第4話

 ひと悶着はあったものの、滞りなく数多と烈火の初顔合わせは終了した。数多の烈火に対する苦手意識は最後まで拭えなかったが、一たちは特に問題視していなかった。

 用事も済んだことだし後は家に帰るだけ、そう思いたかった数多だが、彼の想像通りに事は運ばなかった。一の車でここまで来たのだが、その一が赤宮の仕事絡みでもう少し残ると言われたのだ。現在地がどの辺りかすら知らない数多は、一時的に帰る足を失った。

 そんなタイミングで、父から「烈火と親睦を深めるために出かけてこい」と数多にとってはとんでもない提案をされた。烈火と一緒にいるくらいなら歩いて帰るほどの気持ちを持ち合わせていた数多だが、対する烈火は見惚れるほどの笑顔と共に二つ返事で了承した。紅家の屋敷内において、烈火の発言力は焔の次くらいに大きい。数多に拒否権はなかった。

 よって現在、二人は紅家が用意した車に乗り込み、繁華街の方へと向かっている。物騒な家業を背負っている紅家は、人目にも見つからないほど田舎に屋敷を構えている。人のいる方へ移動しようとなると、車などの移動手段は欠かせないのだ。

 加えて紅家が用意した車は、一般的な車とは一味違う。仕事の話し合いがスムーズに進むよう、座席は壁際により顔を見合わせられるようになっている。普通ならそこに新鮮味を感じるところであるが、今の数多の心境はそこまで明るいものではなかった。

「……厄日だ。今日は絶対厄日だ」

「えぇ~なんで? せっかく今から楽しい場所に行こうっていうのに」

「そうだな。烈火がいなければ、きっと楽しかっただろうな……!」

 正面でのんきに笑顔を浮かべる烈火に数多は頭を抱える。この数時間で烈火の性格を嫌というほど知り尽くした数多に、彼女を抑えられる自信はなかった。土下座でも何でもいいから今すぐ運転手に自宅まで送って欲しい、苦悶な表情を浮かべる数多からはそう伝わってくる。

「……烈火様に失礼な態度ね。言葉を改めなさい、赤宮数多」

 その最中。氷のように冷たい声が数多へと浴びせられる。感情を表に出しやすい数多や烈火とは違う、淡々と語るような無機質さがその声から伝わる。無意識に数多の背筋が張ったのは言うまでもない。

 声の主は、烈火の隣に座る、メイド服を身に纏った少女だ。唐突な毒舌を口にするものの、その少女の容姿は烈火にも引けを取らない。烈火に比べたら小柄で無表情を貫いているが、人形のような愛らしさで短所を帳消しにしてしまう。それに加え茶髪と赤髪を編み込んだサイドテールは、少女の象徴かのように目立ち、初対面の数多にとっては目新しく見えた。

 少女の名は、赤崎早苗。紅家の分家の一つ、『給仕』の赤崎家の長女であり、烈火に仕える忠実なるメイドだ。数多とは違い主である烈火に絶対的な忠誠を誓っており、熱烈なアイドルファンのように烈火を妄信している。

 故に数多は早苗のことを苦手としていた。烈火に対する熱量が違いすぎて、価値観がすれ違ってしまう。

「とはいってもよ、メイドさん。いきなり無遠慮に血を吸ってくるようなヤツに、好意や敬意を示せ、なんて無理な話だぜ。俺は昨日までただの一般人だったんだぞ? この反応は至極真っ当なものだ」

「何を言っているの? 烈火様のすることは全て正しいのよ。敬意を示せないのは、貴方が烈火様について何も知らないだけでなくて?」

「くっ……なんも言い返せねぇ」

 言っていることはめちゃくちゃだが筋は通っている。早苗の言葉に何も言い返すことが出来ず、数多は歯を食いしばる。そんな数多の短慮な態度に、早苗は呆れからかため息をこぼす。

「全く……認めたくはないけど、貴方は烈火様のパートナーであり、婚約者となるのですよ? その自覚を持って、烈火様に最大限の好意と敬意を示さなくてはならないのです」

「そんな無茶な……」

「無茶ではありません、貴方の心が荒んでいるだけです」

 口をへの字に曲げ、一切主張を変えるつもりのない早苗。早苗の鉄のような意志を曲げるのは不可能、そう悟った数多は別の手段に出る。

「……貴方からも何か言ってくれませんか、運転手さん?」

 そう言いながら数多は運転席の方を見る。そこには数多たちよりも年上ではあるが比較的若い男が、目的地に向かうためにハンドルを握っている。数多の声掛けにも大した反応は見せず、一瞬だけ数多の方を見ても、すぐに運転に集中する。

「……俺はお嬢やご当主様の命に従うまでだ。そういういざこざには巻き込まないでくれ」

 終いには関わってくるなと無関係を貫く一言。反応としては間違っていないが早苗以上に話にならず、数多は自分の選択を後悔した。

 なお数多たちを送迎するこの運転手も、れっきとした紅家の分家の人間だ。紅家の分家の一つ、『運び屋』の赤谷家の長男、赤谷太一。それが運転手の名前だ。烈火や早苗と比べたら十二分に常識人ではあるが、数多を助けてくれるような存在ではなかった。

 詰まる所、この場に数多の味方はいない。それを理解したことで数多は絶望し、これから数時間に渡る光景を脳裏に想像したことで顔が項垂れるほど憂鬱になる。

(父さんの仕事が早く片付くのを、願うしかないな)

 どちらにせよ、数多に出来るのは烈火がするであろう無茶な要求に応えること。すべきことを把握し、今後の出来事に対する我慢を覚悟した。

「――あっ!」

 そんな時だった。突然烈火が声をあげ、後方にある車窓にしがみつく。そして徐々に田舎から抜け出していく外の光景を、食い入るように見つめる。テンションの高さ自体は変わらないが、名状しがたい独特な迫力を、今の烈火からは放たれていた。

「太一、ここ! 車停めて!」

 烈火がそう命じ、太一は迷うことなく近くの路肩に車を停めた。すると烈火は蹴破るように車後方の扉を開け、外へと駆けていった。

「お。おい!」

 突発的だったが故に数多の反応も遅れたが、すぐにシートベルトを外し外に出る。しかしその時には、既に烈火の姿はどこにもなかった。車の隣にあった森の中に消え、その気配すら感じられなかった。

 何故烈火が突然こんなことをしたのか、数多には想像がつかない。烈火の頭がおかしくなったというふざけた説が、数多の脳裏に過るくらいだ。だが烈火のことをよく知っている早苗たちは特に驚きもせず、車の中から数多に言葉を投げる。

「何やっているのよ。早く烈火様を追いかけなさい」

「いや追いかけろって……どこに向かったかすらわからないのに……」

「行けばわかるわ……この先は、私たちではどうしようもできないから」

 悔しさを混じりつつも、早苗は突き放すように説明する。運転席から動かない太一も早苗の言葉に同意なのか、軽く頷くだけであった。

 あまりにも抽象的な早苗の説明を聞いても、数多がその全容を知ることはない。唯一わかったのは、ここから先は赤崎家や赤谷家の手が出せない領分、つまり赤宮である自分の領分だということだけだ。

 雑な仕打ちに苛立ちを覚える数多であったが、実質選択肢などなかった。烈火が勝手に動いた時点で、数多のやるべきことは必然的に決定していた。

「わかったよ! 行けばいいんだろ⁉」

 半分やけくそ気味になりながら、数多は烈火を追いかけるため森の中に入った。何かあっても全て烈火のせいにしよう、そのくらい数多の中でも吹っ切れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る