第3話
一による衝撃発言から数分後。あの場にいた一同は、屋敷内の応接間に場所を移していた。屋敷の外観に負けないくらい応接間の内装も整っており、黒曜石で出来た家具などで部屋が固められていた。
平凡な家庭で育った数多は浮足だっており、ソファーに腰かける姿勢もいつもにないくらいピンと張りつめていた。しかし数多以外の人間――烈火、一、そして烈火の母であろう女性は非常にリラックスしてソファーに背を預けていた。
「ごめんなさい。突然驚かせてしまって」
「い、いえ、大丈夫です。俺……自分が何も知らないのが悪いだけなので……」
烈火の正面に座る彼女の母らしき人が、数多を気遣いの言葉をかける。しかし数多の緊張はそう簡単に取れるものではない。その理由は数分前の父の言葉――烈火は紅家の次期当主様、つまり烈火の母に当たるこの女性は更に格上の存在であると、数多も無知ながらもそこまでの理解は及んでいた。
「……きっと今から、父さんが全部説明してくれると思うので」
「もちろんだとも。それが親として、赤宮一としての責務だからな」
「だったら隠さずに最初から説明してくれてもよかったんじゃないのか?」
思わず不満を漏らす数多の言葉を、聞こえないフリと言わんばかりにスルーし、一は説明を開始する。一は真隣に座る烈火の母の方を向くと、仰々しく彼女を紹介する。
「最初に紹介しておく。この方が紅家の現当主様、紅焔様だ。この屋敷の家主でもある」
「よろしくお願いします、数多くん。貴方のことは、一からよく聞いていますわ」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
当主とは思えない低い姿勢に、数多もつい畏まって一礼する。もっと厳かな人間のイメージをしていただけに、数多も正解を見出せないでいた。
それでも数多にとって、今気にすべき問題はそこではない。そう認識しているから、数多は父である一に鋭い視線を向けた。この不可思議とも呼べる状況の説明責任を果たせるために。
「それで父さん。紅家ってどういう家系なんだ? 知らないし聞いたこともないけど……」
「まあそう思うのも無理はない。紅家は表には知られていない、裏社会の家系だからな」
「う、裏社会?」
開始早々、聞き慣れない単語に数多の顔も引きつった。
「紅家は100年以上も続く『掃除』を家業としている集団だ。まぁわかりやすく言うとだな……紅の一族は、俗にいう暗殺集団だ」
「……⁉」
その驚きは、数秒前の比ではなかった。現実的に生きていれば耳にしないような単語を耳にすれば誰でも驚く。それは数多も例外ではない。今目の前にいるのが本当に自分の父なのか、それすら疑いたくなるくらい、数多の思考は混乱状態に陥った。
「暗殺、というのも、若干語弊がありますけど」
一の言葉を否定せず、補足説明をしようとする焔。紅家現当主であるが故に、間違いは訂正したいという意志が、引き締まった焔の表情からも容易に読み取れる。
「数多くん。暗殺と聞いて、貴方はどういうイメージを思い浮かべますか?」
「イメージ、ですか……誰にも気づかれず対象だけを殺す、的な?」
「そう、それが暗殺です。でも私たち紅家は暗殺ではなく、『掃除』を家業としています……殺す対象は本人だけでなく、その関係者全員。一人たりとも殺し逃したりはせず、その家系ごとこの世から綺麗さっぱり掃除する。それが私たち紅の使命なのです」
「そんなこと、を……」
「えぇ。まあ基本的に依頼主は政府関係者で、掃除の対象も政府関係者ばかりです。あの業界はどの業界よりも腐っています。本人を抹殺したところで、その悪しき魂は誰かに受け継がれている……末期症状の癌と一緒です。根本を断ったところで、意味がないんです」
次々と語られていく、紅家の実情。それを語る焔からは、一家を背負う覚悟が感じられる。
