第20話

 男を追いかけること十数分。数多たちは驚きの早さで目的地に到着していた。

 これを成しえたのも、全て太一のお陰と言わざるを得ない。基本的に安全運転を心がける太一であるが、緊急事態の場合は話が違うらしい。持ち前のドライブテクニックをフルに使い、最短で目的地までかっ飛ばした。

 そして十数分かけてやってきた場所というのが……

「ここって……⁉」

 その場所を見た瞬間、数多は身を乗り出すほどに驚いていた。その理由は明確だ、目的地が見覚えのある場所、強いては来たことのある場所だからだ。

 その場所というのは、数日前烈火と共に訪れ、数多の中でも大きなターニングポイントとなった屋敷だ。ここには掃除予定の対象が住んでいる、という事前調査結果を聞いてはいたが、今回の件と繋がっていたことまでは、数多にも読めなかった。

「まさか同一犯だったとはな……俺も予想できなかった」

 そう考えると、数多の中にも悔しさがにじみ出る。あの時烈火に従って何が何でも仕留めていれば、このような事態にならずに済んだからだ。こみ上げる悔しさで爪が食い込むほど手を握り締める。

(……いや、今更嘆いても無意味でしかない)

 すぐに数多は冷静さを取り戻す。過去は変えられない、なら未来を変えるしかない。烈火が本当に殺される未来を作らないよう、自分自身がその元凶を叩きつぶす。強い想いを胸に、数多は更に覚悟を締めた。

 屋敷が近づくにつれ、数多も注意深く外を確認する。血痕を追っていくと、男は正面から屋敷内に入ったようだ。しかし屋敷の正面には多くの警備員が配備されている。数多一人で突破するだけなら難しくないかもだが、それでも無傷では難しい話だ。

「やはり正面からは難しいか……でも裏口からなら……」

「いや、そんな時間はねぇ!」

 しかし太一がブレーキを踏むことも、ハンドルを曲げるようなこともしなかった。ただより強くアクセルを踏み、ハンドルを固定させて一直線に進む。暴走列車のような猛スピードで、閑静な住宅街を突っ切っていった。

「ま、まさか……⁉」

 数多とて、この先の展開が見えないわけではない。しかしどちらかといえば温厚な太一がそのような暴挙に出るとは微塵も思えない。しかし太一は至って本気であった、彼の目がそう訴えていた。

「恨むなら、お嬢を襲撃したてめぇらのボスを恨むんだな!」

 完全に口調が荒くなり本性を明らかにしていく太一は、そのまま屋敷の正面から突っ込んだ。もちろん警備員も怪しい動きの車の存在に気付き、正門を塞ぐかのように立ち塞がる。そうすれば相手側も躊躇してブレーキを踏んでくれるものだと、一般的な常識が彼らに囁いた上での行動だ。

 しかしその行動は、完全に悪手であった。何故ならその者たちは、この世で一番喧嘩を売ってはいけない相手である紅家の分家集団。常識なんてものは既にどこかに捨てていた。

太一が操る車は一切スピードが落ちることなく、立ち塞がった警備員を容赦なく轢き飛ばした。車体に不気味な音が響き数多はドン引きするが、太一はそうでもなくより嬉々としたものになっていた。どんないい性格をした人間でも、紅家に関わっている以上狂気的な本性を隠し持っている。数多は身をもってそれを体験した。

 ただ今の状況からしたら、かなり有難いことであった。妥協案として前に実行した裏口からの侵入があるが、扉の破壊が難しい以上かなりのタイムロスが懸念される。それでも正面突破を試みれば時間が短縮できるほか、何人かの無力化も出来る。まさか前回実行できなかった手段が、このような形で実行できるとは、数多は思いもしなかった。

 そのまま太一が暴走する車は敷地内を突っ切っていく。もちろん他の警備員が現れ太一を止めようとするが、生身で車に立ち向かうなど不可能に近い。立ち向かってくる者全てを薙ぎ払い、容赦なく戦闘不能にしていく。

 中には拳銃などで応戦しようとする者もいたが、太一が操る車は拳銃如きに邪魔されるような車ではない。実は紅家の分家が作成した特製の装甲車であり、銃弾ごときで止まる代物ではなかった。生物兵器でもなければ、今の太一は止まらない。

