第29話 29、決勝戦 

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 福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)が言った。

「これから4回戦を行う。試合は1試合ずつ行う。時間は倍の10分間だ。・・・第3回戦の勝者は前に出よ。名乗ってから始めよ。」

4回戦第1試合は尺八と短弓の戦いだった。

「福竜国の僧、酒池覚心(しゅちかくしん)、得物は木刀と尺八。いざ。」

「五月雨国の太田玄心(おおたげんしん)、得物は短弓。いざ。」

 酒池覚心こと平手造酒は木刀を左腰に差し、左手に深編笠を持ち、右手に尺八を持って対峙した。

太田玄心は最初から2本の矢を弦につがえ、弦を引く右手にさらに2本の矢を持って対峙した。

深編笠が盾の役目をするのは明らかであり、弦につがえられた2本の矢が相手の体勢を崩すためであることは明らかだった。

 見合いの時が過ぎ、太田玄心から攻撃を始めた。

平手造酒の左前側へのフェイントに太田玄心は弓を水平にして2本の矢を同時に発射した。

2本の矢は水平に広がり、1本は平手造酒の動いた方向に向かい、1本は平手造酒の次に動く方向であろう方向に向かった。

平手造酒は反動をつけて右前に突進し、近づく矢を深編笠で防ぎながら尺八を下手で相手の顔と弓の間に向かって投げつけた。

 相手は次矢をつがえる時だったが、顔に向かって水平に回転しながら向かってくる尺八を避(よ)けざるを得なくなり、不本意ながら左に跳躍した。

それが平手造酒の狙っていた瞬間だった。

深編笠を相手に向かって投げ、間合いをつめ、腰に差していた木刀を抜きざま、相手の左胴を払った。

「勝負あり。」と審判が言った。

相手は痛さをこらえて「参った」と言い、平手は落ちていた深編笠と尺八を拾った。

 4回戦第2試合は鎖鎌と木刀の戦いだった。

「武者修行中の宍戸梅軒でござる。得物は鎖鎌。いざ。」

「五月雨国(さみだれこく)の名無権兵衛。得物は木刀。お手柔らかに。いざ。」

名無権兵衛は二刀流だった。

 「あらっ、あの権兵衛さん、さっきは下段の一刀流だったわよね。」

マリアは近くのサムタに言った。

「そうでした。相手が鎖鎌だから二刀流にしたんですね。あったまいい。」

「居合いとの戦いでも二刀流にするかもしれないわね。」

「そうですよね。鞘から出たら刃速は落ちますから。イクミとサオリに伝えておきます。」

名無権兵衛は小木刀を鎖に巻き付けさせ、接近して勝ちを収めた。

4回戦第3試合はイクミとサオリの戦いだったがサオリがジャンケンで勝った。

 福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)が言った。

「これから5回戦を行う。対戦表によれば5回戦は3名による巴戦であった。連続して2回勝てば優勝だ。しかしながら殿からの要請により組み合わせを変更する。5回戦の第1試合は酒池覚心(しゅちかくしん)殿とサオリ殿。第2試合は名無権兵衛殿とイクミ殿とする。イクミ殿は第4回戦でサオリ殿との対戦であったが戦わずして『まいった』をした。仲間同士であったためだと推察した。この決定に疑義がある者はおるか。・・・ないようだな。第1試合を始める。両名、前に出よ。互いに名乗ってから始めよ。」

