第22話
それは私といっちゃんが、楽しくお買い物をしていた時のことだ。具体的には私が雑貨屋でお目当ての物を購入し、後は適当にショッピングを楽しむだけ。そういうタイミングでの話だ。
別におかしなことは何もなかった。ただいっちゃんがお手洗いのために、一度私から離れたのだ。日常的にあり得る、ごくごく普通の光景だ。
――ただ今思えば、この時に疑問を覚えなければならなかった。いっちゃんはいつも私のことを大事にしており、よく守ってくれる。ファミレスで知らない男性に話しかけられた時も助けてくれたみたいに。そんな彼女は学校内ならともかく、学校外で私を一人にすることなどしない。そういう子なのだ。
そうとは気づかず、いっちゃんを待つためにスマホを触っていた。その時に、彼が声をかけてきた。
「……あれ? 摩耶じゃないか。奇遇だね」
「あ……関山君」
久しぶりに聞くその声に、私は少し身構えてしまう。彼とコンタクトがあったのは、入学式の時の一回だけだ。それ以降で初めて会うものだから、本能的に警戒してしまう。
正直言って、私は彼のことが苦手だ。元々男の子とはあまり縁がない私であるが、それは自信を持って言えた。がっつきすぎというかなんというか、上手く言えないけどとにかく苦手だ。同じ男の子なら遊馬君の方がずっと接しやすい……まあ、今はちょっと気まずくて距離を置いているけど。
とはいえ直接何かされた、ということもない。だからさすがに無下にすることも出来ず、彼を無視するという選択肢を無意識に脳内から弾いた。
しかしそんな私の葛藤など知る余地もない彼は、その距離をグイグイと近づけていく。それにそこはかとなく恐怖心を抱いたのは言うまでもない。
「もしかして一人? ならさ、一緒に遊ばない?」
「あぁ……ごめんね。今友達と一緒にいるの」
初手のセリフに動じることなく、私はやんわりと断る。やや身の危険を感じたので距離を置こうとするが、先回りする彼に塞がれ一定の距離感を保てない。
「友達でしょ? なら後でわけを言えばいいじゃん。大丈夫、何も問題ないって」
加えて彼は、いっちゃんを放置してでも遊びに誘ってくる。そのとんでもない発現に私は頭を悩ませる。とにかく向こうはこちらの言うことを聞く気がない、それだけははっきりとわかった。なら私とて、彼に合わせる必要なんてない。
「私、そういうことできないから。じゃあね」
自分でも驚くくらいに冷たい声で拒絶した私は、早歩きでその場を離れようとする。とりあえず彼が入らなそうな場所、それこそ今いっちゃんがいるお手洗いにでも向かえばいい。そこまで彼が入ってくるとは思えないし、いっちゃんがいれば心強い。
仮に強引な手に出ようものなら大声を出せばいい。人を困らせるのは嫌いだが、私は無抵抗主義者ではない。あまりにもしつこいようならそのような手段を取る、そういう覚悟は既に出来上がっていた。
「……ちっ、めんどくせぇ」
しかし彼は私の想いに気付いてくれない。露骨に不機嫌な顔をしながら、ぶつぶつと何かを呟く。その内容までは聞き取れなかったが、表情から察するにいい内容ではないはずだ。
ただそんな悠長なことを言っていられる暇などなかった。ふっと彼が私に近づくと、おもむろに私の手首を強引に掴む。優しさの欠片もないその行為に、つい私も顔を歪ませる。振り払おうともしたが、思いのほか向こうの力が強くて振り払えなかった。
「ちょ……はなしてっ……!」
「放さないよ。放しちゃったら逃げちゃうからね……それに一つ、君は勘違いしている」
彼が何か言っているが、そんなの気にせず私は彼から離れることに集中する。この状況でも声は出ているから誰か気づく……そう思ったのだが、誰も私たちに見向きもしない。咄嗟の運のなさに私は運命を恨んだ。
しかしそのレベルで私の危機は収まらない。手首を掴む手とは反対の手で、彼は私の顎を掴む。そのまままた強引に、私の顔を見えやすくするように彼は動かす。ここまで来るとこの私でも多少なりとも不快感が湧いてくる……ただどうしようも出来ない以上、私は足掻くしかなかった。
だからこそ私は、仕方なく彼のその言葉を聞くことになる……それが思い出した私の記憶の、最後の光景だった。
「摩耶……君は俺のモノだ。逃れられる、なんて思わない方がいい」
一瞬、彼の目が不気味に光った気がした。しかしそう認識した瞬間、私は耐え難い睡魔に襲われる。こんなところで寝てしまえばどうなるか一目瞭然、ただその睡魔に抗う術を私は持ち合わせていなかったのだった。
そしてそのまま、私は深い闇の世界へと堕ちる、そのような感覚に襲われながら意識を失ったのだった。
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