第3話 捕囚たち

 蝋燭の光のなか、ぎりぎりとマンドレルを引き絞る。ギードは鈍重な気持ちで、手元を見つめていた。ルートヴィッヒは、知っていたのだ。自分がかつてオスマン軍のために銃を造っていたことを。それを責めずにいるのは何故なのだろうか。何か思惑があるのだろうか。己れの技術を評価してくれたのかと、心を許し始めたのは間違いであったのだ。陥れられる前に、やはり逃げるべきだったのだ。


「何をしている」

 呆然と、声の主を見上げる。ルートヴィッヒが我が物のような様子で、作業台の隣りに立っていた。いつも何の前触れも無く現れる、奇妙な男だ。杖の先で、神経質そうに鉄棒を叩く。

「無駄にした、そうだな?」

 ギードは視線を逸らした。殴られると思ったが、それも仕方のないことだとも思った。己れの過去を偽ろうとした結果だ。オスマン軍に-というより、“彼ら”に銃を造ったことを後悔しているのでも、それだけが罪だとも思わない。武器を造ることこそが罪なのだ。人を傷付けるものを造ることが罪でないと、誰が言えようか? 神が異教徒を殲滅せるためになら肯定されようと? それはまた、随分な神である。人の王と言うことが変わらない。誰のために武器を造ろうと罪なのだ、要はそれを受け入れるか否かである。


造ればいいさ、生き残るために

造ればいいさ、それがお前に課せられた技能なのだから


オスマンでいいんだ、ここで生き残らなきゃならない

オスマンでいいんだ、俺たちはこの国に売られたのだから


 何も変わらない。人はその日を生き残るために最善を尽くさなければならない。自分がどこにいようともだ。そして、相手も、数多あまたの敵も、救いがたく、己れと同じ罪に苦しんでいる。

「来い、試し撃ちだ」

 殴られはしなかったが、腕を引かれて連れ出された。しかし試し撃ちと言っても、もう日は地平にかげって、星が瞬き出している。青白い月を頼りに、ルートヴィッヒとギードは馬を駆けた。


「お前の技術は、オスマンから学んだものか」

 何度か訪れたことのあるルートヴィッヒの館に辿り着き、ランプに火を入れながら、何の感慨も無いような声が問うた。ギードはいつ逃げ出すべきかと考えていたが、ルートヴィッヒの目ならぬ目に始終監視されいるようで、命令に背けない。どうしてこの男には逆らえないのか、それとも情が移ったか、自分で解決しなければならないことは確かだろう、ルートヴィッヒが変わることはない。

「……俺はトランシルバニアのドイツ騎士団出身です」

 男の冷たく燃え上がるような瞳を見て、ギードは声を絞り出した。この男に、自分は騎士団の末裔であるなどと言うのは滑稽な気がする。十字軍としてトランシルバニアまで遠征したドイツ騎士団の一端は、その地に留まった。トランシルバニアはその後、オスマン帝国とハンガリー、キリスト教国連合の前線として、何度も戦禍に遭った。

「オスマン軍の捕虜になったんです。ご存じのように、オスマンは捕虜を売買しますし、技術の有るものは優遇されます」

 俺はある部隊に雇われて、補修作業に携わっていました。他国出身の奴隷や兵士の多い軍隊ですので、次第に親しくなりました。施条ライフル銃のことを知ったのは、その時です。オスマンにはもともと高度な溝打ち技術が有ったんです。

「俺はただ、親しくなった兵士たちを守りたかった」

 いろいろな国から連れて来られて、戦争に巻き込まれた彼らを、俺の技術で守りたかったんです。神聖同盟を害したかったわけじゃない。言い訳ではありません。神聖同盟軍の兵士たちも、同じです。貧困に、戦争に、国に、従わなければならなかっただけだ。

「でも貴方は、守るための武器が欲しいのではないでしょう」

 ギードの告白を聞きながら、ルートヴィッヒは昏く口角を上げて笑った。ランプの光に浮かび上がる様は、まるで炎を吐く地獄の番犬ケルベロスのようだ。

「そうだ、ギード。もはや戦争は一人一人が相対するものではない。国だか教会だかの大義名分に過ぎん」


だからこそ私は、あの男ただ一人を撃ちたいのだ。国の勝敗ではない、私はあの男に、打ち勝たねばならんのだ。

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