第34話


 昼食の時間になり、食堂ブースに第零部隊が集結した。食堂とはいえ、エキスポ会場の一部でもあり、全て展示品による料理となる。少しでも自社製品による味の向上を図るために、プロのシェフを雇う企業すらあるのだから、侮れないブースである。等間隔に四人掛けの机が並んでいるが、それらは全て別の魔具となっており、座席によって机や椅子に込められた魔導や姿形が変わる。第零部隊が腰かけているのは、椅子のない机であった。防御魔導を応用した製品で、机の1メートル以内で腰を下ろすと、自動で透明な椅子を生成、通常の木製製品よりも遥かに頑丈な椅子は、人間工学に基づいた柔軟性のあるものが採用されており、空間にハンモックと椅子の融合体が並ぶようなものだった。母に抱えられているかのような安心感と安定感があり、座り心地が良すぎて、そのままの姿勢で寝れそうなほどだった。イコは、尻を少しずつ動かして、この製品にどの程度の反応速度があるのか、意地の悪い確認をしながら食事をしていた。


「で、どうだったの?」


 ラナは、対面に座るミームとチェリアを見た。彼女たちは、ホクホクとした顔で食事をしており、外観から得られる感触は良いように思えた。


「特に目を惹いたのは、やはり自動車でしょうか」

「やっぱり大きい商品には目が行くわよね。特に車なんかは、色もきれいで視線を集めやすいもの。で、どこの企業の商品?」

「ジャンク社です」


 ミームは、何故か自慢げにフォークをクイっと手首で持ち上げた。彼女はパスタを食べており、フォークからは、だらりと靴紐のように小麦の塊がぶら下がっている。フライヤーにより素揚げにされたエビの殻を砕き、その出汁により茹で上げられたパスタは、甲殻類の持つ特有の出汁の力を、彼女の口内にて存分に発揮していた。空気を振動させて熱を生み出し、一瞬にしてエビをフライにする技術は、どの企業からも注目されていた。


「ジャンク社っていうと、格安自動車の?正直なところ、車は高ければ高いほど製品として優れていると思うんだけれど…それでも凄いの?」

「はい。どうにも、ジャンク社は新しいエンジン機構の開発に成功したらしく、従来の高級車に匹敵するほどの速度を、十分の一程度の価格帯で再現するようです」

「あらら、価格破壊もいいところね。競合他社からすればテロみたいなものよ」

「本当に恐ろしいことになりそうですよ」


 笑えない状況に苦笑いすると、ミームはパスタを口に運んだ。口内に広がるエビの香りと旨味が、パスタそのものの味を数段階向上させている。特に香りの強さは、鼻からパスタを啜ってしまったのかと思えるほどだった。


「私が高級車を買う前でよかったれふ。資産としては高級車は怪しくなりまふね」


 チェリアは、少しだけしょんぼりとしながら食事を続けている。彼女としては、高級車に俗世的な憧れを抱いており、そこに不動の価値を見出していたのだ。価値観が崩壊したことにより、肉体的な疲労をもたらしたのか、彼女は手だけで簡単に食べられるパンを選んでいた。その手軽さとは矛盾して、カロリーを欲しているようで、目前にはたっぷりバターのクロワッサンが三つ並んでいる。クロワッサンは、何度も生地を重ね折りすることにより、サクサク感とふんわり感を同時に再現した逸品である。通常よりも三回ほど重ね折りされた生地は、そうした特色のある触感を更に強めていた。クロワッサンの生地には不壊の防御魔導が施され、デリケートな生地を焼成から保護しているのだ。


「チェリア、不動の資産は土地よ」

「え?でもバヘイラは、国土のほとんどを国が管理してて、国民が買えるような土地はありませんよ?」

「バヘイラでは…ね。他国に視線を伸ばせば、土地なんていくらでもあるのよ。上手く運用すれば、相当な資産を作れちゃうってわけ」

「えぇ~…興味はありますけど、難しそうです」

「せっかく私の部下なんだから、今度丁寧に教えてあげるわよ」


 ラナとチェリアの繰り広げるセミナーを、イコは自然に受け流していた。こうした資産運用セミナーは、頻繁にラナから部下たちへ広報されるが、その手の話に彼が興味を示したことはない。しかし、頭上にいるスタークはそうでもないようで、頭上でポヨポヨと揺れながらも、ラナの話を真剣に聞いているようだった。居候として、何らかの稼ぎを考えているのかもしれない、とイコは思った。イコがフォークで焼き魚と戯れている間、ラナの話は完全にBGMと化している。この焼き魚の面白い所は、焼き方ではなく養殖場に特徴があるところだ。魔導により水槽そのものに養分を含ませ、水の中を泳いでいるだけで魚は食事をしていることになる。通常ならば、魚が食さないものさえ水の中で自然に与えられることで、魚の味をコントロールできるようになってしまった。美食家の多い魔導社会において、相当な人気商品になることは間違いない。


「イコさん的には、何か面白い魔導はありましたか?」


 BGMが鳴り続ける中、いつの間にかミームはイコを見ていた。


「そうだなぁ~ここ最近の魔導発展速度は凄まじいぞ。どれも面白かったが、抜粋するならば~筋力増強外骨格だな」

「それ、何ですか?」


 ミームは、パスタを巻きながら首を傾げた。


「人体の外側に、もう一つ骨格を設けて筋力を強化するみたいだ。デザインもよくて、何というか未来的な感じがカッコよかったな」

「う~ん、どんなのか見てみないとイメージできなそうです。でも、その内容なら強化魔導で賄えるのでは?わざわざ外骨格?を用意する必要はないような…」

「強化魔導は、人体の限界に左右されるだろ?単純な筋量ならショベルカーに劣る。だがもし、人間がショベルカーになれたら?もうすぐそんな社会が来るかもしれんぞ」

「…それは、想像が膨らみますね。色んな業務の幅が広がりそうです」


 パクっとパスタを口に含み、咀嚼を始めるミーム。彼女の頬と同じく、新たな未来に想像を膨らませているのか、咀嚼しながらも口角は歪んでいた。


 食事を終えたイコらは視察を再開し、午後も新たな魔導との出会いに心を躍らせた。魔導を愛するイコらにとって、エキスポという魔導の祭典は、夢のような時間を彼らにもたらした。最終日である金曜日を迎えるのは、あっというまのことであった。

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