第13話
「今日の仕事は、端的に説明すると調査です」
場所は変わり、紅家が所有するワゴン車の中。仕事のために真っ黒な恰好になった数多は、目の前で説明を始める早苗に集中していた。彼の隣ではいつも通りのニコニコとした烈火がいるが、苛立ちを抑えるためにも見ないようにしていた。
「先日、烈火様が政治家の桐生海斗を掃除していただきましたが、アレは元々残党処理みたいなものでした」
「あぁ、この前の会合の時にも聞こえてきたよ。確か大元が、重鎮の政治家の人なんだっけ?」
数日前に聞いた話であったが、数多はその内容を鮮明に覚えていた。何せ初めて人が死ぬところを目にするきっかけとなった依頼だ。数多にとっても早々忘れられるものではない。
「本来なら桐生海斗の掃除をもって本案件は終了するはずだったのですが……どうやらまだ一人、残党が残っていた。そういう調査結果が赤池家……紅家分家の中でも『諜報』に長けた一族からいただきました」
そう言いながら早苗は調査結果が記された資料を数多に手渡す。そこには今回の依頼の掃除対象の情報が事細かに記載されている。軽く目を通しただけでも、「これ以上調べることなんてあるのか?」と数多は目を疑った。それを見切ったのか、早苗は納得のいく説明をする。
「今回はその裏取りです。本来はこれも赤池家が行うはずでしたが、荒事が予想されるので烈火様たちに回ってきました。彼らの戦闘技術は皆無に等しいですからね」
「裏取りって……どうやるんだよ? てか諜報に戦闘技術もクソも……」
そう言葉に仕掛けた時点で、数多はハッとその答えを導き出す。そんなことがあっていいのかと、数多の表情ががっちりと固まる。だが無情にも、数多の悪い予感はピンポイントで的中した。
「簡単な話よ。対象がいると思われる屋敷に忍び込むのよ」
「マジかよ……」
それを聞いた数多が頭を抱えたのは言うまでもない。やはり自分がいる世界は、別次元の世界だということを痛感した瞬間だった。もちろん数多にとって未知の経験であるため、不安要素は湯水のように出てきた。
「それ、本当に大丈夫だろうな? 命の危険とかないよな?」
「大丈夫よ。少なくとも烈火様がやられることはないし、貴方も死にはしないはずよ」
「答えになってねぇ……!」
基準があまりにもおかしすぎる。そう声を大にしたいところであったが、無意味だと悟ってしまった。どのみち決定事項なことに変わりないから、数多はもう諦めの境地にまで辿り着いていた。
そんな数多とは対照的に、烈火は爛々と目を輝かせていた。楽観的で紅の家業にも楽しさを持っている彼女にとって、仕事そのものは楽しいものだ。例え内偵というつまらない仕事であっても、独特の解釈でテンションを上げていく。もちろん、一般的には悪い方向にだ。
「なぁ~に、簡単なことだよ! 目に入ったものは全て掃除する……対象に仕えている時点で、周りの人間全員関係者みたいなものだから! 烈火、殲滅も得意だから安心して!」
「どこをどう安心しろと……」
だからこそ数多の心に安寧はやってこない。このままでは知人が大量殺戮兵器へと早変わりし、現場が血と死体の海と化してしまう。そんな想像すら容易に出来てしまえるのが、紅烈火という少女だ。
しかしそう言い出すことすら予想していた烈火の従者は、宥めるように控えめに諭した。
「烈火様。今回はあくまでも内偵がメインです。まだ昼間なので、過激な真似は控えていただけると助かります」
この時、数多は初めて早苗が素晴らしき人間に見えた。従者として烈火には絶対服従にして、全ての命令を聞き入れる狂信者、赤崎早苗。そんな彼女も状況のためにも主に進言する姿は、数多も目頭が熱くなるほどに感動した。
だがそんな早苗を前にしても、烈火は屈託のない笑顔を変えずに確認した。
「でもさーちゃん……どうしようもない時は、しょうがないよね!」
「……まあ、そうですね」
澄ました表情をピクリともせず、早苗は堪忍したのだった。圧倒的に早い屈服に、数多は早苗を二度見した。
(もうちょっと粘れよ!)
(……無理言わないで。烈火様を止めることなど、私にはできないわ)
数多が目でそう訴えかけていることに対し、早苗も同じように目で訴える。もちろん二人の間にそれだけで意思疎通できるほどの絆などない。ただなんとなく、そんなことを言っているような気がしただけであった。
やがて返しを思いつかなかった早苗が、数多の視線から振り切るように車の外を眺めた。
「そろそろ目的地です。近くで止まると怪しまれるので、少し離れた場所で下ろします。そこでお待ちしていますので、何かあればご連絡を」
(話逸らしやがって……)
都合よく話題を逸らされたことに顔をしかめる数多だったが、目的が目的なだけに無視できず、早苗のように外の様子を確認する。
すると目に見るくらいの距離にあるところに、紅家の屋敷より一回り小さな屋敷が見えた。今まで大きな屋敷しか見てこなかった数多からしても、こじんまりとした印象が見て取れる。しかしひときわ異彩を放つ特徴もある、それはとても家とは思えない仰々しい壁であった。いかにも中で大事なものを匿っていると言わんばかりの屋敷の雰囲気に、数多も緊張で気が引き締まった。
その後早苗の宣言通り、一度屋敷の前を通りすぎる一同。近所にある人気の少ない公園の前まで来ると、やっと車が止まった。
「着いたぞ」
短く太一がそう伝えると、降りるよう数多たちに促した。本来であれば早苗が世話するところであるが、ここは紅家から離れた場所であるため過度に目立つことができない。そうわかっているからか烈火の表情に負の感情はなく、まるでピクニックに向かう子どものような無邪気な笑顔を浮かべていた。
「それじゃあ行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ、烈火様」
「……達者で」
早苗たちに見送られる形で、数多と烈火は車から降りる。すぐに車はどこかに走り去り、痕跡を残さないようにした。平日の昼間なのもあり人の姿はほとんどなく、数多と烈火だけが公園にいた。互いの吐息が聞こえるくらい、辺り一帯は静かであった。
しかしどのような状況であろうが、数多と烈火が婚約者の関係であろうが、やるべきことは変わらない。そう言わんばかりに烈火はやる気に満ち溢れ、数多は億劫さが態度に出てしまっていた。
「さぁ数多! お掃除の時間だね!」
「俺はそうならないことを、心から祈るばかりだよ……」
こうして目的は同じくして心構えがまるで違う数多と烈火による、初めてのちゃんとした任務がスタートした。
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