井戸の周囲は石畳が敷かれ、井戸を覆うように東屋(あずまや)が建てられている。

 集落の周囲は山際まで水田が広がっており、水田には稲が育っていた。

周囲の山からの小川の水を水田に引き、水路は村を通り過ぎ、再び水田を潤(うるお)し、森の向こうの湖に流れ込んでいるようだ。

少し不思議だったのは畑がほとんどなかったことだった。

それと13戸の農家の裏には大きな物置納屋が建っているのも不思議だった。

米を備蓄するには大きすぎたからだ。

 この集落の周囲は3方が山で囲まれ、一方が深い森を挟んで湖に面している。

山道がなければ山からは入ることができず、湖からも湖岸から茂る森を見れば入る気が起こらなくなる。

隠れ里のようだった。

野盗が居座(いすわ)るには都合がいい。

 野盗達は山際に達すると兜と面頬を着け、短弓と矢筒を着け、馬から不要なものを取り去って襲撃の準備を整えた。

そこから見えた村人は5人だった。

近くの水田の農道に長い柄の鎌を持って道端の雑草を払っている娘が一人と湖側の水田に一人、村の水路の洗い場で洗濯をしている女が3人だった。

 「お頭、女しか見えないですね。」

部下が殺されていなくなった小頭(こがしら)が言った。

「若い娘もいるようだな。・・・てめえら、娘は殺すんじゃあねえぞ。」

「へい。分かってまさ、お頭。」

子分も同じ考えだった。

「13戸だから1戸で男3人として40人か。纏(まと)まると厄介だな。弓を使え。3人が一組だ。一軒一軒潰していけ。3人はワシと一緒だ。まず男を殺せ。家に火はつけるな。煙がでる。」

