第24話

 隠し部屋でも、数多と響矢による殺し合いが始まった。

「――はぁっ!」

 小太刀を構えた数多が、響矢の元へと駆けだす。愚直とも言える直進は、響矢レベルからしたら子どもの喧嘩の始まりにしか見えなかった。

「……舐めているのか?」

 苛立ちを覚えつつも、響矢は一歩も動かず数多と対峙する。数多が掬い上げるように小太刀を振るうが、剣筋を読んだ響矢が紙一重でそれを躱す。そしてがら空きの数多の腹部に力強く刀を突き刺した。

 たちまち数多の腹部から血が噴水のように飛び出る。一般人なら即死レベルの出血により、数多の足元が真っ赤に染まる。あっけなくダメージを与えたからか、響矢は大きくため息をついた。

「まさかこのような手の込んだ自殺をするとはな……俺も予想して……っ⁉」

 小言を吐いていた響矢の言葉が不意に止まる。仕留めたと思った数多が、響矢の手首をしっかりと掴んだからだ。多少の致命傷は致命傷にならない、赤宮の特異体質を活かした隙の作り方に、響矢は歯ぎしりする。相手が烈火でないだけあって、響矢も無意識に油断していた。

「おりゃっ‼」

 数多からしたら、そんな小さな隙すら見逃せない。小太刀を握り直すとアッパーの要領で響矢に奇襲を仕掛ける。だが響矢もギリギリ剣筋を見極め躱そうとする。

「くっ……」

 それでも完全に避けきることが出来ず、響矢の顔に一筋の傷がつく。そのまま強引に数多からの拘束から解き距離を取ると、響矢は顔についた傷痕に触れた。

「お前如きにこの俺の顔に傷をつけるとは……屈辱的だ」

「俺も成長したってことだ。どうだ、悔しいだろ?」

「あぁ、本当に……ぐちゃぐちゃになるまで殺したくなるほどにな!」

 響矢が吠える。傷をつけられたことで、より血気盛んに数多のことを睨む響矢。その豹変に数多も出血する腹を押さえながら警戒する。

 再び《武装》で武器を形作る響矢。しかしその形は彼が得意とする刀ではない。片手で持つことが出来る投擲用ダガー。指に挟むように4本作ると、そのまま数多に向けて投擲する。

 数多からしても予想外の攻撃だったが、それでも致命傷となる箇所への攻撃は弾く。それでも全てを防ぐことは出来ず、右足に深く刺さった。

「いっ……⁉」

 激痛が足に響くが、腹部を貫かれた時ほどではない。軽く意識は持っていかれるも踏みとどまった数多は、響矢の次なる攻撃に備えるため一度距離を取ろうとする。しかし数多の身体はその場から離れられず、右足に再び激痛が走る。

「しまっ……⁉」

 その原因は考察するまでもない。足元を見ると、先ほど響矢によって受けたダガーが足に刺さったままの状態であった。それが地面までも深く刺さっているのもあって、数多は瞬間的に移動を封じられた。

 決定的な隙が生まれ、響矢は追い打ちをかける。《武装》の刀を手に、数多に斬りかからんと突進する。

「くたばりやがれっ‼」

 容赦のない斬撃が数多に襲い掛かる。しかし数多もただでやられるわけにはいかない。響矢の斬撃に合わせ、小太刀を合わせて斬撃を受け流す。これで致命傷を負わずに済む、そう考えていた数多だったが、まだ詰めが甘かった。

 響矢の笑みが卑劣なものへと変わる。数多に攻撃を受け流されることすら読んでいたのか、そのまま数多の背後に回り込み再び刀を構える。左足一本でバランスを保ち、掬い上げるように刀を振るった。二段構えの攻撃までは数多も読めず、そのまま数多の首筋が切り裂かれた。その傷口からは、腹部を貫かれた時とは比にならないくらいに出血していた。

 思わず数多は首の傷を押さえる。それでも勢いの増した出血を完全に塞げず、数多の顔色も次第に青くなる。

「頸動脈は切った、身体の至るところに傷もついている。いくらお前でも、適切な治療を施さなければ死ぬぞ」

 響矢のその言葉は脅しでも何でもなく、ただの事実。響矢が数多を組み伏せた時に口にした時と、あまりにも状況が酷似していた。

「これでわかっただろ? 所詮お前は特異体質を持っているだけの、一般人に過ぎない。ただの人間如きが、俺たち血闘者に勝てるわけがない。……だからさっさと命乞いでもしろよ。お前の態度次第では、命だけは見逃してやるぞ?」

 今度こそ絶対的な優位に立ち、響矢の態度も大きくなる。見下した憎たらしい笑みが響矢に心の余裕を持たせ、数多を精神的に追い詰めていく。

「ふざ、けるな……だれが、おまえなんかに……」

 だがそれでも、数多が首を垂れることはなかった。血が噴き出る首元を押さえながらも小太刀を杖にして立ち上がり、鋭い目つきで響矢を睨みつける。鬼気迫る数多の背後には、守るべき存在である烈火が未だ転がっている。命尽きるその瞬間まで彼女の前に立ち続ける、そのような必死さがより顕著に表れていた。

