真夏日のホットコーヒー、ミルクを別添えで。
マスターが挽くコーヒーミルのコリコリという音と、何処かからの蝉の声が鳴り響く昼下がり。
「さて、謎の引っ掻き魔による連続傷害事件。今月でもう3度目になり…」と解説を続けるニュースキャスターを横目に、「最近多いですね。」と呟いた。
「最高気温更新の話かい?」
「いや、最近話題の引っ掻き事件ですよ。」
「あぁそれか。ここいらも物騒になったもんだね。」
その一言で済ましてしまうのかと少し拍子抜けした。
「事件現場、ほとんどこの辺りですけど。」
「なんだい、魔術絡みかもしれないとでも言いたいのかい?」
「まぁ。動かないんですか?」
「だって暑いからね。それに前にも言ったろ?探偵はね、依頼を受けてやっと動きだすもんなんだよ。」
彼女がそう言い終わらない内にドアが開き、一人の女性が来店した。外見から察するに20代前半辺りだろう。
「いらっしゃいませ。」
これも言わせてくれずに、彼女はなにかに吸い寄せられていくように足早に、店内の一番奥の予約席に移動した。そして席に着くなり「ブラックコーヒーのホットを、ミルク別添えでお願いします。」と注文した。
この季節外れな注文内容は魔法の注文。厳密に言えば誘導魔術、一種の催眠がかけられている。つまりは『魔術案件』である。マスターのアイコンタクトで、僕はドアの外側にぶら下がっている看板を裏返した。
コーヒーを運んだマスターとお客様が少し歓談を始めた。お
「恋人が行方不明なんです。」
想像よりも大事じゃないか。
「もうかれこれ3日程連絡が取れなくて。彼の家に行ってみてもやっぱり居なくて。急にいなくなるような事、今までだってなかったから。もう心配で…。」
彼女が目に涙を浮かべる。あいにく恋人なんていた事がないが、心情の程は十分に察せられる。少しばかりの気休めになればと、持ち合わせていたハンカチを渡す。
「ありがとうございます。」
凛とした強い女性だ。涙を流すその姿であっても弱っているようにはとても見えず、むしろ心を強く持って彼を探すと決意した顔だ。
「なるほど。」
不意にマスターが口を開く。
「警察には行きましたか?」
「えぇ、もちろん。けれど、3日程度じゃ動いてくれなくて。」
「そうですか。では早速、その彼のご自宅に案内して貰えますか?」
「今からですか?」
彼女は少し驚いた顔をした。正直僕も同じ顔だ。流石に急がすぎないか。
「ええ。だって彼氏さんの事心配なんでしょう?だったら早く探さないと。」
「そ、それもそうですね。」
「はい、決まり。では、十分ほどお時間頂きますね。その間にどうぞ、うちのコーヒーを召し上がってください。」
マスターはそう言って立ち上がり、まだ棒立ちしていた僕の肩を「さぁ、お客様がお待ちだよ。」と言わんばかりに叩いた。
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