不器用な慈愛 2

両足が千切れんばかりに走った。


小鳥遊までの距離は約五十メートル。間に合わない。


『おい!俺の所有物なんだろ!頼むからあの人を助けてくれ!』猿の人形を掴み上げ、そう叫んだ。


『勿論ですとも。』

その声と共に人形は一気に巨大化した。


重みに耐えきれず片膝をついた時、大猿は目の前を駆け抜け、怪物に飛び掛かった。


攻撃を喰らった二本足の鳥頭は瞬時に片足をもぎ取られ、衝撃で一回転して地面に沈んだ。


小鳥遊の元へと辿り着いた凡太は彼女の両肩を激しく揺さぶる。


『小鳥遊さん、大丈夫ですか?』


『君は……』

小鳥遊は少し笑った。ような気がした。


『話は後で。怪物は大き過ぎて校舎に入るのが難しいはずです。さあ早く。』


事実校舎からは悲鳴は聞こえず、外から見ても窓硝子一つ割れていない。校庭よりは遥かに安全だと言えるだろう。


凡太は未だ放心状態の小鳥遊の腕を引き、校舎へと急いだ。


『左から一匹!』

姿は見えないが大猿の声が聞こえ、次に大きな影が太陽を隠した。二人に狙いを定めた醜悪な怪物が直立していたのだ。


周囲の怪物達よりも一回り大きな肉体を持つそれは、海星のような生物だった。下品な黄色みを帯びた体色で、頂点の突起は男性器に酷似している。酷い見た目だ。心臓の弱い者ならば失神してしまうかもしれない。


(そうだ、これを使う時が来た……!)

凡太は小鳥遊の腕を引いて後ろ手に回すと、カメラを怪物に向けシャッターを切った。真昼の校庭に閃光が走る。


『うわー!』

胸元からは叫び声が上がった。しかしそれは同じ位置から発せられた建物が倒壊するような音によって掻き消され、またもや凡太には聞こえていなかった。


怪物は跡形も無く消え去った。凡太はカメラから吐き出された写真を胸元に押し込む。


目の前の敵は排除したが、愚図愚図していては他の怪物が来る。


小鳥遊と共に再び校舎へ走り出した。大猿の事が少し心配ではあるが、先程の戦闘を見れば彼の強さは明白だった。無事に戻って来てくれるだろう。


心臓は普段の倍と思える程の力強さで脈動していた。怪物の群れの中を走り抜けていると言う切迫した場面の所為なのか、小鳥遊のつるりとした肌の温もりを感じている所為なのか。


気を紛らわす為、凡太は無我夢中で走り続けた。




校舎の扉を勢い良く開けた。今の所怪物はいない。


下駄箱が高く積み上がり、いくつもの障壁を作り上げている。昇降口周辺は散乱している様子は無く、寧ろ小綺麗なくらいだ。逃げ込んで正解だった。


凡太と小鳥遊は両膝に手をつき、荒い呼吸を整える。


暫くして息切れは止まった。だが激しい鼓動は変わらずに続いている。流石におかしい、まるで心臓だけが荒ぶっているようだ。


『凡太!凡太!』

梅原の急を要する雰囲気の叫び声が聞こえた。


すぐに写真を取り出すと、一枚の写真には部屋全体が大きく揺れ動き、されるがままに転がり続ける梅原。もう一枚には凡太が写した怪物の姿があった。


巨体の怪物は部屋に収めるのがやっとであるにも関わらず、脱出しようと激しく暴れている。速過ぎる鼓動の原因はこれで判明した。


怪物が腕を振り上げると、梅原の写真の左側にある壁が破壊された。どうやら部屋同士が隣接しているらしい。


こう延々と動き続けていては梅原の身が持たない。吉と出るか凶と出るか、凡太は怪物の写真を手でびりびりと真っ二つに破った。


すると怪物の目からは光が消え、動きが止まった。それと同時に部屋は住人の重さに耐え切れなくなったようで、床が音を立てて崩落した。


完成したばかりの大穴へと巨体が飲み込まれてゆく。左右の半身で落下速度に若干の差異があった。やはり写真に何かすると写っている物体も影響を受けるようだ。


『きゃ!』

突然小鳥遊が凡太の腕に飛び付いた。跳ね上がる心拍数と共に、地響きが全身を震わせた。


揺れが収まった時、凡太の目の前には二つの巨大な肉塊が出現していた。地鳴りはこれの仕業だろうか。


『こいつは……!』

これは先程写真から消えたばかりの怪物の死骸だ。


部屋の床下には脱出口があった。これで梅原の問題は解決した。わざわざ県概まで行く必要は無くなったのだ。


後は将太とどう連絡を取ろうか……

悩む凡太を、腕にしがみ付いたままの小鳥遊が見つめている。


梅原の一大事を終え、次は救出方法の発見、万事解決した気分になっていたがまだ早計だった。何としても小鳥遊を無傷で生還させなければならない。


まずは彼女を安全な場所へと導き、大猿と協力して怪物共を殲滅するのだ。


疲れ果てた梅原の写る写真を戻し、凡太はぎこちない動作で絡み付いた小鳥遊を一旦引き剥がすと、彼女の腕を引いて土足で校内へと踏み込んだ。


小鳥遊は普段よりも凡太に懐いていた。何だか懐いている、と言う表現が一番しっくりくるような気がするのだ。

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