 酒池覚心こと平手造酒(ひらてみき)は深編笠を冠った虚無僧姿で現れ、サオリは三度笠と道中合羽の股旅姿で現れた。

 「福竜国の僧、酒池覚心(しゅちかくしん)、得物は尺八と木刀。いざ。」

「マリシナ国のサオリ。得物は木刀。いざ。」

「始め」の合図でサオリはまず後方に跳んだ。

サオリは相手を眺め、突進することはせず、左手を鞘にするように木刀を握り、右手を下げたままゆっくりと前進した。

居合いの勝負にしたのだ。

それを見た平手造酒は尺八を腰に差し、木刀を両手で正眼に構えた。

 相手は居合いで来る。

逆手で左から払うか、下から払うか、右から払うか、順手で左から払うか、上から振り下ろすか。

順手は伸びて来るし、逆手は方向が多い。

 サオリは間合いに入ると踏み込みながら順手で左から払った。

平手造酒は木刀を体側に着けながら左後ろに跳んだ。

サオリの木刀は平手造酒の木刀に当たり、木刀を折ったが、サオリの木刀も折れてしまった。

サオリは平手造酒の右側を通り過ぎ、右手を返し伸ばして折れた木刀を平手造酒の喉に当て、平手の後ろで止まった。

 「参った。」

平手造酒が言った。

「勝負あり」と審判が言った。

平手造酒は足元に落ちていた木刀の片割れを拾い、ため息混じりに木刀を見つめた。

サオリは遠くに飛んでいた木刀の先を拾って席に戻った。

 第2試合が始まった。

相手の名無権兵衛は予想通り二刀流だった。

「五月雨国(さみだれこく)の名無権兵衛。得物は木刀。いざ。」

「マリシナ国のイクミ。得物は木刀。いざ。」

「始め」の合図でイクミはとりあえず後ろに跳んだ。

名無権兵衛は左手の小木刀を横にねかせ、右手の大木刀を体側に付けて垂らした。

 イクミは相手の左手小木刀は水平に回転させながら投げるだろうと予想した。

小木刀を避けたり払ったりした時に飛び込んで逆袈裟に跳ね上げるのだろう。

しかも右手は体側に着いている。

居合いと同じで力をかけた状態で体側から離せばずっと早い刃速が得られる。

しかも逆袈裟斬りは避(よ)け難(にく)い。

逆手に持ち替えるかもしれない。

 イクミはゆっくり近づいて行った。

要するに避けたり払ったりしなければいいのだ。

果たして間合いに入ると相手は小木刀を水平に回転させながら投げた。

イクミは待っていたように居合いの一閃で小木刀を前に打ち返した。

小木刀は回転をさらに増して相手の体幹に向かって飛んで行った。

 イクミは大きく右前に跳び、着地と同時に地面を蹴って左前に進んだ。

相手が小木刀を払った時にはイクミは既に相手の後ろに回っていた。

イクミは木刀を相手の左胴に寸止めせずに打ちつけ、木刀を引いて相手の左首に寸止めで触れた。

相手は苦痛の表情で首に触れた木刀を無視して崩れ落ちた。

「勝負あり」と審判が言った。

 名無権兵衛が支えられて会場を出て行くと殿様が言った。

「見事、見事じゃ。・・・だがなぜ胴は寸止めしなかったのだ。十分な余裕があったように見えたが。」

サオリは木刀を下げて立ったままで答えた。

「はい、名無権兵衛殿は小木刀を払った後に順手から逆手に変えておりました。背後の相手に対しての突きを考えているのだと思いました。それ故(ゆえ)胴への寸止めは行いませんでした。」

「なるほど、名無権兵衛は寸止めを予想して相打ちを考えたのだな。・・・うむ。見事だった。」

 福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)がイクミに言った。

「これからサオリ殿とイクミ殿との優勝戦を行う予定だが。次もジャンケンをするつもりなのか。」

「いいえ、戦います。・・・ですが形式的な戦いになります。先ほどマリア姉さんから指示されました。形式的に戦って優勝賞金と次点賞金を頂こうと思います。真剣に戦えば時間内に勝負は着きません。それでは両者失格となってしまいます。私たちはこれまでは「まいった」負けをして来ましたから参加賞の1両を貰えなくなってしまいました。戦略的なミスだとマリア姉さんはおっしゃっておられました。」

 「心配しなくてもいい。一度でも試合に勝っていたら参加賞の1両は支払われる。・・・両者優勝ということでどうか。賞金は30両ずつだ。」

「それで宜しければ、そうしていただきたく存じます。」

イクミはマリアの方を見てから言った。

マリアは片手で耳の横に指の輪を作っていた。

「分かった。一旦、席に戻っていてくれ。準備ができたら呼ぶ。」

 イクミは「ん組」のマリアの所に戻った。

サオリも他の娘達もマリアの後ろに集まっていた。

30両が載った三宝、二つが用意されると、龍興興毅がマリア達の方に来て言った。

「その方たち8名の代表はだれだ。」

「私が代表です。」

マリアが答えた。

「殿が話をしたいそうだ。全員が御前に出てくれんか。」

 マリアと娘達は殿様の前に横一列に立膝で並んだ。

イクミとサオリの前には30両が載った三宝が置かれた。

殿様が言った。

「国主の福竜月影じゃ。イクミ殿とサオリ殿、見事な戦いだった。優勝者は両名とする。まずは賞金の30両を収(おさ)められよ。」

イクミとサオリは両手で30両を取り、一度捧げてから懐に入れた。

「うむ。これで武芸大会は終わる。・・・予想できなかった結果だった。股旅姿の娘達が優勝するとは思わなかった。しかも8人が皆同じ力とはな。マリシナ国とはどこにあるのじゃ。」

 「福竜国の対岸にございます。」

マリアが代表して答えた。

「福竜の対岸は鍋田か大石だと思うが対岸のどこじゃ。」

「鍋他国の湖側でございます。鍋田国は現在ございません。石倉国とマリシナ国になりました。」

「鍋田は大きくて強そうな国だと思っていたが石倉国に滅ぼされたのか。」

「左様にございます。」

 「どのようにマリシナ国ができたのだ。」

「我らは傭兵の集団です。要請を受け、相手の国を滅ぼします。褒賞は奪った国の3分の1です。石倉の要請を受け、鍋田を滅ぼしましたので鍋田の3分の1を得、マリシナ国を作りました。」

「傭兵の国か。」

「左様にございます。」

 「軍勢は如何程(いかほど)じゃ。」

「現在は2600でございます。」

「褒賞は分かったが、雇用する費用はいかほどじゃ。」

「成功報酬制でございます。事前費用は不要です。」

「恐ろしい軍団だな。誰でも簡単に雇用することができるというわけか。」

「左様にございます。」

 「だれに頼めばいいのかな。」

「私です。」

「其方(そなた)の名前は何というかの、すまん、忘れてしまった。」

「マリアと申します。」

「マリア殿が軍団を率いているのか。」

「左様にございます。」

「だが、其方(そなた)は今この地にいる。旅をしているわけだな。どのように其方に連絡したらいいのかな。」

「マリシナ国に来て誰かに伝えればいいと思います。迅速に対応はできませんが。」

 「それでは間に合わないかもしれないな。」

「そう思います。それが自国の軍隊とは違うところです。・・・国を攻めるには十分な準備期間が必要です。国が攻められる時はそれなりの兆候が現れます。十分な時間はあると思います。」

「そうは言ってもな。」

「それに私が要請を受けるかどうかは未定でございます。マリシナ国など存在しないと思われた方が宜しいかと存じます。」

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