事件を呼び込むアイスコーヒー

「もうだいぶ涼しくなってきましたね。」


 隣にいる黒子さんに話しかける。

 僕達は今、新幹線に揺られて京都へ向かっている。

 理由はもちろん観光、などではなくてれっきとした魔術士の仕事である。


 なぜこうなったのか、それは数週間前に遡る。


 その日も今日ほどではなかったが幾分か涼しい日だった。

 ちょうど黒子さんが(珍しく)買い出しに出かけていて、一人で店番をしていた時だった。


「邪魔すんで〜っと。」


 スーツ姿で金髪、関西弁の強い男性が入店してきた。

 大阪弁と言うよりは京都の方に近いだろうか。そんな感じのイントネーションだ。


「いらっしゃいませ。空いている席にどうぞ。」

「いや兄ちゃん!そこは"邪魔すんやったら帰って〜"やろ!」


 意味が分からなかった。


「…?どういうことでしょうか?」

「あ?なんや自分、新喜劇とか見いひん口か?いや、もの見るんは口やなくて目や言うてな!ハハっ!…いや全然笑わんやん自分、自信なくしてきたで…。」

「え、あ、なんかすみません…。」

「まぁええわ、冷コー一つ頼むわ。」

「…???」

「はぁ〜、アイスコーヒーやて!」

「あっ!!承知しました!すぐに持ってきます!」


 なんだか調子狂うお客さんだな…。


「ほんで兄ちゃん、マスターはおらんのか?」


 アイスコーヒーの準備を進める僕の背中に問いかけてきた。


「えぇ、マスターは今買い出し中でして。」

「へぇ〜、あの八雲黒子が買い出しに出かけるとは!」


 ん?今マスターをフルネームで呼んだか?


