第21話

「……あ、れ。ここ、は……?」

 深い眠りに落ちていたかのような感覚が全身を襲う。それでも私――倉橋摩耶は、重い身体を持ち上げながら起き上がる。まだ身体中に残る倦怠感は収まらず、完全に立ち上がるまでには至らなかった。

 ぐるりと辺りを見渡すと、見知らぬ景色が広がっていた。広々としているがどこか薄暗く、コンテナのような物体が辺りに転がっている。それに妙な埃っぽさと肌寒さが私の身を襲った。ここがどこかまではわからないが、倉庫らしきところだということはわかった。

 でもわからないことがもう一つ……何故私がこんなところにいるのか、ということだ。さっきまでいっちゃんと、ショッピングモールでお出かけしていたはずなのに。不思議に感じながらも、私は重い頭で記憶を思い起こす。

(えっと……いっちゃんとご飯を食べて、ショッピングに付き合ってもらって、その後は……あれ?)

 そこで私はある違和感に気付く。というのも私の頭の中がどうにもおかしい。具体的には記憶がごちゃごちゃしているのだ。断片的な記憶しかなく、こんな場所に来た経緯すら覚えていない。絶対に覚えていないとおかしいこの現実に、私は戸惑いを隠せない。

 しかし私の戸惑いは、その程度では終わらなかった。

「あ、あれ……なにこれ⁉」

 ふと改めて自分の姿を見てみると、いつの間にか手足が縄のようなもので縛られていた。いろんなことがありすぎて今まで気づかなかったが、ここに来て一気に危機感が押し寄せてくる。事情はよくわからないが……とにかく今、私が危険な状況に晒されていることは確かだ。

「ど、どうなってるの……?」

 身に降りかかっているあらゆる障害を前に、私は一気に不安になる。とはいえ今の私に出来ることは何もない。連絡手段等も近くにない以上、誰かの助けを待つ他ない。それまでにせめてでも、過度に緊張したこの気持ちを抑えないと……

「――やぁ、目が覚めたみたいだね、摩耶?」

「っ⁉」

 しかし私にそれだけの時間が与えられることはなかった。遠くにあるコンテナの向こう側から、一人の男性が現れる。その後ろには彼の仲間らしき、屈強な男性が複数人いた。しかし後ろの人のことなど今はどうでもいい、私はその先頭に立つ人の正体に驚きを隠せなかった。

「関山、君……?」

「はい……貴方の同級生にして、これから貴方を我が物とする、関山諒ですよ」

 ニタニタとした笑みを浮かべながら現れた男性――関山君は、じっくりと私のことを眺める。その視線はまるで料理を品定めしているかのようで、正直いい気分にはならなかった。

 私と関山君の関係を一言で表すと、同級生。ただそれだけ。クラスメイトでもないから、接点はあまりない。あるとすれば入学式の日に話しかけられた時くらいだ。ただとても入学式に臨む学生とは思えない語り口調だったから、いい人だとは思わなかった。途中で遊馬君が間に入ってこなかったら、結構な大ごとになっていたかもしれない。

 だから実際に話すのも久しぶりな相手のはずだ。例の一件もあってもう少し謙虚に接してくるとも思ったが、どうやらそんな様子はない。どちらにせよ、今の状況からもとても好意的だとは思えないけど。

「ど、どういうこと⁉ この状況は、なに⁉」

「なにって……このくらい、幼稚園児でもわかりますよ。誘拐ですよ、誘拐」

「ゆっ……⁉」

 日常生活ではまず耳にすることのない単語に、私は言葉を失う。それと同時に私の中の危機感が更に煽られる。誘拐されたらだって怖いよ。

 とはいえ私の中には一つ、拭えない疑問が生まれる。

「誘拐って……で、でも私、そんな記憶、全然ないですよ……」

 危険は承知の上で、私は関山君にそう聞いた。混濁していて信憑性には欠けるが、私の中の記憶には彼の姿はなかったはずだ。それどころか誘拐された記憶すらない。いつの間にかこの場所にいた、というのが私の中の記憶なのだ。

 その私の葉を受けた関山君は、何を言っているのかわからずきょとんとする。しかしすぐに何かを思い出したようで、彼の表情が不敵の笑みに変わっていった。

「あぁ……思い出した。そういえばそうだったね……摩耶は、何も覚えていないですよね? いやぁ、俺も失念していたよ。記憶がない方が、こちらの都合がよかったですからね」

「なに、いって……」

 笑いながらそう言う関山君だったが、私は彼が何を言っているのが全くわからなかった。その言動からも、不覚にもう薄気味悪さすら感じてしまうほどに。

「わかりました。そこまで言うのなら教えてあげます……いや、思い出してあげますよ。大丈夫です、一瞬のことですから」

 意味不明な言葉と共に、関山君は私の方に近づく。立場的にも彼とは距離を築きたいが、いかんせん身体を拘束されているから身動きすら取れない。頑張って後退りするがすぐに関山君が追いつき、私の頭を鷲掴みにする。強引ともいえるその行為に、優しさなんて微塵も感じなかった。

「思い出させてあげますよ……とくと楽しんでください」

「っ……あっ……!」

 関山君のセリフを最後に、私は途端に正気を保てなくなる。関山君の手を通して、私の頭の中に膨大な情報を押し込まれる。そんな現実では受け入れがたい現実に困惑する私だが、逆らう術など備わっておらずされるがままになった。

 そして徐々に、私の頭に知らない記憶が蘇る。何故忘れてしまったのか、不思議に思うくらいの強烈な記憶。それを一気に脳内に送り込まれたこと、加えて思い出したくもなかった記憶が蘇ったことにより、私の表情は間違いなく歪んだことだろう。

 とはいえ、やっと思い出した。どうして私がこのような目に遭っているのか……その全てを、理解することとなった。

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