第8話
『掃除』家業を担う日本最強の武力一族、紅家。そんな紅家には、紅家だけでは出来ない全てを補完する10の分家が存在する。数多の赤宮家、早苗の赤崎家、太一の赤谷家は、あくまでもその一つに過ぎない。
しかしながらほとんどの分家は古くに紅の血を少しずつ引き継ぎ、特有の力を覚醒させ、それぞれの形で紅家に貢献する。その助けもあり、紅家は裏社会最強の暗殺集団、もとい掃除集団として名を馳せていた。紅の力だけで成し遂げられなかったと、現当主である紅焔も常々口にしている。
そのような関係を築く紅家とその分家たちは、定期的に情報交換を兼ねた会合を開いている。分家側としても自らの活躍を当主である焔に証明する大事な機会でもある。欠席なんて、万が一でもあり得ないことだ。
そんな大事な会合に、数多も出席することになる。赤宮家次期当主候補として、紅家次期当主である烈火の助手として、分家の前に出る初めての機会だった。
紅家の会合は、いつも決まって紅家の屋敷内の広大な和室にて開かれる。全てが一流の物が使用されたその部屋は、畳や障子一つとっても質の高い物で揃えられていた。並みの人間が足を踏み入れれば、その雰囲気に呑まれ萎縮するのは間違いない。
そんな高級感漂う和室には、既に赤宮家を除いた全ての分家が勢ぞろいしていた。厳格な顔をしている者から、感情が伝わらない笑顔を浮かべる者まで、各分家の当主たちが様々な態度でその時を待つ。その後ろでは次期当主候補とも呼べる各当主の息子、娘たちも緊張した趣で同じように時を待つ。その中には赤崎家の早苗や、赤谷家の太一の姿もあった。
そして数多はというと、和室の外の廊下でその時を待っていた。そばには一は当然のこと、紅家現当主の焔、そしてあの時から初めて会う烈火の姿があった。あれだけ残虐なやり方で人を殺めたというのに、烈火の表情は相も変わらずニコニコと笑顔を浮かべていた。
数多自身もあんなことがあった手前、烈火と目を合わせられなかった。しかし数多の小難しい悩みを全く理解していない烈火は、変わらぬ態度で接してくる。だがその奥に秘めた烈火の本性を知ってしまったが故に、どうしても烈火と上手く接することが出来なかった。今の数多が烈火に抱いている感情は、嫌悪以上に純粋な恐怖が上回っていた。
「――私と烈火が先に行きます。数多くんは、合図で入ってきてください」
小声で焔にそう呟かれ、数多は一気に現実へと引き戻される。今から大勢の人間の前で紹介される。しかもその全員が何等かの力を秘めている異質な人たちであることは、数多も事前に聞かされた。烈火に抱いていた恐怖心を忘れ、緊張が一気に押し寄せてきた。
和室から少し離れた数多たちを確認した焔は、勢いよく和室の障子を開ける。一瞬のけたたましい音と共に、和室内の雰囲気はガラリと変わった。元々声すら出なかった和室内から音が消えた、そう思える静けさを分家たちは一瞬にして作り出した。そして誰一人遅れることなく、入室した焔に対し深々と一礼をする。
カツッと杖を突きながら所定の場所に移動し、腰を下ろす焔。その焔の助手を務める一も、彼女の一番近い場所で悠然と立つ。最も緊張する場所でそのような態度を取れるのは、助手としての付き合いの長さが伺える。
烈火も焔の後ろに座り、笑顔を崩さず周りを見つめる。あれほど破天荒な烈火が言葉を発しないことを、部屋の外から数多は怪しがった。
「皆の者、待たせて申し訳ない。相も変わらず、身体の調子が芳しくないものでな」
数多と接する時には見せない、厳かな声色で焔が場を支配する。それに異を唱えるものは誰もいなかった。
「ではこれより、今月の会合を始める。まず始めに現在進行中の大口依頼についてだが……」
準備が整ったところで、焔は会合を始める。いくつかの議題があるのか焔自身が進行係を務め、話を進めていく。『掃除』家業に関する依頼の進捗だったり、それに対する支援の指示だったり、各分家の個別報告だったりと、真面目な話し合いが行われていた。物騒な会話の内容を除けば、一般的な会社の会議と大差ない。
