三途の川 2

今度は街に人が溢れていた。


苛々と信号を待ち続けるサラリーマン。道行く人間に何度ぶつかろうと決して携帯電話から目を離さない若い女性。段ボールで作り上げられた家に籠城する仙人のような男。いずれも日本人だ。凡太の連想した都市部とは人物だけが違っている。


先駆者の努力によってもたらされた安息な生活の中で温情が削り取られてしまった人々は、暑さと自らに背負わされた凡庸と言う肩書きに嫌気がさし、やり場の無い怒りを誰にぶつけようかと躍起になって探しているようだった。


再び様相を変えた街を改めて見回し、ここを屑篭の街と命名する事にした。勿論自分しかそう呼ぶ者はいないだろうが。


凡太は足元に落ちていた一本の煙草を手に取り、側にあった喫煙所に入った。


『火を貸してもらえませんか?』

そう言うと隣の男は暫く悩んだ末、渋々ライターを手渡した。


煙草に火を付け、やや上向きに紫煙を吐き出す。何故だか喫煙所内の人々は皆、凡太に注目していた。


(さっきから何なんだよ。)

街の外からやって来た部外者を警戒しているのだろうか。


凡太は憤りを覚え、早々に煙草を揉み消してその場を後にした。


彼等の視線の理由はすぐに分かった。喫煙所を出ると目の前には硝子張りのビルがあり、そこに映っていたのは学生服を着た青年、在りし日の凡太がいたのだ。


『おーい!凡太!』


向かい側の歩道から誰かが呼んでいる。その集団は横断歩道を渡ってこちらへと近付いて来た。


『一緒に帰るって約束しただろ、今日はゲーセン行くって言い出したのは凡太なのに。』


学生服を着た将太と複数の男女が凡太を責め立てる。皆学校帰りのようだ。


凡太はどうやら約束をしておきながらすっぽかしていたらしい。ひとまずこの場を収める為に、謝罪の言葉を述べた。


今までが凡太の空想であり、本当の夢の配役は学生だったのか。それとも学生であったと認識してから記憶がもたらされるのかは定かでは無いが、将太に話し掛けられるとすぐに彼等との関係を思い出す事が出来た。


凡太は学校でも仲の良い彼等と常に行動を共にしている。その顔は見知ったものばかりだった。


『お前今煙草吸ってただろ。』


にやにやと笑みを浮かべているのは梅原だ。


それにしても学生服が非常に良く似合っている。普段は売れない小説家のような風貌をしている彼だが、身なりを正せば真面目そうに見えなくも無いのだ。


『気にしなくていいよ、私も吸ってるし。』


凡太を取り囲む集団の空気が微妙に変わった。原因はそう言い放った人物、小鳥遊さんだ。


セーラー服姿も可愛らしい。そして何より垢抜けていた。大人の世界に片足を突っ込んでいるのはこの中でも彼女だけだと見える。


何も言わずにただ凡太を見つめているのはR……玲子だ。


彼女は母と同名なので名前で呼ぶのは抵抗があった。凡太だけが彼等の中で玲子をお前と呼び、玲子はそれに対抗してこちらを「君、少年」などと呼んでいる。


スカートの丈も標準、化粧っ気も無い。素朴な少女がRと同一人物だと気付くのに少々時間がかかった。


将太は特に大きな変化は見受けられない。それだけに先程の記憶が舞い戻り、目を合わせられなかった。


『ごめん、ちょっと言い過ぎた?』

将太はその様子を見て、誤解したようだ。


『いや、大丈夫。何でもないよ。』


笑って誤魔化した凡太は、皆とゲームセンターに向かう事にした。


その途中、集団の最後尾に付いていた玲子は皆から離れ、何気無く歩くその一場面をカメラで撮影した。


誰一人として写真に取り込まれる者は無く、ストラップに付いた猿の人形が喋り出す事もなかった。

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