三章 悪夢を呑んだ男
ここは何処だろう。
瞼を開けても尚薄暗い。今回の夢の始まりは見知らぬ部屋からのようだ。
それにしても、ここまで視界が悪いと何が何だか分からない。
またもや怪物が現れたりはしないだろうか。これは監禁されているのではないだろうか。
不安が膨張してきた。嫌な夢でなければ良いが。
この部屋は長らく放置されていたのだろう。黴の臭いが充満している。あまり良い雰囲気はしない。
手探りで周囲を調べようとしていると。ぱち、と突然音が鳴り、光が部屋を包んだ。凡太はその眩しさに思わず瞼を硬く閉ざしてしまう。
暫くしてから眩んだ目をこじ開けると、部屋を光で満たした人物は梅原だと分かった。彼は放心したような表情で佇んでいる。
夢で出会う人々の大半は二種類に区別出来る、凡太の経験則だ。
一つは夢の中で物語を紡ぐ役目を持つ者だ。彼等は自らの使命を理解している為か、現実では到底考えられない事柄に直面しようがそれが当たり前なのだと自然に振る舞う。これは母や高橋が当てはまるだろう。
二つ目は別世界から迷い込んでしまったかのように状況を飲み込めず、ただ彷徨うだけの存在だ。凡太は前者を役者、後者に該当する人物をゲストと呼んでいる。
説明の通り、ゲストは夢の世界にあまり精通してはいないので、話しても有益な情報は得られない事が多い。
それに、彼等は凡太に同行してくれる場合もあるのだが、怪物等脅威になるものに接触し、死亡してしまう時も少なくなかった。一人で行動するよりも遥かに頼もしいのだが、あまりにも悲しい結末だ。
これにはどちらかと言えば将太が該当するかもしれない。
彼は洞窟で困り果てていた。加えてあの魔物に苦戦していたと言う事実により戦闘能力は同程度だったと思われる、役者ならば高橋同様、既にあの世界に適応していて実力もあったはずだ。
この梅原はどちらなのだろうか。
『梅原、ここ何処か分かる?』
『ううん、全然。』
梅原はゲストだった。凡太は舌打ちしそうになるのを堪えた。
情報が一切得られなかったのは痛いが仕方が無い。自力で何とかしなければ、まずはこの場の確認を行うとしよう。
部屋は約十畳と言った所だ。二人の住むアパートの一室よりかは幾分広い。
壁は全てトタンで作られている。赤く錆が浮き、穴だらけの小汚い景色が四方を固めていた。
部屋の隅にはいくつか頑丈そうなアルミ製の棚が配置されている。何故だか棚には黒い布が垂れ幕のように垂らされており、何が置かれているのかは覗いてみなければ確認出来無いだろう。
凡太が棚に手を伸ばしかけた時、突然にも頭痛が起こった。びりびりと音が聞こえてきそうな程に痛む。まるで電撃を浴びせられたかのようだった。
頭痛を皮切りとして、閉ざした瞼の裏には正方形の図形が浮かび上がった。いや違う、これは真上から見た複数の部屋だ。
部屋は四つに区切られている。一つは今凡太と梅原の居る部屋だ。つまり後三つ似通った空間があると言う事だろう。
それぞれの場所には鍵となる物が存在するらしく、残り三部屋には鯨、蠍、鰐を形取った紋章が現れている。この部屋はサイの……親子だろうか。少し異質な紋章だった。
それだけを映し終えると頭痛はぴたりと収まり、部屋の映像も頭から抜け出て行った。
(これは多分、脱出ゲームみたいなものだ。まだまだヒントが足りないけど、次はもう少し進めないと出てこない気がする。)
凡太はこの手のゲームはあまり得意では無かったが、久方ぶりの知恵を使う遊戯に俄然やる気にさせられていた。
しかし映像は終わってしまったので、とにかく手当たり次第物色してみる事にした。この幽閉状態ならば普段は無精者の梅原も手を貸してくれるかもしれない。
『梅原、ここから抜け出さないといけない、手伝ってくれないか?』
『うーん、まず何の目的で抜け出したいの?仮に脱出した所でその先どうなるのかも分からないし、俺はこのままでいいよ。』
『さっき頭痛が起きて…』
凡太の声は既に彼の耳には届いていないらしく、梅原はジーンズの尻ポケットから小説を取り出し、壁に背中を預けて毎日嫌と言う程見ている姿に戻った。
こいつはゲストとして現れると口ばかりで本当に使えない。怠惰の権化だ。
いつもの事だと凡太は諦め、一人で脱出の手掛かりとなる物を探し始めた。
(まずは棚を片っ端から見ていこうか。)
目に付いた棚に近付き、布を捲り上げた。
『うっ』
声が漏れ、無意識に眉間に皺が寄っていた。
棚にはプラスチック製の大型の容器がいくつも置かれており、透明なその容器には薄汚れた工具や煤けた木箱がぎっしりと詰め込まれている。
見ただけでうんざりしてしまった。中身を全て確認などしていたら脱出出来ぬまま朝になってしまう。
取り出すのはひとまず保留にし、一つ下の布を捲り上げる。
そこでぽつんと置かれた正方形の小さな黒い箱を見つけた。
箱は光沢があり艶々としている。その上部にある突起物は何処か見覚えのある形をしているのだが、どうにも思い出せずにいた。
箱をひとまず部屋の中央に置き、探索に戻った。
もしもこの時、忍び寄る気配と、友人の失態にいち早く気付けていたのならば……この夢は愉快なものとなっていた可能性は高い。
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