増税勇者 ~お前と一緒にパーティ組んでると莫大な額の強敵討伐税が掛かって生活が出来なくなるから抜けてくれと言われたので、税務署を締め上げて法律を変えさせます~
夜橋拳
1 人のせい
「成人おめでとう! ソシオ」
ロストリアは巻いてある長い髪をかき上げて、酒の入った樽のようなグラスを持ち上げた。相変わらず彼女の美貌には似合わない姿である。しかし彼女の酒の席はいつもこうなのだ。
彼女は魔法使いの他に夜食としてキャバクラで働いている。良い飲みっぷりと懐の広いお客からもっぱらの評判である。
オストマもハイネスも同じようにおめでとうと彼に言って酒に口を付ける。
当の本人であるソシオは成人とはいえ十八なので、まだ酒は飲めない。いつかこの三人と酒が飲める日を心待ちにしている。
「三人とも、今日も僕を飲みに誘ってくれてありがとう」
「何言ってるんだよ、誰かかけて飲んだことなんてないし、第一今日はお前の誕生日じゃないか」
オストマが「ははは」とソシオに笑いかける。整った顔は笑顔で歪んでも整っている。
ソシオも合わせて笑う。彼はオストマ程顔が整っていないので、顔がやや不細工になる。しかしこの笑みは決して作り笑いではなく、心から出てきた笑みである。
「私達、同じパーティーじゃないの」
ロストリアがやや酔っぱらった声で言う。ペースが速い。
「それ以前に、家族でしょう?」
ハイネスが少し火照った声で言う。四人で飲んでいる時くらいしか酒を飲まない彼女は少しとろけた目をしている。踊り子として踊っている時の真剣な眼差しの面影もない。
四人が居る酒場はいつも賑わっている。しかし今日は客が少なかった。運が良かったのか、それとも彼らの険悪な雰囲気を感じ取ったのか。
しばらく時間が経った。いつもは酔っぱらうまで飲まないオストマが今日に限っては酒をぐびぐび飲んでいた。
「ソシオ……お前は、俺達のことをどう思ってる? 足手まといと、思ってはいないか?」
ロストリアは夜食をしながら、ハイネスは踊り子をしながら、冒険者としても生計を立てている。
四人の中で十二分に戦闘力があるソシオとオストマは専業で冒険者をしている。
冒険者、というからには冒険をするのだろうと思うかもしれないが、実際にはそうではない。危険なモンスターを倒したり、数年前に起こった魔界大戦で生き残った悪魔を倒したりする、言わばフリーの傭兵、あるいは害獣駆除業者のような職業だ。
スラムで育った四人は働ける年になって、しばらく冒険者くらいしか職がなかった。
オストマは昔から腕っぷしが強かった。幼い頃から美しかったロストリアとハイネスに暴行をしようとした五人の男の顎を粉々にできるくらいには、人として強かった。
魔界対戦で家族が死んで、スラムしか行くところがなかったソシオを受け入れ、あたたかな自らの布団と、自分の分の朝食を差し出し、心を閉ざしていたソシオの信頼を得るくらいには、
強い味方がいるからこそ、ロストリアは酒を飲む仕事をすること、ハイネスは踊りを仕事をすることという夢を叶えることが出来た。
ソシオも三人と楽しく暮らすという夢を現在進行形で叶え続けていた。
オストマの誰よりも強い男になるという夢は叶えられそうにないが、それでも落としどころを見付けて、楽しく暮らして......いた。
「そんなわけないよ、オストマ。僕は皆がいるから、生きてこれたんだ。特にオストマ、君がいなかったら、僕はあの路地裏で、凍え死んでいたかもしれない。
僕はね、オストマのことを神様だと思ってるんだ。もちろん、リアもハイネも大切に思ってるよ? でもね、オストマだけは特別さ、本当にありがとう」
「そっか…………酒っ気にやられた。そろそろ二人を起こして出よう。会計しとくから、先出ててくれないか?」
「ああ、会計ならさっき全部しといたよ」
「……………………なんだって?」
「会計は、すでに僕がしておいたよって言った。ちょっと飲み過ぎたんじゃないか?」
「………………………………」
オストマの表情が、今にも雨が降りそうなくらいに曇る。曇天である。
