第12話
稽古開始から約一時間、ついに稽古が終わった。生命活動の危機が迫るほどに、数多の身体が限界を迎えたことによって。
「あ……あっ……」
今の数多は声を出すことすら困難な状態だった。無理もない、死んでいない方がおかしいほどに、数多の身体は傷だらけであった。
着ていたジャージは原型を留めていないほどに切り裂かれ、身体には無数の斬り傷が刻まれている。血液量に自信のある数多でさえもふらつくほどに出血もしており、彼の周りには無数の赤い水溜まりが形成されていた。もちろん立っていることなどできず、水溜まりの中で気絶寸前の意識でぶっ倒れていた。
「……しまったな。ちょっとやり過ぎた」
稽古が終わり平常時のテンションに戻った一も、数多の有様に反省の色を見せる。赤宮としての厳しさは最初から教えるつもりであったが、死にかけるほどやる気は一にもなかった。治療の術を持っているわけでもないから、どうすることも出来ず頭を掻いていた。
「……無様な姿ですね、赤宮数多」
そんな時、道場の入り口から尖り気味の女性の声がした。烈火の従者である早苗だ。主がいない時でもメイド服を身に纏い、死にかけの数多を無感情に眺めていた。
ただ一としても早苗の来訪は聞いていないのか、少し驚いた顔をしていた。
「あれ、早苗ちゃん? どうしてここに?」
「少し所用がございまして。それよりも、赤宮数多の応急処置を急いだ方がよろしいのでは?」
「おぉそうだな……早苗ちゃん、今血液増強剤持っていたりしない?」
「えぇ。どうせこんなことだろうと思いまして」
懐から赤い液体の入った注射器を取り出すと、迷うことなく数多の首筋に刺した。中身の血液増強剤を全て注ぎ込むと、ものの数秒で数多の表情に血の気が戻っていく。数多の意識も徐々に回復していき、周りの状態を理解できるくらいにはなっていた。
「……すまん、早苗。助かった」
「別に、赤崎として当然のことをしたまでよ。それよりも血液増強剤の副作用がすぐに来るわ。体調管理には気をつけなさい」
さすがの数多もこればかりは早苗に感謝する。早苗も早苗で感謝の言葉で心が揺らぐことはなく、手厳しい言葉を浴びせた。ただ今回ばかりは単純に身体の心配をしてくれているのもあり、数多は反抗もせずに小さく頷いた。
数多の調子もひと段落ついたところで、一は早苗と向き合った。
「それより早苗ちゃん。所用っていうのはなんだい? わざわざここまで来るほどのことなのかい?」
「そうですね、優先度はそれなりに高い所用です」
早苗のその言葉で、数多も一も気が引き締まる。早苗の言う優先度の高い所用、それすなわち紅家としての仕事であることは、改めて聞くまでもない。そして早苗もそれをわかっているからこそ深く説明はせず、端的に数多に指示を飛ばした。
「赤宮数多。一時間後に赤谷太一の迎えが来ます。出かける準備を整えなさい、詳しくは車内で話します。遅刻はこの私が許しません」
「……わかったよ」
気乗りはしないが、数多は渋々了承する。気持ちはどうであれ助けてもらった手前、彼女に反抗する気は更々ない。それでも再びあの地獄に送り込まれるとなると、数多のテンションは急転直下に下落する。その反応の差は誰の目から見ても明らかであった。
「そんな渋い顔をしなくても、今回は上手くいけば死体を見ることはないわ……烈火様が暴走すれば別だけど」
「その忠告意味ないよな?」
そうツッコまずにはいられなかった。短い経験の中でも、烈火の暴走は止められないものだと数多の中に深く刻み込まれている。それをどうこうするだなんて、現時点の数多には不可能に近い。
だが数多がどのような文句を吐こうが早苗の意志、もとい紅の意志は変わらない。鉄のような意志を持って、早苗は数多に意味のない救済策を送った。
「死体を見たくないのなら、しっかりと烈火様の手綱を握りなさい……赤宮数多に、出来るものならね」
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