◆お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん

 栗色のショートヘアのあの子は間違いない。



 紫藤しどうさんだ。

 隣の席の女子で、毎日のように顔を合わせている。会話はほとんどしたことないけど。


「紫藤さん、なにか用?」

「うん。その子……小野木おのぎ 愛海まなみさんよね」


「知ってるのか」


「もちろん。早田くんを“お兄ちゃん”って親し気に呼んでいるよね。兄妹なんでしょ?」


「一応、義理の妹だよ」

「一応――か」



 俺から視線を外し、愛海の前に立つ紫藤さん。できれば、愛海を煽る行為はしないで欲しいが……。



「なに、紫藤さん。お兄ちゃんを取る気?」

「だったらどうする?」


「ぶっ殺しちゃう。わたしとお兄ちゃんの邪魔をしないで」


「怖い怖い。まあいいでしょう、今日のところは帰ってあげる」

「二度と関わらないで」

「それは無理。だって、早田くんとは隣の席だもん」


 くるっと踵を返す紫藤は、余裕の笑みを浮かべて戻っていく。ナイフ向けられていたのに、よく冷静でいられるな。


 俺はヒヤヒヤしたものだが。



「愛海! 無関係の人に刃物を向けちゃだめだろう」

「……だめ、だめだよ、だめだめだめ、お兄ちゃん……お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……お兄ちゃんは、わたしのものなんだから……」


「お、落ち着け。今は二人きりだろ」


「あの女なによ! 好きなの!?」


「違うって。そんなんじゃない。いいから、ナイフを下ろせって」

「……ッ」



 俺は愛海の手を握って落ち着かせた。こうすると、だいぶ病まなくなることを知っていた。今はこれで落ち着かせてやるしかない。



「家へ帰ろう」

「もう他の女の子にデレデレしないで」

「ああ、しないよ。だから、ほら手を」


「……うん、ありがと。お兄ちゃん」



 ナイフをカバンに仕舞い、優しい口調で答える愛海。やっと元通りになった。……ふぅ。毎度毎度、世話の焼ける妹だ。

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