緋ながるる

田辺すみ

第1話 訪問者

 その男が煤汚れた工場を訪れたのは、黄昏の光が真っ赤に染まる頃だった。

「お前が、ギードか」

 鍋の修繕をしていたギードの傍らに立ち、長身に光が翳って、ギードは始め相手の顔がよく見えなかった。どちらさん、と尋ねる前に、ぐいと腕を掴まれ引き立てられた。近づいた顔は、端正ではあったが、どこか表情の無い若い男のものであった。

「“ねじ切り“工のギード、そうだな」

 己れの身分も明かさずに、人の言葉を奪う態度が、ギードは気に食わなかった。親方も親方だ、こんな奴を工場に入れるなんて、とギードは撫然として口をつぐんだ。ギードの反抗的な視線を、男は幾分の興味と苛ただしさが混じった薄笑いで受け止めた。

「依頼したいものがある」

 足元に放り出してあった麻袋から、男が取り出したのは焼け爛れた鉄の筒のようだったが、ギードの目にはそれが何か瞭然であった。冷たい汗が背筋を滑る。

「旦那、俺ぁ武器は造りません」

 掌で重量を慈しむようにその鉄の塊を撫ぜていた男は、ギードの呻くような声に顔を上げた。凍った月のように蒼ざめた瞳に、激情の雷光が轟いたかと思うと、ギードは地面に叩きつけられた。

「お前の意志など知ったことか。恨むのならこの時代を恨め」

 西暦1683年、オスマン帝国軍はウィーンを包囲したが、神聖ローマ帝国、オーストリア公国、ポーランド・リトアニア共和国による連合軍の反攻に撤退を余儀なくされた。16年に渡る大トルコ戦争の勃発である。男はブーツの底で、這いつくばったギードの肩を踏みつけた。

「私はバーデン・バーデンのルートヴィッヒ・ヴィルヘルム」

 やっと見つけた。お前の腕を買おう。あの男を我がものとするために。


「ギード、砲身を刻め」

 たった一人を貫く、施条ライフル銃が、欲しい。

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