「……わからないな」

 つまらなさそうに、それでいて本当に疑問に思っているかのように、響矢は呟く。

「お前がここまで食らいついているのは、烈火のためなんだろ? 何故その女にそこまで固執する? お前だって烈火に振り回された、こちら側の人間のはずだ」

 響矢の、烈火を見る目が冷たくなる。頭に血が回らない烈火は、光のない目で二人の様子を眺めるだけであった。

「俺だってお前には同情するさ。こんな女に人生狂わされて、引っ掻き回されて……敵対心を持ってもおかしくないだろ……なぁ、本音をぶちまけろよ? こんな女のことなんて、本当は嫌いなんだろ?」

 煽り口調で放たれた言葉でありながら、ヘラヘラとした笑みを浮かべながらも、響矢は数多に問い詰める。自分自身が聞きたい言葉を、数多の口から言わせるために。そうすることで意識を食いつないでいる烈火も精神的に折れる、そう踏んでの行動であった。

「あぁ、大嫌いだったさ……こんな女のこと」

 ポツリと数多も呟く。響矢が聞きたがっていた数多自身の本音を聞かせるために。

「ガサツで、我が儘で、暴力的で、俺の身の安全なんて微塵も考慮しない……本当に本っ当に大っ嫌いな女だったよ……でもな!」

 言葉を並べる度に、数多の頭が真っ白になる。自分でも何を言ったか覚えてられないくらいに、思考がまとまらない。それでも言葉の熱は次第に増していく。背後に烈火がいることで、絶望的状況でありながら、数多の気分は高揚していた。

 だからこそ数多の言葉からは、打算も言葉の駆け引きもない、正真正銘の本音が溢れ出た。

「その生き様に惚れた……それだけだ。俺が烈火の前に立ち、俺がお前を殺す、たった一つの理由だ」

 決定的とも言える烈火への想いと、響矢の前に立ち続ける覚悟。その全てが響矢と、そして意識を失いかけている烈火の耳に届いた。どちらにせよ後にも引けない、一種の決意表明の言葉。だがそれを言葉にしたことを、数多は後悔しなかった。響矢を始末するのも、烈火に想いを伝えるのも、数多に見える未来に必要なことであったからだ。

「はっ……下らねぇ」

 つばを吐き捨てるかのように嘲笑う響矢は、たった一言で響矢の想いを一蹴した。数多の綺麗過ぎる言葉が、虫唾が走るほどのものだったというのもある。だが響矢が嘲笑う本当の理由は数多と響矢、二人を客観視した上での決定的な戦闘力の差だ。

「ならどうするっていうんだ? お前に、俺を倒す力なんて、ないんだよ!」

 絶対的な事実を口にする響矢は、沸き上がる苛立ちを隠せずにいた。しかしその事実は変えられないものであり、意を唱えるものは誰もいない。例えそれが、弱者の烙印を押された本人だとしても。

 悔しさを隠せず、数多は歯を噛みしめながら下を向く。だがすぐに暗い雰囲気を一蹴させ、数多は力の限り吠えた。

「そうだな、俺にはお前を超えるだけの力はない……あるのは膨大に流れる赤宮の血だけだ。ならそれを信じるしかないんだ! 誰かを守るためには全力を尽くすだけじゃ足りない、死力を尽くさなければならないんだ!」

 吠えるだけの余力は残っている、ただそれは死力を尽くしていない証拠だ。赤宮の家訓を思い出し、数多は身体の隅々から力をかき集める。響矢を始末できるのなら死んでもいい、そのくらいの決死の覚悟を、改めて固めながら。

 首筋を押さえていた数多の左手が、不意に離れる。それと同時に再びおびただしい量の血液が噴き出るが、数多はそれを厭わず問いかけた。響矢にではない、自分自身の血液にだ。

「だから応えろよ、俺の血よ! 禁断の力だろうと悪魔との契約だろうと、なんだっていい! 烈火を助けるだけ力を、俺に寄こしやがれっ‼」

 あまりにも傲慢で自分勝手な要求。誰もが戯言と揶揄する数多の叫びは、数多の想いに変わって、応えた。

 ドクンと、数多の心臓が強く鳴る。その瞬間、体内に異物が紛れ込むような感覚に襲われる。それは全身を巡るように広がり、数多の身体に浸透していく。だが突然変異した身体に翻弄され、数多は自身の身体に何が起きているのか、まるで理解できない。思考能力も飛び、完全に受け入れるしかない状態に陥る。

 しかし数多以外は、数多を客観的に見た者たちは、その異変に気付いた。

「あれ、は……」

 真っ先にその異変に気付いたのは、意識が飛びかけている烈火だ。いつ意識が飛んでもおかしくはない烈火だが、それでも数多から目が離せない。烈火の感性を持ってしても、数多の変化は異常と呼ばなくてはならないからだ。

「あ、あり得ない……! そんなこと、あってはならない……⁉」

 そしてそれは響矢も同じだ。だが純粋な気持ちで数多を眺める烈火と違い、響矢は危機感を覚えていた。圧倒的格下である数多を前にして、初めて生命の危険に晒されるほどに。頭では現実を受け入れたくなくても、身体がそう信じる他なかった。

 だがそれほどまでの変化が数多に起こっているのも事実だ。その証拠に、響矢を睨む数多の両目は、血だまりのように赤く濁る。充血なんて生易しいものではない。それはまさに人ならざるものへの変貌の証であった。

 そしてその変化の正体を知らぬ者はこの場にいない。だからこそ響矢はあり得ないものを見るかのように、その事実を大声で叫んだ。

「何故お前なんかが……血闘者に目覚めてるんだよっ⁉」

 そう驚愕する響矢の目の前には、両目を《血の焔》に変貌させ、血闘者と化した数多が悠然とした態度で響矢を見下ろしていた。

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