第2話 従兄弟
鳥がけたたましく鳴いて飛び去るのを眺めて、ギードは溜め息を吐いた。木々を揺らしてもう一発銃声が響く。水辺で銃の手入れをしながら、ルートヴィッヒの帰りを待っている。
ギードはルートヴィッヒに従わざるを得なかった。流れ者の自分を受け入れてくれた工場に迷惑がかかるのが、一番嫌だった。ルートヴィッヒは足しげく工場を訪れてギードに催促し、自ら試作銃を試し撃ちし、改善点をいろいろと要求してきた。さすが戦場に立つことの長い士官であるせいか、助言も要求も道理があり、ギードは手を抜くことができなかった。今日はまた、試し撃ちに連れてこられて、こんな森の水辺で往生しているのである。
ややあって当人が戻ってきた。第一印象が悪かったため、貴族然とした差別主義の男かと思っていたが、下級身分のギードにもギードのつくったものにも気兼ねなく触れてくる。容赦無く叱咤し、殴るが、ギードの言うことにも耳を傾け、意見してくれる。ギードは次第に萎えてくる己れの反発心に何とも言えない後ろめたさを感じ始めていた。
「速度は増したが、多少ブレるな」
獲物と血の付いた手袋をギードの前に放り出し、ルートヴィッヒは表情も変えずに言った。
「火薬圧力が掛かり過ぎると初速は出にくいかもしれません」
「施条の間隔を変えて徐々に加速させるのだな」
「弾の形状も考え直すべきですかね」
騎士道がまだ重視されているような神聖同盟で、武器の改良にこれほど熱心な士官も珍しい。施条の間隔やら角度やら、銃身の素材、火薬の質、ルートヴィッヒは人情が欠落しているが、頭の回転が恐ろしく速く、非効率なことを嫌悪する。だからよい歳をして結婚もしてなければ愛人もいないんだな……とギードは目の前を馬で駆る細身の背中を盗み見る。
滞在している別荘へ戻るのかと思ったら、来た道とは異なる道を駆けていく。ギードが怪しんでいると、教会の尖塔と修道院が見えてきた。門前で馬を引くと、数人の修道士が慌てて扉を開けて出てくる。
「バーデン・バーデン伯爵、ご息災でございます」
「ご苦労。ウィジェーヌはいるか」
ギードは新教徒であるので、カソリック教会の門からは遠巻きに馬を立たせていたが、ルートヴィッヒは顎をしゃくって、こちらに来るよう指し図する。まあ、大した信仰心でもございませんけどね、と渋々近づいていくと、あちらも修道院の裏手から一人、フードを目深に被った修道士がおずおずとやってくるところだった。
「
肩を窄めたままルートヴィッヒの前に進み出ると、礼をして、か細い声が言う。従兄弟! 傍らで様子を窺っていたギードは、修道服の青年をまじまじと見つめた。ルートヴィッヒとは正反対の、顔色の悪く、繊細そうな外見をしている。
「ギード、この男に銃を仕込んでやってくれ」
驚いたのは、青年の方である。ギードは少なくても、ルートヴィッヒの戯言には慣れた。
「従兄上、私は軍人にはなれません。才能も有りませんし、長子でもありません」
「お前たちは勘違いしているようだが、才能やら技術やらいうものは、他人からの評価と時代の需要であって、己れの好みではない。ウィジェーヌ、私の役に立て」
還俗手続きなら私がしてやる。誰にも否やなど言わせんさ。踵を返したルートヴィッヒを呆然と見送る青年に、ギードは気の毒とも思ったが、貴族のお家事情など知ったことでもなかった。ただ、ルートヴィッヒの命令には従わなければならない。
「ウィジェーヌ様、とお呼びして差し支えませんか」
項垂れてしまった青年を励ますように声をかけると、火照った瞳がこちらを見上げた。
「ギード殿、貴方が素晴らしい
「俺は銃職人じゃありません。ただのねじ切りです」
青年はかぶりを振った。私は修道士の端くれとして、戦場で死体と壊れた武器を拾う役目を負っております。壊れた武器は鍛え直されるのですが、オスマン軍がマスケットではない、『狙撃することのできる』銃を使っていると耳にしました。興味が出て従兄上に報告してしまったのがいけなかったのです……貴方が造ったことを突きとめて、あの方のことだから、結構な言い方をされたでしょう。
「……ギード殿、どうして、オスマン軍なのです」
従兄上も恐らく私も、フランス生まれではありますが、ルイ十四世に仕えることはありますまい。この世情、生まれた国に必ず仕えなければならない理由はございません。しかし、何故、オスマンなのです。
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