冒険 6

凡太は力を込める。


地上へ脱出する為、蓋の役割をしている長方形の置き石を押し上げている最中だった。


暫くそうしていると、やっとの事で石を退かす事が出来た。二人は舞い上がる埃に咳き込みながら、天井に空いた穴をよじ登った。


(やっと地上に出られた。)

顔を出すと側溝のような場所に出た事が分かり、人通りが無いのを確認して這い上がった。


しかし、街からはどこか妙な気配が漂っていた。勘の鈍い凡太でさえ異変を察知出来る。


家々が軒を連ねる十字路の中心に立ち、辺りを見回した。


人家は息を殺すようにひっそりとしており、気の早い常夜灯が街を照らしている。


地平線はまだ赤みのある空色を半分は残していた。現実の時間で言えば十六時程度であるはずだ。何故皆家に閉じこもっているのだろう。


「人がいないな、宿屋は自力で探さないといけないかもね。」


将太が背後から声を掛ける。


高橋が危惧していた事の前兆だろうか。とにかく今は助言に従う為、行く先も分からぬまま、一歩踏み出した。


……その瞬間視界は暗闇に染まった。


驚く暇も無かった。黒一色に塗り潰されてしまった景色に色とりどりの飛沫が飛んで混ざり合い、街全体は鉛色に落ち着いた。


凡太は混乱するばかりで、ただ立ち尽くす事しか出来無かった。


将太の方を見ると、彼は首を動かさず視線をきょろきょろと絶え間無く動かしている。


その意味が分かった。薄闇の奥からは円形の白濁とした光が見え隠れしていたのだ。


光源は無数に存在していたが、どれも二つの光の間隔が近い、対になっているような印象を受けた。


(いや、あれは、生物の目玉だ。)


気付くのが早いか、二人は走り出した。


宿屋を探し出すのが先か、奴らに殺されるのが先か。そう焦る気持ちを嘲笑っているかの如く、似たような十字路ばかりが続く。


息が上がり始めた頃、道の先に一際明るいランタンをぶら下げた建物が見えた。看板の文字は三角形と線を適当に並べたようで全く理解不能だった。


もう賭けるしかない。凡太は弧を描きながら左折した、店の前まで全速力で走り抜けるつもりだ。


だが、扉に手が届くまで後三メートルと言う所で足が動かせなくなってしまった。将太は硬直している凡太の背中に勢い余って衝突する。


「何やってるんだ!」


尻餅をついた将太の怒鳴り声が聞こえるが、返事も出来ずにいた。


立ち上がった将太は凡太の顔が向けられている曲がり角の先に目を留める。そして友人が石像と化した理由を知ったようだ。


視線の先には黒色の化物達の大群が蠢いていた。群れは互いの体を寄せ合い、肉塊の山を作り上げる。


それは少しずつ混ざり合い、確認出来る目玉が二つだけになった。かと思えば伸び上がった影は周囲の建物と並び、遥か高みから二人を見下ろした。


巨大な魔物は殊更に大きな掌をこちらに向けた。その周りには蛍のように小さな光が集まり始める。


「逃げるんだ!あいつ魔法を放つぞ!それに……」

凡太はその声で我に帰った。


将太の言葉はそこで途切れたが、魔物の背後からは更に頭一つは大きな黒い影がゆらゆらと巨体を揺らしながらこちらへと向かっていた。何が言いたいのかは一目瞭然だった。


湧き上がる恐怖。それが功を奏したのか、恐れが原動力になった二本の足は先程よりも速く回転し、凡太を店の前まで運んだ。


幸いにも鍵はかかっていなかった。簡単に開いた扉に二人は滑り込む。


将太が慌てて扉を閉める時、魔物は太陽のように燃え盛る巨大な火球を弾き出す寸前だった。


「いらっしゃいませ。」


絹の服を着た四十代程の女性が、外での出来事がまるで絵空事かと思われる程の穏やかな口調で出迎えてくれた。


その声と、やっと街の人間に出会えた事でひとまず安堵したが、すぐに扉の方を振り返った。


外部からは物音一つ聞こえない。どうやらこの街は建物内部に入ってしまえば絶対安全らしい。


そして女性の話によると、この場所は宿屋で合っているそうだ。魔物に襲われては命拾いし、宿屋にも辿り着けた。運が良いのか悪いのか、何とも微妙な所である。


緊張が解け、眠気が押し寄せてきた二人はどの部屋でも構わないと適当に宿を取った。


あてがわれた部屋に入り、ベッドに寝転んだ凡太はぼんやりと考える。


(今日はこれで終わりか…)

今眠ってしまえばそのまま朝を迎え、夢は明日以降へと持ち越しになるだろう。それが少々不満だった。


だが、疲労によりこれ以上は気力が続かない。また冒険を再開する時は落ち着いた街であって欲しい。そう願いながら目を閉じた。


久々の安らかな夜だった、二重に夢を見る事は無いのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る