「無論、この使命には危険が付き物。むしろ危険を孕まないことがない。故に我々紅家は、あらゆる状況において生き残り、そして対象全てをこの世から消し去る力が必要だった。そのために代々から人を殺める特殊な技術や異能とも呼べる力を受け継ぎ、その力をふるってきた。その者たちを、我々は『血闘者』と呼んでいる」
「血闘者、ですか……」
数多が繰り返すと、焔もコクリと頷いた。
「現在は紅家の現当主を務めている私も、元々は各地で使命を全うしてきた血闘者なのですよ。とはいえ元々そこまで身体が強いわけではなく、今は半分現役を退いていますが」
そう言いながら、焔は正面に座る烈火へと視線を移す。
「現在はその使命を、半分烈火に担ってもらっています。烈火は私とは違い非常に身体も強く、血闘者としての技術も優れています。次期当主の座を譲るのも、時間の問題です」
「いやいや~さすがにお母さんには敵わないって。烈火なんてまだまだだから~」
この場に来て、初めて発言をする烈火。軽快に笑いつつも、謙遜の意を見せるために軽く手を振る。言葉だけならお世辞のようにも聞こえるが、どうにも数多の耳には嘘をついているようには聞こえなかった。
当主である焔が詳しく語ったことで、紅家の存在理由について数多もやっと理解が及んだ。ただそれでも、まだいつくか理解できないことが数多にはある。
「そちらの事情は理解しました。ですが自分にはわかりません……どうして一般人である俺が、烈火さんの婚約者に選ばれたのか……」
「簡単な話だ、数多。それは俺たちが、一般人じゃないからだ」
そう返答したのは、父の一だ。それに補足する形で、焔も説明を加える。
「我々紅家は私で6代目になりますが、もちろん紅家の力だけで解決してきたわけではありません。全ては我々に忠誠を誓う分家の皆さんの力あってこその成果なのです」
分家の存在、それが今の話となんの関係があるのか。数多が正解に辿り着くよりも前に、一はその事実を数多に叩きつけた。
「紅家の分家は全部で10個ある。その内の一つは赤宮……つまり俺たちなんだ」
「……はっ? 嘘、だろ……?」
信じられないのか数多は身を乗り出して一に問い詰める。なんとか話をかみ砕いて理解していく数多であったが、それも全て他人事のように聞いていた。そこからいきなり当事者であることを告げられたのだ、数多とて真偽を疑うのは当然のこと。
しかし一から返ってきたのは、ジョークを訂正する言葉ではない。ただの事実の追加説明だ。
「紅の分家が一つ、赤宮は紅の『助手』としての使命を担い、現場にて紅の血闘者のサポートを務めるんだ」
「現場って……その、掃除の現場にか?」
「そうだ」
「いや無理だって! 俺、格闘技とか何も出来ないんだぞ?」
降参の仕草のように、数多は両手を情けなく上げる。その言葉通り、数多の肉体は一般人と大差ない。とても死線を潜り抜けられるほどの潜在能力を隠し持っているとは思えない。
しかしそんなことは百も承知と、長年数多と一緒に暮らしてきた一の表情は語る。
「戦闘技術は俺が叩き込む、それが赤宮の現当主である俺の役割だしな。それにこの役目は俺たちにしかできないんだ……そのために俺たちは、こんな不憫な体質で生まれてきたのだから」
「不憫って……あ」
父の言葉に、数多は一拍遅れ理解する。そして自身の身体を再確認するかのように眺める。数多が平穏な日常を望むきっかけとなった、自身の忌まわしき身体の性質を。
「そうだ。俺たちを常日頃から蝕む血液過多の体質は奇病などではなく、赤宮としてのれっきとした遺伝だ」
「い、遺伝……」
数多の目は大きく見開き、爪が食い込むほどに拳を握り締めた。数多は理解したのだ、生まれた瞬間から普通とかけ離れた未来が確定していたことを。
「焔や烈火ちゃんなど血闘者たちに秘めた異能の力を使うためには、大量の血液が必要なんだ。そのせいで一回の戦闘で多くの血液を消費し、場合によっては戦闘不能でぶっ倒れる。それで奇襲にでもあったら、元も子もない」
「そのための、そのためだけの俺たちだと、父さんは言いたいのか?」
数多がそう言うと、一は否定をせずに首を縦に振った。
