試練 2
中央区へと続く道すがら、道路沿いにあるコンビニで三人は休憩を挟んでいた。
いや、正確に言えばこうなる。
少し肌寒くなってきたので暖房を付け、快適なドライブを楽しんでいると、荷台の梅原が不満を唱えたので話し合いの場をコンビニに移した次第だ。
『……凡太達ばかりずるいよ。』
缶酎ハイを一口啜り、物憂げな表情の梅原はそう呟く。
『俺しか運転出来無いしさ、もう暫く我慢してくれよ。』
そう言いつつ、凡太は炭酸飲料のキャップを開けた。しゅわしゅわと泡の弾ける音は現実と変わらない。
『将太が変わればいいじゃん。』
梅原は口を尖らせた。
拗ねた彼は精神年齢が後退し、愚図り出す。こうなると自分の条件が聞き入れられるまでそれは終わらない。
非常に厄介な事になった。だが頑固なのは梅原だけでは無い。
『嫌だ、俺は危ないから荷台なんか乗りたくない。』将太ははっきりと宣言した。
将太は友人の行いには目を瞑るが、自身は法違反や、若しくは世間一般の認識での危険な行為に該当する事は絶対にしない。それは最早、尊敬に値する域に達している。
この信念と言い、誘いを断らない事と言い、彼にはまだまだ極端な基準があるのかもしれない。
(……はあ、埒が明かないな。)
凡太は大きな溜め息を吐いた。
二人は免許を持っていないので、運転は消去法で凡太となる。だが梅原が異議を唱えている今、誰かが荷台を交代しなければこの頑固者が腰を上げる可能性は無に等しい。
凡太は荷台でも構わないのだが、将太は無論運転しないだろうし、梅原が運転など以ての外だ。将太も間違い無く反対する。
手詰まりだ。二人の性格から予想すると、長い冷戦の末にどちらかが折れるのを待ち、家に戻って解散する方向へと議論は向かうだろう。
『……自分から荷台に乗ったんだし、今の配置が梅原には一番お似合いだと思うんだよね。』
梅原は上目を使い、そう言い放った凡太を睨み付ける。だが、すぐに萎れるように俯いてしまった。
(もう自棄だ、こんな雰囲気もっとめちゃくちゃにしてやる。)
今回ばかりは彼の気持ちも分からなくはないが、この場を白けさせた罪は重い。言葉で完膚無きまでに叩きのめしておかなければ怒りが頂点に達してしまいそうだった。
そんな凡太の心情を察したのか、将太は呆れ顔でコンビニへと入っていった。
その間にも凡太は畳み掛けるように梅原へと言葉の槍を投げつけていたが、既に一方的な反論は筋道を見失っていた。
流石にこれ以上は言い過ぎだと思い、押し黙って煙草に火を付けた。とめどなく溢れるはずだった意味の無い言葉達は煙と共に空へ還ってゆく。
……さて、この後はどうせ帰宅する流れになる。その前に少し梅原と凡太自身、頭を冷やす時間が必要だ。話を切り出すのは煙草を吸い終えたくらいが頃合いだろう。
気まずい沈黙を続けていると、将太が戻って来た。彼は何か言いたげな様子で足早にこちらへと向かって来る。
『あのさ……』
何故だろう、困惑しているようだ。
『そこの人、俺達の話を聞いてたみたいで、乗せてってくれるって言ってるけど、どうする?』
将太の背後を見ると、一人の男の姿があった。
妙だ。彼は困っている者に手を差し伸べるような人物とは思えなかった。その証拠に凡太と視線を合わせても尚、にこりともしない。
のっぺりとした顔の男だ。身長は三人よりも頭一つ分高く、威圧感を与えられる。
男は不審そうに見つめる六つの瞳を物ともせず、視線を移して凡太の軽トラックを難しい顔で凝視していた。
『絶対やめた方がいいだろ。』
凡太は囁く。
『だよね。』
将太も同意見だ。
『俺は乗るよ、中央区行きたいし。』
梅原は凡太を睨み付け、返事も待たずに男に近付いて行った。不安よりも二人に反発したいが為、天邪鬼な行動を優先したのだろう。凡太は今頃になって激情に身を任せた事を悔やんだ。
『あいつ勝手に……将太、俺達は帰ろうか。』
わざと大きな声で言った。脅しが半分、もう半分は本気だ。
『困った奴だな。でも……心配だ。俺も行くよ。』
将太の情の厚さには感服する。とは言え嫌な予感しかしないのだが。しかし二人を放り出して帰ったとあれば母に何を言われるか分からない。
三人は礼を言い男の車のドアを開けた。思えばこの時に、これから起こる物語の扉も開いてしまったのかもしれない。
三人が乗り込んだのは死へと誘う棺桶、では無く、意外にも快適な四つ足の箱舟だった。
男は車へ乗り込むと人が変わり、大袈裟な身振り手振りや言動で凡太達の心を瞬く間に虜にした。男と話すうちに、彼もこの世界で言う所の役者だと分かった。
ただ気掛かりなのは、彼の質問が何かを探り出すようなものだった事だ。
沢山の夢を見てきた中で何か気になる物はあったか、明晰夢では何をしたか、汽笛のような音を聞いた事はあるか……その時だけは、まるで取調べでも受けているかのようだった。
長く延々と続くかと思われた道も終わりが見えてきた。男は会話を中断して車を左に寄せ、携帯電話を取り出すと誰かと話し始めた。
『もしもし、県概に着くのは少し遅れそうだよ。』
県概とは何処かの地名だろうか。聞いた事が無い。
(まあいいや、盗み聞きは良くない。)
電話の邪魔にならぬよう、皆は沈黙した。
やがて車は信号を曲がり、繁華街へと入った。眩しい程のネオンは夜光虫の大群を思わせる。
目的地へと近付いた事で気持ちが昂るのを抑えられず、先程の険悪な雰囲気は何処へやら、声を潜めながらこれからの予定を立てていた三人だったが、中心である駅を通り過ぎても車は速度を緩めなかった。
計画は音を立てて崩壊を始め、脳内では再び疑心の感情が構築されてゆくのを抑える術は無かった。
万華鏡を覗いたような煌く街並みは次第に遠ざかり、辺りには雑居ビルばかりが群生し始めた。
ビルの群れは都心部と言う事もあり比較的新しい物なのだろうが、その姿は疲れ果て、ただそこに死んだように佇むのみ、といった冷たい印象を受ける。
男は未だ携帯電話を手離そうとはしなかった。会話に夢中で通り過ぎてしまった可能性はあるが、流石にその可能性を視野に入れる程皆馬鹿では無い。
いつしか他の車は一台も通らなくなり、がらんとした交差点が目の前に迫った。
すると、あろう事か車は急速に速度を落とし始めた。こんな所で駐車すると言うのか。
『うん、大丈夫だって。』
男は電話越しの会話を続けたまま、躊躇う事も無く交差点の中央に車を止めた。
こちらへの説明も無いばかりか、視線を正面に向けたままだ。先程までの陽気さは消え失せ、車内は異様な気配に包まれている。これが殺気と言うものだろうか。
『うん、うん。』
男は相槌ばかりしている。電話の相手から何か指示されているのかもしれない。
三人は一斉に車から飛び出し、身を寄せ合って男に睨みを効かせた。
『分かった分かった、手は出さないっての。』
受け答えをしつつ、やおらゆっくりと運転席から這い出てきた男は、グローブボックスから何かを取り出し、電話を切った。
『ったく、甘いんだよあいつは……俺が殺しといてやる。』男はそう呟いた。
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