ブラックルーラー Ⅱ
奥へ進むごとにゴブリンが増え、その都度戦い、更に奥へ…
やがて、見覚えのある黒い服装の少女を目にした
地面にはゴブリンの死体その数五十と、空の回復ポーションが二個転がっている
それでも尚ボロボロになっている少女の手には回復ポーション…ではなく———
「———!?おい待てー!!」
「ふぇぁ…っ!?あ、アッシュ…?」
全速力で少女のところへ駆け、黒い少女の手にしているのは———魚の形をしたメロン模様のビンを振り払った
「な、なにするの…!」
メロン模様のビンは床に落ちて見事に砕かれ、中に入っていた液体は地面を水浸しにした
「お前…この薬がどういう物かわかっているのかっ!」
「…何をそんなに怒って…これ、もしかしてハイポーションじゃない…?」
「は、ハイポーション…?」
…いや、これはどう見ても危険薬物"イエローパーチ"だ
「…お前これをどこで手に入れた?」
「ギルドの…男の人の商人だったかな大分大人な…たしか隣国の旅商人」
ま、まさか…
「アッシュみたいな綺麗な白髪の旅商人から安く手に入れたの」
「………」
俺は衝撃の事実に少しの間正気を失った
ち、父が…この子にこの薬を…?
イエローパーチの副作用は気分が落ち込むが、その落ち込み具合は自殺に追い込まれる程と言われている。例外は稀だ
故に最も危険な薬物の一つである
「…実はハイポーションじゃなくて、危ない物だった?」
「そうだよ……これはイエローパーチと言ってね———」
この危険薬物について説明をした
「———なんでそんなのが……」
「実はさ、その旅商人は…」
言葉が詰まる…自分でも事実を受け止めるのが難しい
「その…その旅商人は…俺の、父親なんだ」
それでもこの黒い少女の為になんとか言ってやった
「………」
少女は俺の一言で放心した様子で固まっていた
やがて少女は正気に戻り口を開く
「き、君たちは私を…隣国から殺しに来たの?」
「俺は違う!…ただ父は、何考えてるかわからなくて」
本当に何考えてるんだ俺の父は
「…そっか……アッシュがそうじゃないなら、良かった」
気持ちを切り替えたかのように顔が変わり、俺を見る
「とりあえずクエストを終わらせないと…アッシュ、この先にゴブリンロードがいる」
そんな話をしてる場合じゃないと言わんばかりに話が切り替わった
なんでその先にゴブリンロードが居ることを知ってるんだろう…なんて、少し考えればわかる事だ
既にゴブリンロードと戦って退いたんだ
ゴブリンロードはきっと、逃げたルーラーを巣のゴブリンたち全員でこの子を追わせたのかも…
「だから———私ひとりで行く」
「………」
納得いかないが、一人で五十匹程のゴブリンを相手にできる子と一緒に戦うなんて、想像しなくても俺が足でまといになる事は明白
だからと言って、一人で戦うなんて危険だ。今度はルーラーも何かいい作戦でも思いついたのかも知れない…でも、せめて俺も一緒に行って後方で魔法を何回か放とう
「アッシュは入り口に戻って待機!ブラックルーラーの命令!」
「お、おま…そんな戻るわけ…俺だって魔法で援護するから———」
「いいから戻って!あれに魔法は効かなかった!アッシュなんて足でまといだし…」
「………っ!」
そうだ、そもそも俺は今日初めてクエストを受け、初めてモンスターを倒したのだから、いきなり誰かと組んで強敵と戦うなんて無茶にも程がある
ましてや今日知り合った人とでは俺が文字通り足でまといになるだけだ
「…死ぬなよ、ルーラー」
悔しいけど、俺はゴブリンロードと戦わずせめてゴブリン共を倒そう
「…!…任せて」
お互い背を向け、お互い前に一歩…また一歩と進み…そして小走りで奥へと向かった黒い少女
我慢がならない
俺は振り向きダッシュでそばへ駆け寄り、行ってしまわないようその小さな体を強く抱き寄せた
「……っ!!?…アッシュ!?」
勇気を出せ、ここで俺だけ退いてたら男じゃない
男なら、虚勢でも何でも張ってでも、強敵相手でも戦い護りぬけ
そう自分の心に喝を入れ、抱き寄せた少女をゆっくりと解放する
「ゴメンな、俺はお前を失いたくない…らしい」
…少女も振り向いた
「…そんな事言われたの、初めて」
暫く抱きしめ…嬉しかったのだろうか、やがて笑顔を見せてくれた
「本当に言われたの初めて」
「初めてか、なんだか光栄だね」
「ふふ、どういう事なの」
ふふふっと笑う黒い少女
なんだか不思議な空間が出来上がりつつも背後から、気配が多数近づいてくる…
名残惜しくも抱擁を解放し、後ろを警戒した
闇の奥から複数の足音が聞こえ、姿はまだ確認できない
「…ここに来る時周りを見た?」
「ああ、所々穴が空いてて、まるでアリの巣みたいにいくつもの部屋があるな。中には大量の気配が沢山あった」
「それらを無視してゴブリンロードを倒そうって思って、無駄な戦闘を避けて最奥に行ったんだけど…私だけじゃダメだったみたい」
「そっか…でもさ、何となくだけど…」
「ん…?」
「今の俺たちなら、ゴブリンロードくらい倒せそうな気がするんだ」
「…今日が初陣だというのに、自惚れすぎ」
「ルーラーには劣るかも知れないけど…接近戦には多少自信があるから」
