第25話

「実は数多くん、血闘者としての力を持っているの。まごうことなき、紅としての力をね」

「……は?」

 病院にて焔からその事実を聞いた時、早苗の思考が飛んでしまう。みっともなく口も大きく開いてしまうが、自身が間抜け面を晒していることすら気づかない。早苗にとってその事実は、嘘だと思うくらいの衝撃発言だった。

「い、意味が、わかりません……紅の力を有している? と、ということは、赤宮数多は一様の息子ではないとおっしゃるのですか?」

「いや、それは違うよ」

 早苗の純粋な問いに、一は優しく答える。早苗が動揺するのを見越しているのか、一は非常に落ち着いていた。

「数多は正真正銘、俺の息子だ。赤池が調べればすぐ出てくる情報だ」

「で、ですが一様の前妻は、紅とは全く関係のない一般人だったはず。一様の遺伝じゃ、どう考えても血闘者になるはずが……」

 少し考えたところで、早苗はハッとその仮説が思い浮かぶ。そんなことがあり得るのかと否定したくもなるが、可能性はゼロではない。だからこそ早苗は、その仮説を確かめずにはいられなかった。

「ま、まさか……一様の元奥様というのが……」

「私、ですよ」

 そう答えたのは、他でもない焔だ。知られざる秘密、しかも特大スクープクラスの秘密が飛び出したというのに、焔は至って冷静だった。表情に僅かな微笑を浮かべ、真実をつらつらと語る。

「驚くのも無理はありません。この秘密を知っているのは、一と雅を除けば紅の中でも一部の人間だけ。早苗さんが知らないのは当然のことよ」

「と、いうことは、赤宮数多は……」

「えぇ……数多くんは間違いなく、私と一の息子ですわ。ちなみに烈火は一年後に別の方の子として産んだから、二人は異父兄妹ということになりますね」

「きょ、きょうだい……」

 あまりの情報量に、早苗は苦しそうに頭を抱えた。

「受け入れなさい、早苗。貴方の気持ちはよくわかります」

「お。お母様……」

 そんな早苗を見かねてか、母親である雅が声をかける。早苗が顔を上げて母の顔を見ると、何故か渋い表情をしていた。

「私も一時期は……一が焔様の生涯の伴侶など、殺してでも阻止したいほど憎い存在でした。ただ今思えば、一以上に烈火様を想う男性は、他にいませんでしたが」

 常に感情を表に出すことのない雅が、自身の感情を声に乗せてまでそう説明した。雅にとって焔という存在が、それほどまでに大事なものだというのが、早苗も肌で実感した。ただその気持ちが本当過ぎるからか、そばで聞いていた一の表情が若干引き気味だった。

 妙な空気になったからか、焔は一回咳払いをする。

「……話を戻しましょう。数多くんは紅の子として生まれたことで、当然のことながら紅の力を有していました。しかし彼が持っていた稀有な可能性は、それだけではありませんでした」

 一を一瞥しながら、焔はひた隠しにしていた数多の可能性を明示した。

「紅の力と、赤宮の特異体質の融合体……それを初めて成功させた例が、数多くんなのです」

 紅家に殉じないと理解できないその事実に、早苗は息を呑む。理解できなかったわけではない、ただその驚愕の事実にすぐ言葉が出なかっただけだ。

「早苗ちゃんなら知っているはずだ。紅家が、分家との子を作らない理由を」

「えぇ……確か過去にそういう子を産んでも、早死を繰り返したことで禁忌になったと……」

「そうだ。だから基本的に紅とは無関係の異性を捕まえ、その間とで子を作る。それが一番の安全策だから今までもそうしてきた。烈火ちゃんも例に漏れず、そのように生まれてきた」

「で、ではなぜ、焔様との子を……危険と承知だというのに……」

 早苗がわからない箇所はそこだけだ。少なくとも早苗の認識では、一と焔はそういった感情に流されるような人間ではない。きっと数多の件も、そういう話が浮上したから機会に恵まれただけだと、そう思っていた。

 だが現実は違うようで、一は表情をキメながら断言した

「愛する人との子を作りたいのは、誰もが思うごく普通のこと。だから作った」

「……」

 恥ずかしがることなくそう言った一に、早苗はどう返せばいいか分からず固まってしまう。しかしこの場での一番の被害者は焔であり、顔を真っ赤にしながら明後日の方を向いていた。

「……今でこそ落ち着きのあるお二方ですが、当時の仲の良さはこの私が胸やけを起こすレベルでした。人前では毅然と振舞っている分、誰も見ていないところでは羽目を外していたのでしょう。私の前でも隠そうとしていたから、間違いありません」

 そして当時の様子をよく知る雅もそのように証言し、言い逃れすることは不可能となった。だから焔もいろいろと諦めをつけ、受け入れた上で強引に話を戻した。

「数多くんという成功例は出来た。それでも暴走の危険を無視できなかった我々は、赤宮の息子ということにし、紅から遠ざけた。だが紅の世継ぎは必要だったから烈火を産んだ……そういう経緯が裏にあったの」

「烈火様が、実質保険、ということですか……?」

「……そういう風に見えてしまうのは致し方ないですが、勘違いしないでください。烈火を蔑ろにしたことはない。事情はどうあれ、烈火も私がお腹を痛めて産んだ子です。烈火を愛おしくないと思った瞬間など、1秒もないことは断言します」

 本当に勘違いしてほしくないのか、焔の表情はより一層険しくなる。だから早苗も余計なことを言わないために言葉を引っ込める。

「説明はこんなところかしら。だから早苗さん、安心して頂戴。数多くんも烈火と同じ血闘者の力を持っている。しかもよそ者の血の混じりのない、なおかつ紅と赤宮のハイブリッドから生まれた、事実上の純血の血闘者。言葉は悪いけど、赤霧響矢ごときが敵う相手じゃないわ」

「た、確かにそうかもしれませんが……赤宮数多の、紅としての力というのは、赤霧響矢に勝るものなのでしょうか?」

「それは……正直わかりませんね。何せ私も、そして一も、数多くんに力を使わせたことがないのですから。数多くんがこちら側のことをまるで知らなかったのが、いい証拠でしょう」

「ならどうして勝てると……? その保証はどこにも……」

 早苗は焔に問うた、安心できるだけの答えを欲するが故に。今の早苗に、数多の力を信じるだけの根拠はなかった。

 だが不安に感じているのは、早苗だけだ。一はもちろんのこと、焔や雅ですら心配していなかった。

「それは簡単な話です……ね、一?」

「そうだな、焔。数多は負けない」

早苗の疑問は解消すべく、一は得意げにその理由を語った。

「惚れた女の前でカッコ悪い姿を見せるほど、アイツは情けないヤツじゃないからな」

 圧倒的な感情論、これには早苗も唖然とする。ただ不思議とそれでどうにかなりそうな、不思議な感覚が早苗を支配したのだった。

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