冒険 7
また朝が来た。来てしまった。
目覚まし時計が喚き出すよりも早く覚醒した凡太は電源ボタンを切の方向に押し戻した。
(秒針だけ動いてないな。)
購入してから時計の電池を交換した記憶が無い。近々彼が役割を放棄して遅刻する日が電池交換の日になるだろう。
そんなどうでも良い事はさておき、凡太はゴミを出しに行こうと布団から這い出した。
寝起きで急な階段を降りるのは細心の注意を払わなければならない。この家のいくつもある難点のうちの一つだ。
ゴミを指定の置き場に放り投げ、家に戻る。凡太は未だに昨夜体験した夢の出来事を反芻して余韻に浸っていた。
しかしそうしていればいる程、哀れな生活を送るこちら側の自分が惨めに映し出され、自己嫌悪に襲われた。
下らない妄想の世界ならばまだいい。有象無象の王国に戻ってしまった。現実と言う名の地獄に帰り着いてしまったのだ。また夢の世界への扉を潜るまで、瞼を開いていなければならない。
ただ、今日は嘆くばかりでは無い。新しい夢の経路を発見した。これは大きな収穫だ。
しかも冒険する夢の大半は敵との遭遇や災難により死んでしまっていたが、今回最悪の事態は回避する事が出来た。とても素晴らしい時間だったと言えよう。今夜の夢にも期待が膨らむ。
部屋に戻ったらすぐに日記を付けるべきだろう。読み返すだけでも暇が潰せるので、出来るだけ細部まで覚えているうちに書き留めておく必要があるのだ。
(その後バイトの準備をしよう。シャワーを浴びて歯を磨いて、服を着替えないと……こんなもの、夢の中なら全部やらなくてもいいのに。)
自然と溜め息が溢れた。
否が応でも現実の問題が思考に入り込む、それに激しく嫌気がさした。
今日も仕事。ただそれだけだ。現実世界の存在も、今ここにある肉体も、全てが無価値なのだ。
現実は下らない。
凡太は眠る。
居酒屋では年の近い同僚達がお互いの彼氏彼女の事や、店での最近の出来事等を話していた。
常連の客には既に何回も聞かされた自慢話と昔話をまたもや繰り返された。
夢の話をしてくれる人はいないのだろうか。他人の夢の内容などあまり聞いた事が無い。
当然年齢を重ねた人間のするような話題では無いのは分かっているが、個人の脳内にのみ存在する未知の領域の断片を見せてくれる人物がいるのならば、凡太は自ら進んで耳を傾けている事だろう。
(少なくとも今はいないだろうな。)
現実を理想で着色しようとは我ながら恥ずかしいものだ。凡太は妄想をやめ、目を閉じた。
最近では欠かさず日記を付けている成果なのか、夢を見ない夜の方が少ない。
今日は一体、どんな夢が見られるのだろうか?
一章 冒険 終わり
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