「俺たち赤宮の家業『助手』の本質は、紅の血闘者の右腕として、闘い、盾となり、血液を供給するタンクになって、誠心誠意尽くすことだ」
「な、なんだよ、それ……要はただの体のいい駒じゃないか……」
「そうとも言えるな」
「ふざけるな!」
あまりの理不尽さに耐えきれず、数多は机を強く叩き、一へと詰め寄った。それに対し一は数多の不満を全て受け止めようと、鬼気迫る数多を前に一歩も引く様子はなかった。
「何が紅だ! 何が赤宮だ! 俺の平穏な日常は、生まれた時からなかった! 一生不幸で不憫なクソ人生が約束されているようなもんじゃねぇか!」
沸々と湧き出る怒りが内で抑えきれなくなり、数多は感情任せに言葉をぶつけた。現実の理不尽さが数多を狂わせ、言葉が荒くなっていく。ただその全てを見透かしているのか、一の表情は微動だにしなかった。
「無論、数多に嫌なことばかりじゃない。烈火ちゃんは客観的に考えても、群を抜いた美少女だ。そんな子を花嫁として迎えられるんだ、決して悪い話でも……」
「その対価は一切、これっぽっちも見合ってない!」
一に噛みつく姿勢を変えることなく、数多は笑顔を崩さない烈火を指差した。
「俺はコイツと……烈火と一言二言しか会話していない。それでもわかる、例え見た目がよくても烈火を嫁として迎えるなんて絶対無理だ! いきなり許可なく血を吸われたんだぞ? 考えられるか⁉」
「えぇ~でも美味しかったよ、数多の血」
「そういう問題じゃねぇよ!」
烈火の見当違いのセリフに、数多の吐く言葉が荒れる。そしてその反応で全てを察した、烈火とだけは一緒になれないと。数多に対する烈火の言動は、どう考えても人間と接しているそれではない。たった少しのやり取りだけでも、数多の烈火に対する好感度は地の底へと沈んでいった。
とにもかくにも、もうここにいる人間と話すことはない。短絡的にそう決め付けた数多は、乱暴気味に言葉を吐きだす。
「もういい! こんなクソ運命を背負わされるくらいなら、いっそ独り立ちした方が……」
「数多ッ‼」
応接間に数多も知らない怒号が響き渡る。その反響と声量は凄まじく、窓ガラスを割ってしまうほどの圧が一の周辺に広がる。つい数多も、怒号の発生源である父の顔を見る。
数多が一の怒った場面を見るのは、何も初めてではない。一は心優しき父であると同時に、数多の教育にも熱心な人間であった。間違ったことをすれば叱り、正しい道へと正す。一が怒るのには意味があり、それは全て数多のためにと繋がっているものだ。
しかし今のは違う。もちろん理不尽で怒ってはいないのは数多もわかる、それでも一自身の感情が混じっていないとなると、それは嘘になる。数多の耳にはそのように聞こえたのだ。だからこそ数多はあっけに取られ、ただ茫然と父の変わり様を眺めるばかりだ。
「数多、聞け」
そして数多を、自分自身すらも落ち着かせるように、一は冷静に声をかける。
「確かにお前の人生は、普通とは呼べないものだ。俺の子として生まれた以上、それは約束されたようなもの。今までも、そしてこれからも、数多には多大な迷惑をかけることだろう……でもその運命からは逃れられない、例え赤宮としての使命を放棄したとしてもだ」
冷静な言葉を浴びせられ、数多は返答も出来ない。そんな単純なことは数多もわかっていた、ただ感情を受け入れられなかっただけ。今更ながら自身の短絡的な行動を数多は悔やむ。
「ただ数多がこの話に乗れば、その問題だけは緩和されるかもしれない」
「……どういうことだ?」
話の雰囲気が変わった、そう察知した数多は一の言葉に食いついた。
「紅家は焔で6代目を迎える、歴史ある一族だ。当然赤宮家や他の分家たちも、紅とは長い付き合いになる。赤宮の体質のことを知らない人間など、この紅一族にはいない。みんな知っている上で、数多と関わることとなる」
「今の環境より過ごしやすい環境、ということだけはお約束しましょう」
またしても焔が一の言葉を補足する。