「あのさ、なんでそうお前はいつも自分ばかり払うんだ? 今日はお前の誕生日パーティだから、お前は出さなくていいって何度も言ったよな?」
「ああ、言われた。でも、いつも冒険者の報酬を一番多く貰ってるのは僕だ。というか九割方僕にくれてるじゃないか。だから、僕が払う。当然のことだろ?」
オストマはギリと歯ぎしりをして、机をドンと叩いた。
「それはッ! お前が強いからだろ! お前が、お前だけが敵を倒してんだから、本来お前が全部貰うべきなんだよ!」
「え、あ、あ、あ、ああ、怒らせたなら、ごめん……、でも悪気があったわけじゃないんだ。サプライズで会計を済ましておけば喜んでくれるかなって思って……」
オストマ、ソシオ、ロストリア、ハイネス、この四人の中で冒険者として最も強いのはソシオだった。
恐らく、ソシオはこの世界で最も強いだろうとオストマは思っている。
いつも、彼が一人で敵を倒して、残りの三人は後始末だけである。
「…………俺も急に怒鳴ってごめん。今日は話があったんだ……」
そう言ったところで、二人が起きた。二人はオストマの顔を見て、何かを察した顔をして俯いた。
三人は、ソシオに何か隠し事をしている。
「お前、今日で十八歳になったよな? だから税金を納めなきゃならないんだ」
「あ、ああ、それは知っているよ」
「強敵討伐税って知ってるか? 今年導入された税金なんだが、強敵と認定されるモンスターあるいは悪魔を倒した時にもらえる報酬の一割相当をパーティメンバーはそれぞれ税金として納めなければならない」
「それも知ってる、随分、話題になってたからね。でも大丈夫、報酬の九割を僕が貰っているなら、パーティ税金の九割も僕が払うよ!」
ソシオはポンと胸を叩いた。しかし、ロストリアとハイネスは俯いたままで、オストマの表情も晴れない。
何か言うことを間違えたのかとソシオは不安になるが、ロストリアは「ううん、何も間違えてないよ。安心しな」と言った。しかし彼は落ち着かない。これは二十歳を超えないとわからない心なのかもしれない。
ソシオには焦りがない。強すぎるが故に、若すぎるが故に。
「ソシオ、お前は俺が剣を教えて、一ヶ月で俺の腕を超えたよな……」
「う、うんまあ、あんまり剣使わないけど」
「ソシオ、魔法使いのあたしより魔法が使えるよね」
「そ、そうなの? 実感わかないけど」
「ソシオ、君は踊り子の私よりも踊りが上手いよね」
「それは……向き不向きじゃない? でも僕はハイネの踊り凄く好きだよ?」
三人はそろってため息を吐いた。
「なあ、ソシオ。一人で冒険者をしてみるっていうのはどうだ? お前一人の方が絶対いい。足手まといもいない。報酬も多く貰える」
「嫌だ! お金なんていらないよ! 皆を足手まといなんて思ったことないよ!」
「でも、あたしたち居なくても、あんた一人でも、モンスターや悪魔を倒せるでしょう?」
「それはまあ、そうだけど、三人が居た方が効率がいいよ! だってみんなを守らなきゃって思うから本気を出せる!」
「……………………」
ハイネスは黙っていた。三人は財布から金を取り出し、自分達とソシオが飲み食いした分の金を置いた。
そして無言のまま去りだした。
「ねえ、なんでだよ! 税金が悪いの⁉」
そうだ、税金が悪いんだろ! と叫び続けるソシオに一度だけオストマは振り返った。
「そうだよ。お前と一緒のパーティだと、強敵討伐税の他にめちゃめちゃ税金掛かるから、パーティ抜けてくれ。お前がいると生活が出来ない」
そう言って、今度こそ振り返らずに彼らは立ち去った。
もちろん、この言葉は嘘だった。
彼らも税金なんてどうでもよかった。
ソシオは圧倒的な才能を持ち、それ故に、才能を持たない者の苦悩がわからない。
その食い違いが、彼らの関係を食い破ったのだ。
しかしソシオはそのことに気付かない。
勘違いしまくった彼は考えた末にこう言った。
「税務署潰す」
彼は税務署に向かって歩き始めた。
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