ただ数多は話の内容以上に、一切しゃべっていない烈火の方に驚かされる。いくら当主である焔がいるとしても、あまりにも静かすぎる。それほどまでに母の存在を偉大と見ている。数多も雰囲気でそれを感じ取った。
そして会合が始まって1時間弱が経過した頃。話し合いも終わり、解散の雰囲気も漂って来た頃に、その時がやって来た。
「最後に一つ、皆に重大な知らせがある……烈火の助手が決まろうとしている」
焔がそう口にした瞬間、和室が一瞬ざわついた。今まで必要以上に口を開かなかった分家一同が、声を揃えて動揺している。それほどまでにその事実が、つまり数多という存在は大きなものであった。
分家たちの反応を予想していたのか、焔や一の表情に変わりはない。気にすることもなく言葉を続けた。
「現在試用中ではあるが、素質は悪くない。むしろ素質だけで言ったら私の助手、赤宮一を凌駕する存在だ。烈火の役に立つことは、この私が保証しよう」
その一言で更にざわつきが増し、その視線は焔の後ろに控える一に向けられる。無論、この場にいる人間の誰もが、分家の中でも最重要の任務に就く一の実力を認めている。それ以上の人材となれば、興味を惹かれるのは当然のことであった。
「――入れ」
焔から短い合図が送られる。それを聞いた数多は、恐る恐るといった動きで障子を開け、一の近くまで歩いていく。その足取りは生きている心地がないのか覚束ないものだ。人見知りというわけではない数多でも、異質な存在たちからの視線の集中には萎縮してしまう。
一の隣に移動すると、彼と同じように直立する。場慣れしている一とは違い、数多は全身が硬直しているかのように緊張していた。しかし焔は数多がやってきたことだけを確認し、分家の者たちにその存在を知らしめた。
「赤宮数多、一応赤宮家の次期当主候補だ。つい先日まで一般人でしかなかったが、こちら側に来てもらった。既に烈火の任務にも付き添っている。先ほどの報告でもあった通り、彼は使える。今後も必ずや、烈火の力になってくれるだろう」
烈火の言葉に、数多は内心ギョッと驚く。焔からは何もしゃべらず、ただ立っていればいいとだけ言われたが、紹介の内容までは打ち合わせていなかった。訂正しようにもそのような度胸がなく、分家の人たちもある程度納得してしまう。
逃げ出したいほどに苦しんだ日々が、これからも続いていく。そう考えるだけで数多の心は憂鬱になる。顔には出さないよう努力はするが、多少の感情は出てしまう。それを感じ取ったのか、焔は締めの言葉に入った。
「……とはいえ赤宮としても、ただの人間としても、まだまだ未熟な部分は多々ある。皆も多少のことには目を瞑り、彼を助けて欲しい。我が紅家の歴史が、次世代へと継がれて行くためにも」
分家の者たちにそう伝えると、焔は軽く頭を下げる。紅家現当主に頭を下げられたら、分家の人間は何も言えない。その全員が無言で肯定の雰囲気を出す。
「ではこれを持って、今月の会合を終了とする」
数多の話で最後のようで、焔は解散の意を皆に伝える。しかし焔よりも先に立つものは誰もおらず、焔たちが動くのを待つ。それもいつものことなのか、焔は特に気にする様子もなく、その場を立とうとする。
「……とっ」
その時、焔の足元がふらつき、身体のバランスを崩す。主の危機に咄嗟に動こうとする者はちらほらと見えるが、誰よりも先に焔の身体を支えたものがいる。焔の一番そばにいた一だ。
「大丈夫か?」
「えぇ……歳をとるのも、嫌なものですね」
分家の者たちに心配されたくないのか、聞き取れないくらいの小声で二人は言葉を交わす。そして何事もなかったかのように部屋を後にしていく。
「烈火たちも行くよ」
「あ、あぁ……」
烈火に囁かれるように、数多も烈火の後に続いていった。烈火に対し嫌悪感に近いものを抱いていた数多も、今ばかりは何も言えない。身体をふらつかせる焔について気にならないわけではない。口出しするだけの知識も地位も、数多には持ち合わせていないからだ。
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