不器用な慈愛 5

自らの肉体へと精神が戻ってきた。


薄暗かった将太の視点から陽光の下へ引き戻され、なかなか瞼を開けられない。頭もぼんやりとしている。夢の中でまた夢を見ていたような感覚だ。


現在、街を目前にした凡太達は戦いに備え、休息を挟んでいる最中だった。


目的地に近付くにつれ、舗装された道路は無くなり、赤土で固められただけの粗末な道に退化した。


道の両脇には背の高い雑草が生え、砕けて散乱している家屋に使われていたであろう瓦礫が静かにその身を横たえている。広がる風景には異国のうらぶれた街道を連想させられた。


高橋さんはその中でも一際大きな瓦礫の上に腰を下ろし、浅黒い色の煙草をふかしている。片や凡太はすぐそばの大木に背中を預けていた。


『さっき、誰かの叫び声が聞こえたんだ。』

梅原の声がする、しかし凡太は返答が出来無かった。


未だに恍惚に似た状態が続き、頭痛と吐き気さえもしてきた。今の凡太は意識を保つのが精一杯だった。


それもそのはず、凡太は将太に乗り移ったような状態であったにも関わらず、こちらで高橋さんと行った会話の内容も鮮明に思い出せるのだ。情報の波が押し寄せ、頭の容量は既に限界だった。


(頭が痛い……一旦、落ち着こう。)

凡太はこちら側の会話の内容を整理する為、そこに目盛りを合わせるように精神を集中させる。


こんな事で音を上げる訳にはいかない。まだまだ旅は続くのだから。




やり取りで薄々勘付いてはいたが、高橋さんは凡太を捕まえるように依頼してきた人物が校庭に現れたスーツ姿の男であると白状した。そしてカメラを作ったのもこの男だそうだ。


名前は鰐石。奴は県概にあるモンダンと言う飲料メーカーの幹部を務めている。


何処かで聞いたような響きだったので説明を乞うと、モンダンとはやはり会社名らしく、よく間違われるが飲料の名前では無いとの事だ。


また、モンダンは裏で高橋さんのような異能を持つ人物達を集め、独自の組織を作ろうと画策しているらしい。なので世間で立てられている噂はあながち間違いでは無いとも、彼は話してくれた。


(まてよ……モンスターの軍団って、この人の出す怪物の事じゃないか……?)


……それはともかく、奴は将太を襲ったあの蠍男とも繋がっているのだろう。


蠍の姿をしている、または名前等に蠍が入っているような人物は知っているかと尋ねてみると、意外にもすぐに高橋さんは『それはたぶん、同じ幹部の佐曽利さんの事だろうね。』と教えてくれた。


『あんまり話した事無いけど鰐石と一緒にいたから覚えてる。あの人皆に嫌われてたらしいよ。』


彼は地面に落ちていた木切れで器用に文字を書き、『これでさそりって読むんだよ。』と付け加えた。


『なるほど。』

脳内に、佐曽利の嫌な笑みが蘇る。


文字を睨みつけたままの凡太をよそに、高橋さんは再び口を開いた。


『俺さあ、実は今、県概に住んでるんだよね。』


『えっ、そうなんですか。』


『前までは街で普通に暮らしてたんだけど、鰐石に誘われたから仕事を辞めたんだ。これが終わったらまた仕事探さないと、家追い出されちゃうよ。』


そう言って高橋さんは身体の刺青を摩る。何か出て来やしないかと焦ったが、本人の意思が無ければ能力は発動しないようだ。


『それで、今までは何やってたんですか?』


『空き缶の収集業者。モンダンの孫請けなんだよ。でも、俺一番下っ端だったから、収集より街に入り込んだモンスターの捕獲とかをやらされてたな。』


『そんな事までやるんですね。』


『そうそう、空き缶に化けてるミミックが出ちゃうとさ、ウチに駆除の仕事が回ってくるの。でもイメージが悪くなるからって言う会社の方針で殺すのはご法度でさ、その都度捕まえて街の外まで逃がしてたんだよ。』


夢ならではのファンタジーな問題だ。これからは道端に捨てられている空き缶にも用心するべきかもしれない。


『まあお陰で結構レベル上がったから刺青で色んな事出来るようになったんだけどね。そうだ、これ活用したら稼げるかな。』高橋さんはにやにやと笑う。


凡太は過去に予想していた、レベルの概念が存在すると言う事実に驚愕した。


『え!レベルってやっぱりあったんですか?』


『やっぱりって言うか、前から誰にでもあるんじゃない?』高橋さんは首を傾げる。


『知らなかったです。あの、レベルって今どのくらいか確認出来無いんですか?』


『ここ押すと見えるよ。』

高橋さんは鳩尾よりも少し上、胸骨の間を指差す。


試しに強く押してみると、目の前には映写機で投影しているように、はっきりと凡太の能力値が表示された。


レベルは二十二。確証は無いが、最初の頃よりは格段に成長していると思われる。


『なかなかだね、まあ俺は三十二だけど。』

高橋さんは自慢げな様子で呟く。あと十も上がれば自分も彼のように、人並み外れた能力が手に入るのだろうか。


『一つ気になるんですが、最近経験値を取っていないはずなんですけど、割とレベルが上がってるような気がするんですよね。』


『最近変更されたんだよ。取り忘れるとイラつくからね。それに、敵を倒さなくてもこれからは経験を積むだけでレベルが上がるようにもなったんだ。』


(そんな理由で変更が可能なのか。)


しかしだ、と言う事は今まで体験してきた怪物達との接触によって凡太はここまで成長したのだろう。何だか複雑な気分だ。


とは言え、これは喜ぶべき発見だ。何しろレベルが存在すると言うのは、まだまだ強さに伸びしろがある事が判明したも同然なのだから。


鰐石や、怪物達とも恐怖せず渡り合える日が来るのだろうか。


『ふう……街までだいぶ近付いたね。ここらで一服しようよ。』


ここで回想は現在へと追い付いた。


吐き気はもう収まった。準備は万端だ。


靴底で煙草を揉み消した高橋さんはゆっくりと立ち上がる。それが出発の合図となった。





六章 不器用な慈愛 終わり

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