「一の言う通り、赤宮の特異体質を厄介払いする人間はこの紅一族にはいません。むしろ歓迎しているまであります。我々のような戦闘一族ではありませんが、分家の皆さんもほとんどが血を使った特殊な力を有している者ばかりです。故にどの分家にとっても血はありすぎて困るものではない……赤宮の人間は紅一族の大きな心臓、と称しても過言ではないでしょう」
紅家現当主が語る、赤宮への厚い信頼。それを間近で聞いて、数多もつい聞き入ってしまう。忌まわしき自身の体質が、誰かの役に立っているなどと、数多は今まで思いもしなかったからだ。そして同時に数多はあることに気が付いた。
「ま、まさか、父さんが今まで俺の血を売りさばいていたのって……」
「そういうことだ。赤宮の血液はその量だけでなく、あらゆる血液型に変えられる性質もある。輸血用にはもってこいだ」
一が数多の考えを肯定したことで、数多は愕然とする。日頃から治療として行ってきた瀉血、それで得た血を父が利用していたのは知っていたが、まさかこのような形で利用されるとは知らなかった。数多は知らず知らずの内に、赤宮家の闇に片足を突っ込んでいたのだ。
「数多は知らないかもだけど、既に数多のことはみんな知っているようなものだ。それなりに感謝もされている。間違いなくここが、数多にとっては生きやすい場所になるはずだ。もちろん、それ相応の慣れは必要だけどな」
一呼吸おいて、一は数多を前に頭を下げた。数多の父として、赤宮家の当主として、息子の前だけは威厳を保たなくてはならない。そのはずなのに、一の頭を下ろす様に一切迷いがなかった。
「だからどうか……一回俺の話を呑んでくれないか? もしそれでも嫌だった時は、またその時相談しよう」
故に数多もつい黙り込んでしまう。それほどまでに真剣で、背負っているものが並みの人間とは違うと、人並みながらも数多は理解した。数多は父のことを嫌っているわけではない、むしろ一人の人間としては尊敬している。だからこそ父の頼みを、そう安々と無碍にすることはできない。そこまで穢れた心を数多は持ち合わせていない。
「……わかったよ。父さんの言葉に、一回騙されてやるよ」
未だに表情こそ険しいが、数多は渋々ながら一の想いを汲み取った。もちろん否定的な気持ちは、数多の中から消えることはない。それでも数多は、一の想いに応えたかった。事情はどうであれ、自分のことを第一に考える父の気持ちを無碍にはしたくなかった。
「お話は終わった~?」
赤宮の意志疎通を取ったと同時に、烈火が二人の間に割って入る。同時に数多の腕を取ると、強引に自身の方へと引き寄せた。ただでさえ豊かな烈火の身体に、女性に全く耐性のない数多は一瞬で顔が赤くなる。嫌いと言いつつも、身体は正直なようだ。
ただ顔が赤くなった原因は、照れが全てではない。数多はあくまでも、父の想いを汲み取っただけに過ぎず、紅家に対し敬う気持ちは微塵もない。もちろん年上である焔に対してはキチンと礼儀を払うが、歳の近い烈火に対してはその限りではない。要は烈火の勝手な行動は、やや沸点の低い数多にはある意味で毒だった。
「おい、何するんだよ⁉」
「えーだって数多は烈火の血液タン……旦那さんなんでしょ?」
「今なんて言った⁉」
「だったらどっか行こうよ~? どうせ暇だし~?」
「話を聞けよ!」
温度差の違う二人の会話が応接間に響く。とてもこれから仕事上でのパートナー、果ては婚約者などといった関係を築いていくとは誰も思わない。それは数多自身が一番よくわかっていた。
「中々相性は良さそうだな。俺の目に狂いはなかった」
「そうですね。数多くんであれば、烈火のこともコントロールできるでしょう」
二人の様子を見ていた親たちは咎めることもなく、二人の様子を眺めていた。戯言にも聞こえた二人の言葉は、数多の耳には通り抜けるように入ってこなかった。
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