 13人の盗賊は山道から農道に出ると馬に飛び乗り、襲歩で500mほど先の村落に向かって馬を駆(か)った。

農道にいた娘は蹄(ひづめ)の音で気付き、あわてて農道から50㎝幅の畦道(あぜみち)に逃れた。

洗濯をしていた3人の女は洗濯物をそのままにそれぞれの家に掛け戻った。

湖側の農道にいた女は騎馬集団が村に近づくのを見るとゆっくりと畦道に入り、不思議なことに村落に向けて歩き始めた。

 30秒ほどで騎馬集団は村の広場に達し、3群が3方に散って農家に向かった。

頭を含む4人は井戸のある東家の横に留まり、状況を見ていた。

農家に達した盗賊は馬を降り、板戸を蹴破り、一呼吸置いてから中に飛び込んだ。

家は広い土間にそって黒板張りの間があり、板間の中央には囲炉裏が切られていた。

4人の娘が開けっ放しの奥の間の板戸を背に寄り合って座り、入って来た男達を見ていた。

二人の娘は囲炉裏の火箸を持って身構えていた。

 「なんだ、娘だけか。他に誰かいるのか。」

娘の一人が男を睨みながら「いねえ。」とボソッと言った。

「まあ小せえ家だからすぐに分かる。殺さねえから外に出な。」

娘達は火箸で威嚇しながら、かたまって上がりはなの草履(ぞうり)を履いて外に出た。

男達は台所と奥座敷を調べてすぐに入り口から出て来た。

「てめえら、ここから動くなよ。逃げ出したら矢で射(い)られるぞ。」

男達はそう言い残して馬を引いて隣の農家に行き、同じように押し入った。

 隣の農家には3人の娘が居た。

囲炉裏の火箸と包丁を構えて囲炉裏の向こうにかたまっていた。

「なんだ、ここも娘だけか。男は居ねえのか。」

「おめえ達だけだ。」

娘の一人が気丈に言った。

「なかなか元気な娘だな。へへっ、殺さねえから外に出な。」

盗賊は短弓を構えながら弓を小さく振って入口を示した。

娘達は立ち上がって包丁と火箸の武器を構えながら外に出た。

「てめえら、ここから動くなよ。逃げ出したら矢で射(い)られるぞ。」

男達は前と同じようにそう言い残して隣の農家に押し入った。

その農家も4人の娘がおり、次の農家にも4人の娘だけだった。

 他の農家も同じだった。

13戸の農家の前に立っているのは全て若い娘で52人が居た。

水田の畦道にいる二人を加えると54人がこの集落の住人らしい。

娘達の顔はそれぞれ違ったがだれも美形だった。

 「何だこの村は。男が居ねえってか。女護ガ島か。」

女達を見てお頭が言った。

「お頭、『女護ガ島』じゃあねえですぜ。『女護ガ村』でさあ。」

「ちげえねえ。楽しくなりそうだな。・・・おい、猿と亀、てめえ達は畦道にいる女を引っ張ってきな。外に知らされたら面倒だ。逆らったら殺してしまえ。女に不足はねえ。」

お頭は横にいた手下二人に指示した。

「ガッテンで、お頭。へへっ。」

 二人の手下は馬を山の方に走らせた。

湖の方にいた娘は畦道を村の方に近づいて来ていたからだった。

二人の手下は二手に分かれて農道を進み、左右から挟むように近づき、短弓を構えて近い方の一人が言った。

 「おーい、そこの娘。こっちに来な。逆らわなけりゃあ射殺さない。・・・怖けりゃあ鎌を持ったままでいい。」

「おめえ達はだれだ。」

娘が言った。

「山の向こうから来たもんだ。追っ手が来なければこの村に暫(しばら)く逗留(とうりゅう)するかもな。飯を食って寝るだけだ。逆らわなければ殺さねえから安心しな。」

「ふん、追われている盗賊か。きっと後悔するぞ。」

「なかなか威勢がいい尼(あま)っ子だな。・・・どうする、来るのか田んぼの肥やしになるのか。」

「行くさ。おめえ達がくたばるのを見たいからな。」

「口の減らねえあまっ子だな。まあおもしれえ。・・・馬の前を歩きな。」

娘は恐れる様子もなく畦道から農道に出て村の方に歩き始めた。

 娘と二人の盗賊が村の広場に着くと、娘は農家の前に立っている娘達の中に入り、事情を聞き始めた。

その頃には湖側の畦道にいた娘も村の広場に着き、黙って農家の前に立っていた仲間の中に入り、時々盗賊の方を睨(にら)みながら仲間から事情を聞き始めた。

 そんな様子を見て盗賊の頭はなぜか胸騒ぎを覚えた。

だいたい、この村はおかしかった。

先ず男が居ない。

居るのは若い娘だけで年増(としま)も老婆も子供も居ない。

それに、女達は自分たちを全く恐れていない。

包丁や鎌や火箸を持って構えてはいるが、そんな物で弓矢を避けることはできないし、長巻や刀に勝てるはずがないのに恐れていない。

 農家を調べていた野盗の一人が馬を寄せて頭に報告した。

「お頭、農家を調べました。他の人間はいませんでした。・・・ですがお頭、この村は何か変ですぜ。まず便所がねえんす。それと裏のバカでけえ物置納屋には米俵がうなってましたが、動かねえ娘の人形も並んでいるんでさあ。」

「なんだそりゃあ。娘の人形ってなんだ。」

「あの娘達と同じ姿なんですが動かねえんでさあ。鉄でできているようで重くて硬いんでさあ。」

「鉄の人形だってえ。・・・まあ娘らに聞けばいいか。・・・てめえら、娘達を1箇所に集めろ。」

 頭は周りの手下にそう命じたが、手下達は唖然として娘達を見つめていた。

娘達は家の入り口の戸板を外して盾がわりに立て、入口に立て掛けてあった筵(むしろ)束も盾代り立てていたのだ。

娘達は火箸、包丁、心張り棒、鎌、地面の小石などを持ち、戸板や筵束の後ろに隠れ、抵抗の意思を示していた。

いつの間にか13人の盗賊は戦う意思を持った50人余りの娘達に囲まれていたのだった。

 「なんだてめえら、刃向かおうってか。」

盗賊の頭が怒鳴ったが娘達は何も答えなかった。

盗賊の頭は「殺せっ」と言おうとしたが娘達の後ろの光景を見て息を呑んだ。

農家の後ろの物置納屋から次々と娘達が出て来たからだった。

 娘達は片手に盾を持ち、片手に十字弓を持っていた。

他の農家の物置納屋からも盾と短槍を持った娘達が続々と出て来ていた。

別の農家の物置からは両手に30㎝ほどの石を抱えた娘達が出て来た。

なんと、その娘達は空中に浮かんでいたのだ。

また別の物置からは7mもの長槍を持った娘集団が出て来た。

各物置納屋から出て来た娘達は100人で、13人の盗賊はたちまち1354人の武器を持った娘集団に周囲と上空を囲まれた。

 盗賊の手下達は不安を感じ広場中央にいたお頭の周りに駒を寄せた。

「お頭、何だこいつらは。」

「分からねえ。とにかくここから逃げる。・・・うぐっ。ぐっ、ぐっ、ぐっ。」

言葉の最後は苦痛の声だった。

 周囲の200丁の十字弓から矢が一斉に放たれ、4本の矢が簡易鎧の隙間に突き刺さったのだった。

鎧には8本の矢が刺さっていた。

馬には一本の矢も当たらなかった。

2回目の斉射で13人の盗賊は落馬した。

1354人の集団は13人を囲むように近づき、長槍を持った娘達の13人が長槍を鎧の隙間に刺し入れて捻り抜いた。

他の娘達は盗賊の動きが止まるまでその場で無言で見つめていた。

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