開戦 4
凡太はカメラを自分に向け、写真を食い入るように見つめていた。
鳥頭は鰐を怖がり先程から逃げ出そうとしている。だが足元が不安定な為に飛び立つ事が出来ず、凡太の周りを跳ね回っているばかりだった。
鰐は主人を失い困り果てているのか、すっかり大人しくなっていた。鳥頭が体の上で暴れようと微動だにしない。
(来た!)
写真に鰐石の姿が映った。床に腰を打ち付け、痛みに悶えている。
『ねえ、君が行った方が良いんじゃない?』
高橋さんがいつの間にか真横から写真を覗いていた。
『最悪の場合そうするんで準備はしてますけど……ところで、無事だったんですね。』
『当たり前じゃん。』
放置されていた彼の下半身だけの亡骸は溶け、既に原型を留めていない。あれも能力で作り出したのだろう。
凡太は写真に目を戻す。そこには男に忍び寄る影が出現していた。
腰に手を当てたまま後ずさる哀れな鰐石を、灰皿と酒瓶で武装した梅原が追い詰めているのだった。
『俺をこんな所に閉じ込めやがって!ふざけたカメラ作ってんじゃねえよ!』
梅原はやや上擦った声で叫びながら、鰐石を滅多打ちにした。
鰐石を分断する作戦を思い付いた凡太は、写真に奴を閉じ込めた後の事を梅原に任せてしまおうかと考えた。
『梅原、胸のここらへん押してみてよ。』
写真を取り出しそう言うと、彼は言われた通りに鳩尾の少し上を押した。自らの能力値が表示され驚く梅原。彼もこの仕様は知らなかった様子だ。
『レベルの所、いくつになってる?』
『二十三。』
(何でこいつの方が高いんだ。)
だがこれは戦力になり得る。拒否されるのは承知の上で作戦を話すと、意外な事に梅原はむしろ進んでその提案を受け入れた。
と言うのも彼は高橋さんと凡太の会話を全て聞いていたらしく、自分が写真の世界に閉じ込められる原因となった人物に一矢報いたいと思っていたようだ。
『梅原、そこまでにしとけよ、人殺しになりたいのか。』
こうして人質のいない奪還劇は幕を下ろした。
『復讐は完了した……復讐って言い方が悪いな……勝利だ!俺が勝利を手に入れたのは正当な権利なんだ!』
興奮気味の梅原は意味の分からない雄叫びを上げる。
見ているとこちらまで恥ずかしくなってしまう。すぐに写真をポケットに押し込んだ。
『てかさあ、俺達鰐石倒す必要無かったよね。あの子いないんだし。』高橋さんが元も子も無い事を言う。
『それは言いっこなしですよ。』
自然と凡太の顔に笑みが溢れた。
しかし、突如として大地が揺れた。
予想外の出来事に驚いた二人と鳥頭は凹凸のある表皮の上を転げ落ちる。鰐の存在をすっかり忘れてしまっていた。
鰐石が倒され自由の身を確信したのか、単騎となった鰐は再び狂ったように暴れ出した。
『ちなみに、こいつへの対策もあったりするの?』
『……全く。鰐石の能力で生まれた怪物なら、奴を倒せば同時に消えるんじゃないか、くらいに思ってたんで……』
考えを巡り、巡らせども打開策は一向に浮かんで来ない。
(凡太、戻って来なさい!)
その時、また幻聴と頭痛が起こった。今度の痛みは余りにも酷く、思わず屈みこんでしまう程だった。
凡太は膝をついた。すると、同時に何かが頭上を通過したと風圧で分かった。
頸を摩った風に面を上げさせられると、いつぞやのサイの化物が後ろ向きで宙を飛んでいた。
サイは鰐の顔面に衝突し、勢い余って後方の壁にまで吹き飛んだ。物凄い力が加わったとしか考えられない動きだ。
『凡太、久し振りだね。見ただけで分かるよ、凡太はだいぶ強くなった。』サイの開けた風穴から、高橋と大猿が姿を現した。
大猿は体毛に血糊を付けているが、高橋は何の外傷も見当たらない。サイを圧倒しているのは彼と見て間違い無いだろう。強力な助っ人の登場だ。
『知り合い?』
『はい、高橋です。そう言えば高橋さんと漢字も一緒ですね。』
高橋の背後にいた大猿は凡太の前に立った。傷だらけの体でまだ鰐とも戦うつもりなのだ。
『君は休んでていい。あいつを足止めしてくれただけでも充分助かった。』
『まだ、終わっていません。』大猿は前を譲ろうとしない。
その視線はサイでも鰐でも無く、二人の人間に向けられていた。先程まではいなかったはずだ。
それよりもだ。まさかあの二人が共にいると言う事は……
『凡太は優しい子ね。』
その内の一人である女性はあろうことか暴れ狂う鰐を恐れもせずに近付き、漆黒の表皮を優しく撫でた。
鰐は手が触れた途端に落ち着きを取り戻し、頭を垂れた。どうやら新たな主人に忠誠を誓ったようだ。
『凡太、本当に頑張ったね。よくここまで来れました。』
それは、母と将太だった。
この再会は喜べるものとは違う。二人からは殺気を感じた。
『鰐石君を倒せるなんて思わなかったわ。とても強くなったのね。凄いわ、だけど。』
広場の天井に次々と亀裂が生じた。鰐の起こすものよりも凄まじい衝撃だ。
『それを、その頑張りを現実で発揮してほしいの。私からのお願い。』
天井を破壊して舞い降りて来たのは巨大な魚だった。こうして比べてみると鰐よりも大きい事が分かる。
魚とすれ違いに鳥頭が羽ばたき、空へと消えていった。先程とは似ても似つかぬ素早い動きだった。
『貴方はもう、この世界に居てはいけない。』
天高く敷き詰められた夜空色の絨毯は薄明かりで滲んでいた。今は夜明け前のようだ。
そう言えば、現実の太陽を暫く見ていない気がする。
『言ったよね、私が終わらせるって。』
(また、それか。)
畳の匂いを思い出した。もう、あそこには戻れない事も。
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