 ある程度相手を薙ぎ払ったところで、太一は屋敷の入り口の前でハンドルを切り、強引に車を停止させた。

「赤宮! こっちは適当に引きつけておくから、お前は目標を追いかけろ!」

「太一さん……ありがとうございます!」

「礼はいいからさっさと行け!」

 叱咤する太一の言葉に押される形で、数多は車を降りた。すると時間が経ったことで他の警備員たちもわらわらと庭へとやってくる。それを確認した太一は再びアクセルを踏み込み、容赦ない蹂躙劇を展開していく。少なくとも警備員たちに邪魔されることはなくなった。

 太一に感謝しつつ、数多は屋敷の中に堂々と入っていく。表の騒ぎのお陰か中の人間も全て出払っており、邪魔されることなく深部へと進んでいく。一度忍び込んでいるだけあって、数多の足取りに迷いはなかった。

 加えて屋敷内に入ってもまだ血痕が残っており、男の行く先を示し続けている。若干誘導されている節もあるが、今の数多はそれを一切気にしない。例え罠だとしても、犯人と対峙する未来は変えられない。だからこそ恐れることなど何もなかった。

 血痕は屋敷内でもかなり長く続いていたが、やっとのことで途切れた。しかし途切れた場所にも心当たりがある。数多と烈火が閉じ込められた、謎の一室。そこに繋がる書斎のある部屋に伸びる、一本道の廊下だ。

(……誘われてるよな、これ)

 どこから見ても明らかであった。屋敷の間取りは理解していても、隠し部屋の構造までは詳細に知らない。そんなところに足を踏み入れるなど、愚策に等しい。だが数多は止まらない。

「烈火……お前の仇は、絶対に取る!」

 決意の闘志を心中で燃やし、数多はその扉を勢いよく開ける。前回と変わらず薄暗い書斎に足を踏み入れるが、この部屋に用はない。目的はその奥に潜む謎の部屋。そこに何かあるというのは、血痕を見るまでもなく理解出来た。

 だから数多はさっさと書斎を抜け、蹴破るようにその先の部屋へと入る。再び入ることとなった、用途不明の部屋、前回は烈火と共に閉じ込められ、共に語り合った空間となった。だが今回ばかりは違う、そこが戦場へ変わることは数多も覚悟していた。

 そしてその答えと言わんばかりに、隠し部屋の中央には一人の男が立っていた。黒いローブを深く被った男、間違いなく病院にて烈火を襲撃した張本人だ。

「やっと追い込んだぞ……覚悟は出来てるんだろうな……⁉」

 男の姿を視認した瞬間、数多は食い掛るように男に感情をぶつけた。元々感情を表にしやすい数多であるが、今回ばかりは仕方ないと言える。数多が全力を持って潰しにかかろうとする、それだけのことを男はしてしまったのだから。

 しかし男は数多の血気盛んな態度を前にしても、余裕綽々な雰囲気を放ち続けていた。数多がどのような力を持っているか、わからないのにも関わらずだ。よほど自分の力を過信しているのか、はたまた数多の力の底を知っているかのような、そんな態度が見て取れる。

 ひとしきり男は数多の身体をじっくり眺めると、やっとのことで口を開く。フードから覗く口元は、厭味ったらしく笑っていた。

「やれやれ……少しは強くなったようだが、まだまだ小物臭い雰囲気は変わらないな」

 鼻につくような煽りセリフが数多へと差し向けられる。単純な性格をしている数多なら、それだけで激昂してしまうような、そんなセリフ。しかし数多が煽り言葉に反応することはなかった。怒りよりも前に、驚きの感情が先行してしまったからだ。

「は……えっ?」

 敵の前だというのにも関わらず、数多は腰が抜けてしまいそうになる。思考もまとまらなくなり、一瞬真っ白になって飛んでしまいそうになる。それほどまでの衝撃が、その一言に集約されていたからだ。

 男の口調、声色、更には容姿など、男の全てを着目し、数多は初めてその可能性を見出した。だが数分前まではその可能性を完全に排他していた。絶対にあり得ない、あってはならないと、染みついた常識のように数多の中に浸透していたからだ。

 そんな数多の反応を見て、男は嫌な笑みに浮かべる。それと同時に深く被っていたフードを取り、自らの顔を公開した。数多の中の可能性が確信に変わった瞬間だ

 そして数多は今度こそ、腹の底から激昂しその感情を男に……裏切り者へと向けた。


「な、なんでお前がここにいるんだよ……響矢!」


 その男の名は、赤霧響矢。紅家の分家の一つ、『指導』の赤霧家の次期当主。そして紅烈火という少女を恋い慕う、味方であったはずの少年であった。

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