黒い少女は右手で左目の上から親指、人差し指、中指を広げて謎のポーズをとる
「……なら、まずは後ろのゴブリン共を倒して見せて」
ダダダダと沢山の足音が段々と大きく聞こえ、ゴブリン達の姿を確認出来るほど迫ってきた
「………」
危なくなったら助けてくれ
「さすが私の見込んだ人…」と後ろで満足気に見ていた黒い少女
集まった二十体くらいのゴブリンを瞬時に倒せて力を見せつけた。同時に、自分の中に自信が湧いたのを実感して巣窟の奥へ向かう
三分ほど走って、やがて大きな広間に出た
奥の大きな玉座とも言える椅子に座っているのはゴブリンロード…いや、あれは…
「ゴブリンロードじゃない…あれは文献で見たことある、"ゴブリナーオーバーロード"に似てる」
見た目は肌が青く、前頭の左側から長い角が生えており、禍々しさがゴブリンロードの数倍膨れ上がっている
「性能の違いは…?」
「闇の魔法を得意として、闇属性は勿論、光属性にも耐性がある」
「そんな…じゃあ…」
ルーラーは俯いた
「俺が仕掛けるから、援護をお願い!」
察するにきっとこの子は、闇か光属性の武器や魔法が得意なのだろう
それなら自分が行くしかない
「…頼める?」
「ああ、単純な接近戦ならいける!」
正直ゴブリナーを目の当たりにして自信が無い…
けど勝つために向かうしかない、ナイフを構える
———ゴゴゴ…背後から音が聞こえ、背後を振り返ってみると、この部屋の出入口が炎で塞がれていた
今度は逃がさないつもりのようだ
ダダダッ…!直進でゴブリナーオーバーロードへ最短ダッシュした
キィィィイイン……
三、四歩先にゴブリナーがいるのに横から自分の背丈くらいある斧が飛んできた
恐らく遠隔魔法で斧を飛ばしたのだろう
ナイフとはいえ、まともに受けると壊れてしまうので、後ろに飛び退き飛んでくる斧を、ナイフで軌道を変えるように受け流した
オーバーロードを冠する魔物はどのロード系より身体的パワーが大幅に劣っており、代わりに魔法攻撃や魔法防御の性能が非常に高く、更に全属性の耐性、特に光と闇属性の大耐性までが付く(酷似していても例外があるものはオーバーロードを冠する事はできない、見た目がオーバーロード系にならない)
俺は魔法攻撃に関しての対処が苦手で、肉弾戦なら勝機はありそうだが、そこに持ち込むまで苦労しそうだ
案の定、ゴブリナーは氷の槍を数本召喚し、俺へと飛ばしてきた
氷を刃と見立て、教えの通りにいなしてく
氷の槍が効かないと見るや、ゴブリナーは俺の身長二人分の大きさの炎の玉を形成し、こっちへ投げてきた
俺は対処できないと判断し、一旦大きく退く
すると———
「鏡よ鏡、神の鏡によって焔を弾き返せ———インフェルノミラー」
リオの詠唱が終わり、縁に所々炎の模様が刻まれている四角い長方形の鏡が炎の玉の前に出現し、迫っていた炎をゴブリナーの元へ弾き返した
「今…!行って!アッシュ!!」
その言葉を聞いて、弾き返した炎の玉と同じスピードでゴブリナーに詰め寄った
…が、ゴブリナーもまた、独自の詠唱で少女と同じようにインフェルノミラーを召喚し、炎の玉を弾いた
弾く先には、防御魔法を張った黒い少女が居るだけで手前まで迫っていた少年が居なくなっていた…
炎の玉の餌食になってしまったのか
それともどこかに回避———
ゴブリナーはそこで気付いた
が、気付いたが遅く
ゴブリナーオーバーロードの生命が途切れていた———
ゴブリナーによるミラーで炎の玉を弾いた瞬間、俺は持ち前の身体能力で十三フィート程上空へ飛び、ゴブリナーの上から脳天直下の縦一閃を浴びせた
その後、ゴブリナーの姿を見て絶命している事を確認した
残心
をする余裕もなく、クタクタで床に膝を着いた…
「アッシュ!」
たったったったと駆け寄ってきたのは黒い少女
「…やったね、見事にオーバーロードを討ち取った」
謎のポーズを決めながら言う黒い少女
「も、目的はオーバーロード狩りじゃ———」
ここで気付く、そういえば本当の目的は…
「ん…ゴブリン狩りだね、原種の。まぁ安心して…私が一斉に駆除するから」
殊勝ぶる黒い少女、大丈夫かなぁ…
「あのゴブリナーによるバフ効果が消えて大分弱ったゴブリンなんて、私の初級魔法でも一撃だから安心して」
「そ、そっか…」
「ん、じゃあ行ってくる」
そう言って俺を置いてひとりでゴブリン退治へ出かけて行った
さっきよりゴブリンが弱ってるのであれば、ルーラーなら大丈夫だろう
それより、疲労困憊している自分の身体をどうにかしよう…
回復魔法、および回復ポーションの効力としては怪我や軽い病気など生き物が持つ自然治癒力を数倍以上に働かせるが、並びに身体的疲労が襲ってきてしまう
その為過剰に自然治癒力を活性させてしまうと、細胞が死んでしまい最悪命に危険を晒してしまうらしい…
したがって疲労に関しては回復ポーション等の薬ではどうにも出来ず、寧ろ疲労が増えてしまうだけなので、大人しく横になって回復するしかない
眠いけど、ここはゴブリンの巣窟。どうにか寝ないよう注意しつつ、大の字で横になった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます