八章 開戦

(見つけた……遂に見つけた!)


あれは鰐石に従っていた鰐と見て間違いは無いだろう。


しかも、この道なら狭過ぎてあの状態にはなれないはず。勝機は今しか無い。


凡太は全速力で突っ走った。


絶対に逃してはならない。でなければ小鳥遊は戻って来ない。


『高橋さん!鰐を見つけました!今追い掛けてます!』凡太は黒猫に言った。彼はこちらの居場所を探知出来る。すぐに駆けつけてくれるはずだ。


『ごめん……今は……』少し間を置いて、高橋さんから返事がきた。


鶏の断末魔や機械の軋む甲高い音が時折言葉を阻害していた。彼は今戦闘中らしい。簡単にやられるような人物では無いと思うが、逼迫した雰囲気であったのが少し心配だった。


(仕方が無い。)

素よりその覚悟はしていたが、凡太は一人で鰐と戦う決心をした。


標的との距離はどんどんと縮まる。いくら走っても息切れさえ起こさない身体に凡太自身、驚きを隠せなかった。


自らの肉体に力が満ち溢れて来るのを感じた。まるで冒険に夢中だった時の夢のように、どんな困難も乗り越えてゆけそうだ。


しかし、今はそれ以上の力を出せる。


怪物に怯え、逃げ惑うばかりだった自分がどうかしていた。臆病な少年とはここでおさらばだ。


もう惑わされない。夢は自らの手で切り開く。悪夢など薙ぎ払ってしまえばいい。


凡太は鉄傘を握り締め、高く跳んだ。


『ここは俺の夢だ!』

そして、鰐目掛け渾身の一撃を振り下ろした。


『その夢は私達の世界でもある!』

鰐を庇い、凡太の前に何者かが立ち塞がった。


鉄傘は鋼鉄の物体を叩いたようだ。火花が散り、反動で腕が痺れた。


声の主は男性だった。その顔はだいぶやつれてはいるが、光を失っていない覚悟に満ちた両目が備わっていた。


『お久しぶりですね。』

サイを模した機巧に跨っている黒スーツの男は、口元だけでほんの少し、笑った。




全身に逞しい筋肉を有するサイの機巧は、まるで生きているかのような顔付きをしている。


それだけに、関節部の至る所をボルトで固定されているのが痛々しく感じた。


これが臨戦態勢なのだろうか。上半身と下半身の繋ぎ目が露出しており、その分だけ胴体が前方にせり出している。黒スーツは繋ぎ目の部分に跨り操作していた。


男の足元にはエンジンのような部品が取り付けられている。この態勢は弱点から相手を少しでも引き離す、と言う目的もあるのかもしれない。


後ろ足は左右共に二つに裂け、四つ足として安定性を確保している。自由になっている大木のような両腕は言うまでもなく攻撃に使用されるだろう。


どんな経緯があってサイはここまで様変わりしたのだろう。黒スーツの男がいなければ全く気が付かない所だった。奴の顔だけは忘れた事は無いのだから。


彼等には悪夢の中でも指折りの苦痛を与えられた。予想外の人物の登場に一度は驚いたものの、血塗られた過去の記憶を思い出し、凡太は熱り立った。


『久しぶりだな、会えて嬉しいよ。やっとあんた達にあの時の礼が出来るんだ。』


戦いの幕が切って落とされた。


先手を取った凡太は滅多矢鱈に攻撃を繰り出す。


しかし、サイは右手に装備された歯車を使い、片腕だけで鉄傘を全て受け止め切ると、今度はそれを高速回転させて攻めに転じてきた。


間一髪で避けると歯車は壁にめり込み、後には横一文字の傷跡が残った。


今の所手数の多い凡太の方がやや優勢だろう。体力の面でもまだまだ余裕がある。


一方で、サイを操る黒スーツは激しい戦闘にもう疲弊してしまったのか顔を歪めていた。


再度歯車が凡太に襲い掛かる。それに合わせて鉄傘を振るうと、火花が弾け飛び、回転が鈍った。


(今だ。)

凡太はカメラを構える。


『それはー』

サイは歯車を盾にして写されるのを阻止した。


数秒後、凡太は背後で重量のある物体が落下する音を聞いた。


これで奴は丸腰だ。


すかさずサイの頭部を狙い、鉄傘を振り下ろす。


盾を失ったサイは両腕を交差させて攻撃を防いだ。金属が軋み、悲鳴が反響する。


『このままでは君にも良くない事が起こる、早く夢から目覚めるんだ。』黒スーツは掠れた声で凡太に語り掛ける。


『黙れ!』

人質を取るような連中の話など聞きたくは無かった。


凡太は攻撃の手を更に激しいものへと変えた。


右へ左へ、突き上げ、叩きつける。その度にサイの腕には傷と凹みが刻まれ、終いには間欠泉のように機械油が吹き出し、ただの鉄塊と化した両腕がだらりと垂れた。


(最後にこれを使うか。)

凡太は再びカメラを手に持つ。これが一番手っ取り早くサイと黒スーツを分断する方法だろう。


凡太は鋼鉄製の木偶となった機巧にカメラを向け撮影した。思惑通りサイの姿のみが忽然と消え去り、黒スーツは地に伏した。


例の部屋へと送り込まれ、サイはじきに落ちて来るだろう。歯車の落下時の震動から察するに、二、三階から身を投げたに等しい衝撃が奴の身を襲うはずだ。


(そろそろだな。)


これまた予想通りだ。中空から勢い良く飛び出す機械人形。凡太はその下を潜り抜けた。


着地した途端、サイは自重に耐え切れず、鉄製の肉塊を撒き散らして崩壊した。


そんな機巧の最期を尻目に、既に黒スーツの前に立っていた凡太は、側頭部を狙いとどめの一撃を放った。

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