「マスターとお知り合いなのですか?」

「まぁ、昔の同僚や。何も聞いてないんか?」

「えぇ、そういえば昔何をしていたかとか、ちゃんと聞いたこと無かったな…。」

「んー、そうか。」


 チラ見すると、少し訝しげな様子だった。


「ただいま少年、ちゃんと店番できていたか…い…」


 マスターが帰ってきた。


「おかえりなさい黒子さん、昔の同僚の方が来ておられますy」


 言い終わらない内に黒子さんが足早にお客さんに詰め寄ってきた。


「土御門!あんた何しに来たのよ!」


 いつもの印象とは裏腹に、黒子さんが声を荒らげる。


「何ってそりゃあ、コーヒー飲みに来たんや。ここ喫茶店やろ?」

「そういうこと聞いてんじゃないわよ!あんた今京都府警でしょ!?」


 これは驚き。警察関係者の方だったのか。


「警察の方だったんですか!?」

「ん?あぁそうや。京都府警の魔捜1課、土御門実光って言います。以後よろしゅうお願いします〜。」


 そう名乗りながら名刺を渡してきた。なるほど、本当に警察の方のようだ。


「それで、本当に何しに来たのよ。」


 黒子さんが問いつめる。


「だからコーヒーを…ってのも嘘やないけど、 に用があるんや。」


 その言葉に反応して、僕は生唾を飲み込んだ。


「へぇ〜、京都府警の魔捜さんが私になんの用かしら。」

「ふん、そこの兄ちゃんってのか?」

「…えぇ、そうよ。だから隠さなくてもいいわ。」

「そうか、なら概要話してまうで。」

【あの人】というワードに引っかかったが、どうやらこの話に関係はないようだ。

「実はな、京都で吸血鬼が出たんや。」

「なっ…」


 思わず狼狽えてしまった。


「えっ!?それってドラキュラ…?」

「あぁ、安心してくれ少年。

 この胡散臭いおっさんが言う吸血鬼ってのは、いわゆるドラキュラではない。

 10年ぐらい前だったかな、昔から悪事を働いている犯罪界のカリスマ、そいつの通称のことだ。」

「そうそう、その吸血鬼が…っておい!誰がおっさんや!まだピチピチの20代やぞ!」

「つったってあんた、もう29でしょ。」

「お前も歳変わらんやろ!」

「私はまだ28よ!」

「変わらんやんけ!」

「この1年の重みは大きいのよ!」

「まぁまぁ、おふたりとも落ち着いて…。」

「若人は黙っとれ!分かるんか!?年々焼肉のカルビの脂を体が受け付けなくなっていくあの恐怖、兄ちゃんに分かるんか!あぁっ!?」

「その恫喝、とても警察がやっていいもんじゃないでしょ!!」

「いや、少年。少年が少年である限りこの恐怖は分からないさ…。10代の頃と比べて、肌のキメ細やかさが失われていくんだよ…。」

「あぁ、だから最近黒子さん、顔パック変えたんですね。」

「なんで知ってるの!?」

「いやまぁ、家計簿つけてるの僕なんで。」

「ハッ!天才と謳われた【爆血の魔術士】様も肌の細胞は死んでいくってな!」

「うっさいわね!早く話戻しなさいよ!」


 黒子さんが割と強めな拳を土御門さんにぶつける。さすがに応えたのか、ようやく話が本題に戻った。


「てことでまぁ、捜査協力を頼みたいんや。魔術探偵様に。」

「私以外の人でもいいんじゃないの?」

「まぁそうやが、掴見さんと望月さんは今海外やし、本郷さんは今や防衛省や。」

「何よ、あんたの知り合いそんだけしか居ないわけ?」

「うっさいわい!…ほんでどや?」

「んー、でも京都か…。」

「いいじゃないですか!行きましょうよ!」


 僕はすかさず賛同した。前々から京都に行ってみたかったのだ。


「え〜そこまで言うなら…でもなぁ…。」

「…まだ実家とは仲悪いんけ?」

「そりゃまぁ飛び出してきたからね…。」

「黒子さんの実家ですか?」

「おぉ、兄ちゃんそれも聞いてないんか?こいつの実家の八雲家はな、日本の五大魔術家のひとつやで。」

「え!名前が一緒なんじゃなくて本当にその家の人なんですか!?」

「あぁそうだよ。うちの八雲家、芥川家、鷹司家、劉禅寺家、そしてこのボンクラの家、土御門家。これで五大魔術家。でも私実家を飛び出してきてるから折り合い悪いんだよ。」


 全て初耳だ…。


「というか土御門さんもそうなんですね。」

「まぁな、俺は実家とも仲良うやってんで。」


 そう言ってにこりと笑いかけてきた。


「まぁ八雲、どうしてもって言うならしゃあない。

 お前、この付近に誘導術式張っとるな?依頼者が無意識のうちにやってくるように。

 これな〜違法なんやわ。知っとるやろ?知っててやってんねやったら捕まえなあかんな〜。

 なんてたっても俺、警察やからなぁ…。」

「…ちっ。あんた…!」

「…僕が言うのもなんですが、拳銃の所持は何も言われないんですか?」

「あぁ、それは魔術士の特権ってやつやな。八雲、お前今何級やっけ?」

「私が下がるわけないでしょ、特一級よ。」

「えっ!?特一級魔術士!?日本に数人いるかどうかなんじゃ…。」

「私が少年ぐらいの時にはもうこの級だったよ。」


 さっきから開いた口が塞がらない。

 驚く情報ばかりだ。

 黒子さん…思ってたより凄い。


「まぁでも、特一級やいうたかて結界式の術式構築は役所の認可がいるけど、お前取ってないやろ?」

「取ったら絶対家にバレるから…。」

「どんな理由でもあきまへんわな〜これどうしよっかな〜やっぱり警察署で話聞いた方がええかな〜?」

「…あぁもう分かったわよ!京都に行って、吸血鬼を捕えて、私たちはお咎めなし!それでいいでしょ!?」

「ふん、話分かるやないか。兄ちゃん、勘定ここ置いとくし、ほなおおきに、京都で待っとります〜。」


 そう言って土御門さんは立ち上がった。

 そのまま店の出口に向かうと思いきや、土御門さんの体が崩れて何枚もの御札になり、その場に散乱した。


「ええ!!なんですかこれ!」

「あいつ…掃除だるくなるからこれやめろって言ったのに…。少年、よろしく。」

「えっ、ちょ!黒子さん!手伝ってくださいよ!」

「私は準備を進める。今月中には行くよ、京都。」


 という訳だ。隣に座っている黒子さんはまだ憂鬱そうな顔をしている。

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探偵喫茶「グレー」の魔術事件簿 ①吸血鬼の挑戦状 スイレン @HasnoSuiren

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